高校生の僕から物語は始まる。
何をしても長続きしない性格だった。
高1で入った剣道部も早々に辞めていたし、
気持ちが弱くて少し学校に通えない時期もあった。
大学付属の高校で勉強に本気になることもなかった。
バイトでもしてみるか。
退屈しのぎになりそうだと思ったし、
初めての海外旅行に行きたくて旅費も貯めたかった。
遠くの世界に行きたかった。
つらつらと探すと、
東京にはたくさんの求人があった。
インドカレー屋さんの面接を落ちたりもして、
1つのお店にたどり着いた。
そこは個人経営のお店で、
家から歩いていける近さも高ポイントだ。
ここだったら、静かに働けるかも。
7月、汗ばむ季節にしっかりと学ランを着た僕は、
面接を経て、働きだした。
大学生になるまでの1年にも満たない、
ちょっとしたバイトのつもりだった。
そこは、ご夫婦でやりくりされているお店で、
サラリーマンから家族連れまで
いろんな世代に愛されている。
お昼は定食メニューが豊富で、
夜は和洋折衷さまざまなアラカルトを揃えている。
こだわりがないだとか、名物がないだとか、
そんな言われ方もするかもしれない。
だけど、お客さんを選ばない、
寛大なスタイルが僕は好きだった。
子供連れが夕食を食べている横で、
サラリーマン客がキープしている焼酎を飲んでいる。
おおらかで良いじゃないかと思う。
「ケイジャンチキン」という、
スパイスの効いた唐揚げが好きで、
まかないでは、そればかり食べていた。
お客さんにオススメを聞かれると、
よく「ケイジャンチキン」と答えていた。
宴会が入ると、片付けが夜中までかかることもある。
あと少しで終わるという頃に、
店長が「工藤さん、飲んでく?」と聞く。
その声が心のうちではとても楽しみなのだ。
閉店後の店内。
喫煙席の明かりを消して、制服も着替えてから、
自分と店長の分のビールを注ぐ。
静けさのなかで、二人、
今日の営業を振り返りながらお酒を飲む。
時々思い立ったように、
「鮮度が落ちるから」と刺身をツマミに出してくれる。
夜中の3時までしっかり飲んで、家路に着く。
そう。僕はその頃、ビールも飲める大人になっていた。
あっという間の9年だった。