就職してそれなりの収入を得るようになった私は、夏を前に
してサングラスが欲しくなった。
夏のビーチでは必需品だろうが、およそバカンスに縁のない
私にとって、いつ使うか予想もつかないサングラスを買う
のは、かなり贅沢なことであった。
それだけになかなか思い切れずにいたのだが、ある休日、5
歳年下の友人に誘われて無料エステ体験をし、優雅な気分に
浸っていた私は、ふらりと立ち寄った眼鏡屋で、かなり値の
張るサングラスを衝動買いしてしまった。
ガラス張りの店内には、マス目状に区切られた透明な棚が設
えられており、そこには行儀良く20種類ほどのサングラスが
並んでいた。
友人とあれこれ評しながら見ているうち、ふと、一つのサン
グラスが目に留まった。
パッと見は黒なのによく見ると赤みを帯びたフレーム、さり
げなくグラデーションのかかったドロップ型のレンズ、そし
て眼鏡全体の丸みを帯びた佇まいが、なんとも美しかった。
さっそく店員に試着を申し出た私は、いそいそと鏡の前に立
ち、その美しいサングラスをかけてみた。
…似合わない。
日本人が外国製の眼鏡をかけた場合、鼻が低いせいでレンズ
の位置が下にズレるのは割とよくあることだ。それは後で調
整してもらえるのでそんなに気にしないのだが、この場合、
私の平たい顔の作りと全体的に丸みを帯びた眼鏡のデザイン
との相性が悪すぎたのである。
横を向いたり上を向いたりしてそれなりに見映えのする角度
はないかと探してみたが、360度似合っていなかった。
私はすっかり意気消沈し、無言でサングラスをショーケース
に戻そうとした。
それを、私より背の高い友人が、背後からひょいと取り上げ
た。
さっきまで隣でブランドの特徴についてあれこれ語っていた
店員は、彼女がサングラスをかけた瞬間、「お似合いです
ね!」と言い放った。それは私が試着したときには発せられ
なかった台詞だったが、たしかに、悔しいほどお似合いだっ
た。
彼女は日本人離れした彫りの深い顔立ちの持ち主であった
ため、その高い鼻に支えられて眼鏡も満足そうであった。
だが、彼女はその眼鏡に興味がなかった。
私は、その眼鏡を買うことに決めた。
なぜか、このサングラスをショーケースに戻したくないと
思った。
店員は、私が買う意思を表明した際、一瞬驚いた顔をした
が、すぐ笑顔の後ろにしまい込み、別室に私を案内して、
鼻あての位置やフレームの曲がり具合を調整し、外国製の
眼鏡を国産の鼻に落ち着かせるべく努力してくれた。
しかし、いくら頑張っても平たい顔を隆起させることはで
きない。
友人と比べるとやはり似合わないと思ったが、美しいサング
ラスを手に入れることができた私は、とても満足していた。
目が悪いからとか、自分に似合うからとかではなく、ただ
その眼鏡が欲しいという理由だけで、芸術品のように眼鏡
を買う行為に酔っていたのだろうと思う。
こうして、独占欲の犠牲となった美しいサングラスは、
時々平たい顔の上に登場し、低い鼻の上を行ったり来たり
しては、様々なグラデーションで世界を彩って見せてくれ
るのである。
今では、数あるデザインの中から、自分に似合う眼鏡を選べ
るようになったし、身の丈に合わない高価な品を買って後悔
することもなくなった。
だが、怯んだり、背伸びしたりしながら選んできた数々の眼
鏡は、私の過去そのものである。
今は使わなくなった古ぼけた眼鏡達も、引き出しの奥から引
っ張り出してそっとかけてみると、ピントの合わないレンズ
の向こう側に当時の景色を映し出してくれる気がして、ずっ
と捨てられないでいる。
(おわり)