もくじ
第1回生きづらいゆとり世代 2016-12-06-Tue
第2回つよい学生を育てたい 2016-12-06-Tue
第3回ゆとりも案外悪くない!? 2016-12-06-Tue
第4回SNSとの切っても切れない関係 2016-12-06-Tue
第5回こんな大人になりたい 2016-12-06-Tue

1995年東京生まれの大学生です。
人間好きの、人見知りです。
趣味は映画観賞と絵を描くことです。
よろしくお願いします。

ゆとり世代について改めて考えてみました。

担当・マツモト

21歳の大学3年生のマツモトです。
1995年、阪神淡路大震災の年に生まれました。
生まれた時には既にバブルははじけていて、小学校に入学したときにゆとり教育が始まり、その後リーマンショックがやってきて中学を卒業する時に東日本大震災が起きました。
ゆとり教育という言葉は聞いたことがあるけれど、詳しくはよく知らないという方も多いかと思います。ゆとり教育とは、諸説ありますが2002年度から改定され、完全週休2日制などを盛り込んだ教育指導要領に基づき実施された教育をさします。そしてこのゆとり教育を受けてきた1987年から1996年に生まれた人々を一括りとして「ゆとり世代」と呼ばれています。

私の生まれた1995年は本来高校に卒業するまですっぽりゆとり教育を受けた最後の世代なのですが、私は中学、高校と私立に通っていたためゆとり教育を受けず、自分がゆとり世代であるという自覚なく育ってきました。
しかし、大学に入り大人の方々と接する中で、捨て駒のようにゆとり世代が他の世代からネガティブな存在として見られている事実に直面し、ゆとり世代、ゆとり教育とは何なのかということに興味を持ち始めました。
そしてこのゆとり世代について書かれている書物を読む中でそれらの多くは、大人からの一方的な目線で私達ゆとり世代を他の世代と切り離すように論じるものが多いことに疑問を持ちました。

ゆとり世代の一員としてこの世代をどう捉えるべきなのか見つめてみたいと思ったことが、この記事を書こうと思った理由です。
前半の2回は、早稲田大学で実際にゆとり世代と向き合っている兵藤智佳先生に、ゆとり世代との付き合い方について聞いてきました。
後半3回は、大学生の友達3人にゆとり世代として括られることに対してどう考えているのか、この世代のリアルについて聞いてきました。
全5回です。少し長いですがお付き合いください。よろしくお願いします。

第1回 生きづらいゆとり世代

今日は宜しくお願い致します。大学三年生のマツモトです。
今、ゆとり世代をもう一度捉え直してみようという記事を書いておりまして、兵藤智佳先生は今早稲田大学で学生の体験を言語化させる授業を担当されていますよね。ゆとり世代として一括りにされて、社会からは切り離された存在として語られがちなこの世代ですが、実際にその世代と向き合っている兵藤先生からみた彼らの印象、また彼らとどう向き合っているのかお話を伺いたくお時間頂きました。
兵藤先生(以下、兵藤)
よろしくお願いします。
まず、担当されている体験の言語化の授業の内容について教えて頂けますか?
兵藤
なるほどね。体験の言語化はボランティアセンターで10年くらいやってきたことを基に2014年に「大学生が社会問題を当事者としてとらえられていない」という危機感から生まれた授業です。学生も色んな経験をもっているけど、そこで感じたことを上手く言語化出来てない子が多い。やばいとか可愛いでしか表現できない。だから心にひっかかっている場面をひとつ選んで、その時感じた違和感を自分の言葉で語って、それを社会課題と結びつける作業を通じて自分を通して他者や社会を理解する、という授業をしています。

体験の言語化は自分の弱さだったり、もやもやした想いを表現する授業だと思いますが、最近はどんなもやもやを抱えている学生が多いですか?
兵藤
自分の中にキャラクターを何種類も抱えている子とか、自分の価値を確固として持てないことに不安を抱えていることか、将来やりたいことが見つからなくて不安感に押しつぶされそうになっている学生とか、いろんな学生がいるよ。
学生が持つ悩みは、兵藤先生が学生だった時とは違うんですか?
兵藤
同じ悩みはあったんだろうけど、質が違うかな。将来についての不安とかは若者にとって普遍的なものだと思うんだけど、文脈によって自分を演じ分けたり、一人ぼっちになるのが怖いなんて私は、考えたことなかったもん。
なるほど、他にはどんな特徴がありますか?
兵藤
そうだね、私たちの言葉では親密権って呼ばれているものなんだけど、親密権の悩みは多い。サークル、家族、恋人、友達、みたいなこの四つで世界が完結している子がすごく増えている。
この空間の中で閉鎖している感じはすごくするかな。でも、もともと体験の言語化はボランティアを通して、違う価値観を持った他者に出会ったときに、自分と社会とのかかわりやつながりに気づくっていう目的で作られた授業なの。でもどんな体験でもいいから来てごらんって言ったら、親密権の問題がすごく多い。
そうなんですね。
兵藤
部活でいじめられてつらいだったり、お母さんに一流企業に行けって言われて苦しいだったり。その悩みを通してだって、学歴社会だったりジェンダーの問題だったりが浮かび上がってくるからいいんだけど、出会っている対象が親密圏のみっていう学生がほんとに多過ぎだと思うね。
もっと外に行けと。
兵藤
うん。だって、インターンとかボランティアとかして、他者に出会わないと価値観が相対的にならないだろうって思うよ。
価値観が相対的?
兵藤
基本的に友達って自分に似てるじゃん。同じいような年齢で同じような家庭環境で育って、同じような価値観の人たちが、しゃべらなくても分かり合えるみたいな心地よさのところにいると、ぽーんと、社会に出たときに50歳の男性とどんな話すればいいのだったりとか。違う価値観を持った他者に出会ったときに戸惑うみたいな体験をもっと大学生のときにしとかないととは思うかな。そういう体験がリアルな社会を感じる貴重な経験なのに、ずっと親密圏の中にいるからさ。
親密圏の中にずっといるっていうのはどうしてなんですかね?外に出て嫌な思い出とかがあるのかなぁ..。
兵藤
うーん、忙しいんじゃないのかな?サークルとバイトと授業とでもう精一杯なんじゃないのかな?もうほかに入る隙間とかがないんじゃないかな?おそらく。サークル行ったら先輩と後輩、バイトが塾だったら中学生くらいとしか出会わないし、家に帰ったらお父さんとお母さんだけでしょ。じいちゃんばあちゃんにはあまり会わないし、ほかの職種の人には会わないし、地方の人には会わないし、異文化に住む人と交流するみたいなこともないし、早稲田大学はいっぱい留学生がいるっていっても、しゃべったことのない人のほうが多分多いでしょ。私もびっくりしてるんだけど、すごく閉じてるんだよね。
どうすればもっと外に出ようって思う学生が増えると思いますか?
兵藤
うーん、広がることが楽しいとか面白いって考えが広まったら、変わっていくんじゃないのかな?実際他者と関わるってめんどくさいことだもんね(笑)。
めんどくさいのかあ。
兵藤
めんどくさいでしょ。引きこもりになっちゃったり、みんな会話をスマホでやるのだって対人関係がめんどくさいからなんでしょ?
そうなんですかね。でもめんどくさいですよね。既読がついたとかつかないとか気にする前に、相手に会ったら伝わっちゃいますからね。
兵藤
言葉にして伝えるっていうのはエネルギーがいるじゃない。自分の気持ちを探ったり、相手の気持ちを想像したり頑張らないといけないから。今の若者は受験やらアルバイトやらで疲れすぎてるもん。大変な受験から解放されて、思う存分飲み会に行けるとか思ってたら、すぐ就活が始まるし。単純化するのも危険だけど、そうだと思うな。だってみんなボーッとする時間とかなさそうだもん。

〈つづきます〉

第2回 つよい学生を育てたい