第15回 言葉をおさえた中継。
永田 競技のあいだに、
それだけたくさんのことを考えて、
しかもそれを裏づける知識をお持ちなのに、
フィギュアの演技の最中は、
言葉が少ないですよね。
刈屋 そうですね。
永田 もちろん、言葉をおさえた刈屋さんの実況は
すでにいろんなところで評価されてますけれども、
ひとつのスポーツの中継として考えれば
驚くほど言葉が少ないというか。
刈屋 そうですね。
あの、今回のトリノでは、
女子のフィギュアスケートが
事前にものすごく報道されたじゃないですか。
永田 はい。
刈屋 オリンピックがはじまる前から
毎日のように報道されていて、
国内では情報量がものすごく多い。
しかも、公式練習まで生中継していて、
いろいろと細かく情報が伝わっている。
それがわかっていましたから、
今回、ぼくは、放送としては
いつもよりコメントをおさえたんです。
永田 あああ、なるほど。
刈屋 もう、あれだけ情報が出ていれば、
観る人ひとりひとりが
それぞれのストーリーを感じながら
観られるわけじゃないですか。
荒川選手にしても、村主選手にしても、
安藤選手にしても。
だったらぼくがその場で
新しく視点を提示するよりも、
やっぱり、まずは、観てもらう。
今日はどうなのか、という部分を
しっかり伝えようと思って
コメントは最小限におさえました。
永田 なるほど、意図して。
刈屋 意図してです。
いつも自分が中継をするときよりも
さらに少なくしました。
永田 それはでも、実績というか、
自信というと刈屋さんはいやかもしれませんけど、
やっぱり自信がないとできないことですよね。
実況をするアナウンサーが
言葉を減らすことでよしとする、というのは。
刈屋 そうですね。
おそらく、勇気のいることだと思いますね。
それはたぶんこれまでやってきた
経験があるからできることだと思いますね。
永田 そうでしょうね‥‥んん?
オリンピックのフィギュアスケートの中継で、
いつものフィギュアスケートの中継よりも
しゃべらないようにした、わけ、ですか?
刈屋 はい。
永田 金メダルのかかったオリンピックの中継で、
いつもよりしゃべらないんですか。
それは、すごいことですね!
刈屋 そう、ですね。
永田 いや、サラッとおっしゃったので、
なるほどそうかと思いましたけど、
あらためて考えると、すごいですね。
だって、ふつうに考えれば、
アナウンサーとして
もっとも張り切る場面ですよね。
大勢の人が観ているから
いろんな情報を伝えようとするというか。
刈屋 でも、オリンピックの最高の舞台だからこそ、
映像そのものに迫力がありますから。
それと、観てる人がすでにかなりの情報を
得ているということを前提にすれば、
情報はおさえてもだいじょうぶだなと。
永田 はーーーー。
なるほど、とは思いますけど、
やっぱりふつうはできないことだと思います。
極端にいうと、自分のキャリアのなかで
もっとも多くのお客さんを前にして
いつもより、しゃべらない。
それは、ちょっと‥‥すごいなあ。
刈屋 逆に、ぼくがもうひとつ
フィギュアの実況を担当したのは、
ペアだったんですけど、
ペアは逆に日本では
ほとんど報道されていなかったので
いつもよりちょっと多くしゃべったんです。
多めにコメントしたというか、
くわしく説明したというか。
永田 はーーー。

2006-06-23-FRI

(C)HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN