episode7. 「うわぁ、こんなの見ていいのかな‥‥」
ジョージ
『ブレイキング・バッド』って、
セットにかけられている力もすごいよね。
たとえば、あの冷蔵庫の中に入ってるもの、
アメリカ人の冷蔵庫そのままだもん。
杉本
デーブ・スペクターさんがこのドラマを大好きで
取材に行ったんですけど、
『ブレイキング・バッド』のセットへのこだわりは、
普通のドラマの何倍も細かいそうです。
アメリカ人だったら置物1つをとっても、
「あれはあそこに行ったお土産だ」とわかる。
絨毯のセンスにしても、
まさにあの階級の人のもので、
ものによっては、どこで買ったかまで
想像できるレベルだそうです。
原園
そして、そういうところからも
もの悲しい中年男のわびしさが
ヒシヒシと伝わってくるんですよね。
ジョージ
そうなの!
それで、起業で成功したやつの家は、
なんだか偽スティーブ・ジョブズの家
みたいなわけよ。
で、そいつらが、ほんっとうに
いけ好かないの!
原園
脚本家の倉本聰さんが『北の国から』をやる時に
「出演者がどう育ってきたかの履歴書を、
 セリフなどに直接影響しなくても
 徹底的に細かく作ります」
と、おっしゃっていたんですね。
それを聞いてすごいなあ、と思ったんですけど、
『ブレイキング・バッド』って
そのくらいの徹底的した
キャラクターの作り込みがされてる気がします。
杉山
そうですよね。
脚本では書かれていないような行間まで
計算されてますよね。
原園
家のセンスにしても、
ただ美術さんに任せただけじゃなくて、
おそらくプロデューサーのヴィンス・ギリガンが
ものすごく細部まで伝えてる気がするんですよ。
日本で言ったら、家具を揃えるときに
「ニトリに行くか、IKEAに行くか、
 それとも東急ハンズで手作りするか」
まで考えられてる。
杉山
ええ、美術のスタッフも、相当凄腕ですよ。
単に「80年代の家作ってほしい」と言われても、
絶対できないですからね。
原園
やっぱり当然そういうリアリティのすごみが
話題にもなりますし。
杉本
結果のほうもすごくて、
『ブレイキング・バッド』は海ドラとしては快挙で、
雑誌「日経エンタテインメント!」の
2014年の番付で、ランクインしたんです。
ほぼ日
あ、すごいですね、それは。
◎日経エンタテインメント!の番付

毎年年末に雑誌『日経エンタテインメント!』が
日本のエンタテインメント界で
大きなブームになったものをとりあげる、ヒット番付。
2014年の東の横綱は『アナと雪の女王』、
西の横綱は『妖怪ウォッチ』だった。
『ブレイキング・バッド』は西の前頭16として
海外ドラマとして唯一ランクインした。
(ちなみに『ブレイキング・バッド』は
全国のレンタルビデオ店の店員さんが選ぶ
「第5回ビデオ屋さん大賞」でも5位、
海外ドラマで唯一10位以内にランクイン)
杉本
実は、日本でテレビドラマを支えているのって、
40代の人たちなんです。
いま、20代はテレビドラマを見ないんです。
それがこの作品に関してはデータを見ると、
20代前半まで届いたんですね。
ほぼ日
つまり、若い人たちが反応してくれたのが
大きなヒットにつながったと。
杉本
そうなんです。
もともと、ぼく個人としては、
最初にこのドラマを見たときの印象って、
じぶんが二十歳くらいのときに
『キッズ』や『トレインスポッティング』を
見た衝撃に近かったんです。
だから、20代の若者たちに見てほしかったけれど、
「そこまでは狙えないかなぁ」と思って、
主にアラサー向けにプロモーションをしてたんです。
だけど、やっぱりドラマ自体の力のおかげで、
20代前半の人たちが見てくれて。
KIDS/キッズ

1995年のアメリカ映画。
ストリート・ギャングまがいの生活を送る
NYのストリート・キッズたちの生態を描く問題作。
レインスポッティング(Trainspotting)

1996年のイギリス映画。
不況にあえぐスコットランドを舞台に、
ヘロイン中毒やアルコール中毒の若者達の
生々しい怠惰な日常がスタイリッシュに描かれた作品。
原園
20歳の頃に、この作品を見られるなんて、
うらやましい。
杉本
ほんとそうですよ。
20代でこの作品を見た人は、
たぶん将来もずっと、このドラマを見た興奮を
覚えててくれるんじゃないか、と思います。
ジョージ
ご担当されてて、もともとこの作品って、
ヒットすると思いました?
杉本
正直ヒットした後だから言いますけど、
最初は『ブレイキング・バッド』って、
「こんなの売れない」とか「売りにくい」とか
さんざん言われたんです。
そして、最初あまりに売れなかったから
シーズン1と2のDVDパッケージは
2010年にいちど、他社さんから出たんです。
ソニー・ピクチャーズではもう扱えないからって
他社さんにライセンスをしたんです。
ジョージ
そうなんだ。
杉本
だけど、そこでも売れなかったから、
戻ってきた。
原園
おぉ、それは、よかったねえ。
杉本
だから変な話、
このドラマはずっと「売れないドラマ」という
レッテルが貼られていたんです。
アメリカでいくら受けていると言っても、
日本で売り込みにいくと
「こういうのは難しいですよね」って反応で。
けど我々は「この作品こそ売らなきゃダメだぞ」
って思いもあったし、
たまたま社員に「好き」が揃ってたんで。
杉山
そう、社員‥‥っていうか、わたしたち(笑)。
すごく好きだったから。
自分用に、こういうのを買っちゃったりもして。
ジョージ
わぁ、「ロスポジョス」のTシャツ!
杉山
あと、これも作りました。
ドラマに登場するアメリカドルの束とか、
ブルークリスタルメス。
ジョージ
すごい。主人公のウォルターだけが作れる
純度99.1パーセントのあれ!
◎『ブレイキング・バッド』の小道具いろいろ

「ロス・ポジョス(LOS POLLOS)」は
シーズン3で登場する、
物語のキーとなるフライドチキンチェーン。
また「ブルークリスタルメス」は
主人公のウォルター・ホワイトだけが作れる、
超高純度の、きれいな青い色をしたメス(ドラッグ)。
アメリカドルの束は、あちこちで出てくる。
原園
このメスの材料は何ですか?
杉本
ハッカ飴です。
ただ、これはただの模倣品ですけど、
「下手にやると危険だ」という判断で、
まったく日の目を見なかったんです。
だから、今日はこういう場に持ってこれて、
すごくうれしいです。
原園
そうかぁー。
さすがに内容が内容だけにね。
杉本
それこそプロモーションとしては
ぼくら、いろいろ考えたんです。
ただ、薬が絡んでるということで
宣伝がほんとうに難しくて、
ことごとく企画がダメになりました。
ジョージ
だって、ホームセンターと薬局に行けば、
簡単に麻薬が作れちゃいますって話だもんね。
杉山
そうなんです。
ほんとのテーマはぜんぜん違いますけど、
表面だけ見られちゃうと、そう捉えられるというか。
杉本
だからぼくらも宣伝の時に、会社から
「麻薬や覚せい剤が作れるというイメージは
 できるだけ出さないようにしてくれ」
と強く言われました。
ほぼ日
そんなにですか?
ジョージ
だって、このドラマ見ながらまず、
Huluでこれ流していいの? と思ったよ。
「うわぁ、こんなの見ていいのかな‥‥」
ってドキドキしながら、最初見たもの。
そのくらい生々しいよ。
杉本
しかも日本人から見たら、家であんなの作るなんて
「ドラマだし」という感じだと思うんですが、
アメリカだと実際にあんなふうに麻薬を作って
捕まってる先生がいるらしいんです。
ほぼ日
そのくらいのリアリティがある話なんですね。
それは、ますます宣伝しづらい(笑)。
ジョージ
だけど、テーマ的にそれだけ
おすすめしにくい話でありながらも、
ここまで評価されているのは、
やっぱりドラマ自体の完成度がすごいんだよ。
杉本
そうなんですよ、ほんとうに。
杉山
それはもう、ほんとうにそうだと思います。
原園
そうなんですよねぇ‥‥。
(つづきます。)
うれしいことに、連載開始とともに、
たくさんのかたによるおすすめ海外ドラマ情報が
ぞくぞくとメールで届いています。
そこで、突然ながらみなさんからのメールを
一部ご紹介させていただくことにしました。
担当は「ほぼ日」の海外ドラマファンの
モギ&田中です。
海外在住で、主人が日本人じゃないため
見るドラマは日本のドラマ2割に
海外ドラマが8割ぐらいです。
わたしのおすすめは
「ゲーム・オブ・スローンズ」です。
これは、原作の小説もとても良く売れています。
電車に乗れば必ず
誰かが原作を読んでいるのに出くわします。
ドラマは必ずしも原作通りではありませんが、
原作者も脚本にタッチしているので、
原作を読んでいても、ドラマをたのしめるそうです。
(主人は原作も読んでいます)
この人は大事なキャラだなと思ってみていても、
あっさり死んでしまうので
初めはいちいち驚きましたが、
それを上回る驚き満載のストーリー展開で、
早く続きが見たくなります。
タイトル通り「王座を巡る戦い」なので、
残虐なシーンや裸の人もしょっちゅう出てきます。
キャラクターも地名も沢山出て来ますが、
だんだん覚えていけます。
現在第5シーズン放映中。
(ネエb)
「ゲーム・オブ・スローンズ」
ときどき聞きますね。
日本ではそんなにじゃないかもしれないけど、
これ、全世界で人気らしいですよ。
先日、クロアチアに旅行したときに、
ロケ地として使われた廃墟ホテルがあって、
わたしは行かなかったんだけど、
クルーズ船の船頭さんが
「あの場所に行かないなんて本気か?
 どの国の旅行者も、あそこは行くのに!」
みたいなことを言ってました。
それほどなんですか。
気になってきました。
うん、だから見たらほんとうに
おもしろいんだと思うんです。
アメリカのジョージア州に住んでいます。
是非おすすめしたいのは『ウォーキング・デッド』。
舞台はジョージアなので、ここで撮影されています。
シーズン1の冒頭の、
アトランタのダウンタウンの場面は、
娘の通っている大学の通りです。
最初はただのゾンビものだと思っていたのですが、
生き残っていく為に、登場人物たちが
多くの究極の選択をせまられるので、
「自分だったらどうするか‥‥」と
深く考えさせられます。
だんだんゾンビより、
人間の方が怖くなってきますしね。
現実の生活の悩みなんてたいしたことじゃないと
ポジティブになれます。
(ニーマン・リーダス最高!!)
『ウォーキング・デッド』はいいですね。
ゾンビものって特に興味がなかったのですが、
ぼくもこれを見て
「ゾンビドラマって、おもしろいんだ!」
と知りました。
逃走劇で、ドキドキハラハラの連続なので
続きがどんどん見たくなるんですよ。
家の近くにドラマの撮影現場があるというのも
いいですよね。
しかも、アメリカって広大だから、
「家の近所がロケ地」ということって
かなり貴重なことなんじゃないでしょうか。
そういえば『ブレイキング・バッド』の
舞台であるアルバカーキも、
もともとただの
アメリカ南部の一地方都市だったのが、
ドラマのヒットによって
観光客がぐっと増えた、と聞きました。
海外生活が長いので(英語圏)、
アメリカやイギリスのドラマをよく見ています。
ドラマ・映画大好きの夫とその友人たちが
いろいろと掘り出し物を教えてくれるのです。
おすすめのものをリストにしてみます。
『My Mad Fat Diary』
『Episodes』
『The Americans』
『True Detective』
『Fargo』
『Boss』
あらすじは控えますが、どれも見ごたえたっぷりです。
アメリカのドラマが迫力があって面白いのは、
現実の地名を使っているからじゃないか、
と私は思っています。
『Homeland』や『24』では
仮想敵国が現実の時事と重なっていて、
それが緊張感を効果的に生み出していると思うのです。
(Mariko)
こちらも海外在住のかたですね。
日本で放映されていないものが多くありますが、
「掘り出し物を知りたい!」というかたの
参考になりそうだったので、
ご紹介してみます。
リストの『Fargo』というのは
コーエン兄弟が作ったすばらしい映画
『Fargo』のドラマ版のことですね。
ドラマのほうは『シャーロック』のワトソン役の
マーティン・フリーマンが出ているんです。
わたしもどうにかして、日本で見たいです。
あと、このかたの書かれている
「ドラマが現実の時事と重なっていて、
 緊張感を効果的に生み出している」
という部分、
ほんとうにそうだろうな、と思います。

(コラムも、つづきます。)
浅生鴨さん(元NHK_PR1号)の
とつぜん海外ドラマコラム
「クチバシはさんで、すみません。」

連載がはじまってすぐのタイミングで
『元NHK_PR1号で作家の
 浅生鴨(あそうかも)さんは
 けっこうな海外ドラマ好きらしい』
というウワサを聞きました。
「何か書いてもらえませんか?」と
無茶ぶりのお願いをしてみたところ、
たっぷり7000字の原稿が!
北欧やイギリスものを中心に
ぼくらの知らなかったドラマ情報満載。
全4回でお届けします。
第2回 
北欧ドラマのお気に入り。
『キリング』『コペンハーゲン』『ブリッジ』

北欧ドラマの中で、
最近の僕のお気に入りは『キリング』
『コペンハーゲン』『ブリッジ』の三本です。

『キリング』はいわゆる刑事ものですね。
一人の少女の遺体が湖から
引き上げられるところから始まるのですが、
どこまで行っても謎が深まるばかりで、
いったい誰が何のために事件を起こしたのか、
最後までぜんぜんわかりません。

被害者の遺族たちの気持ちや
表情をとても丁寧に描いている点が、
この手の殺人事件ものには珍しく、
僕の印象に強く残っています。
ちなみに派手なドンパチは皆無です。
ひたすら暗くて地味です。

ほとんど毎回、ラスト3分ほどには
一切セリフがなく
音楽に乗せて無言のドラマが進んでいくのですが、
それがそのまま次回予告的なものになっているという、
ものすごくかっこいい演出になっています。

『コペンハーゲン』
デンマークの首相を主人公にした政治ドラマです。
こちらは派手なドンパチどころか、
不可解な謎もドンデン返しもないけれど、
人間が動くという意味での
「ドラマ」であることは間違いなくて、
しかも政治という触りにくいテーマを
ちゃんと正面から扱って、
エンターテイメントに仕立て上げているのが
見事なんです。
政治家たちのドロドロとした野望の中に、
理想をちらりと散りばめている脚本が僕は大好きで、
こういうのをちゃんと
真正面から作って放送するデンマークって、
懐の深い国だなあと思うわけです。

それからもう一つ、北欧ドラマには
大きな特徴がありました。
それは「主役があまりかっこよくない」
ということです。
美男美女というよりも個性的というか何というか、
やや小太りの中年たち、
と言い切ってしまう方がいいような俳優が主演です。
そういえば『ドラゴン・タトゥーの女』の元になった
『ミレニアム』でも
『刑事ヴァランダー』でも中年が主役ですよね。
まあ『ヴァランダー』のほうはイギリスとの合作版は
主演がケネス・ブラナーなので、
かっこいい主人公が見たい人はイギリス版をどうぞ。

その『ヴァランダー』のスタッフと
『キリング』のスタッフが共同でつくったのが
『ブリッジ』
もうね、渋すぎです。
デンマークとスウェーデンの共同制作で、
ドラマの中でも2つの国の刑事が
共同捜査するというもの。

奇天烈な女刑事とダメ人間のオヤジ刑事が
コンビを組むことになるのですが、
女刑事のキャラクターが、もう完全に異常です。
人間の心を持たないロボットのような人物で、
なんと異常な主人公なのだ、と
第1話で僕は驚きました。
事件とともに彼女自身の謎も
だんだん明らかになっていきますので、そこも見所。
オープニングの音楽は
切なく美しく素晴らしい出来です。

『コペンハーゲン』はそもそも政治ドラマなのですが、
刑事ものの『キリング』にも
『ブリッジ』にも政治が大きく関わってきて、
それがドラマに奥行きを生んでいるのも
面白いところです。

ちなみに『キリング』と『ブリッジ』はアメリカで、
すでにリメイクされています。

◎『キリング』
(2007~2012年)

デンマーク史上最高の視聴率を獲得した作品。ひとつの殺人事件を解決するまでの捜査過程20日間を20話で描く。





















◎『コペンハーゲン』
(2010年~)

デンマーク初の女性首相を主人公にしたヒューマンドラマ。このドラマの放映後、実際にデンマークに初の女性総理大臣が誕生した。























◎『ミレニアム』
2009年のスウェーデン映画。

◎『刑事ヴァランダー』
(2007~2012年)

スウェーデンの小都市イースタを舞台に、物静かな刑事クルト・ヴァランダーが謎めいた残虐な殺人事件を追う様子を重厚に描いた作品。

◎『ブリッジ』
(2011~2013年)

2つの国にかかる橋の国境ラインで、上半身と下半身が別の人物のものという遺体が発見され、両国の警察が捜査に乗り出していく。デンマークとスウェーデンの共同制作ドラマ。

2015-06-17-WED