Tは、IT系のソフトウェアの会社で営業をしています。
一方の僕は、webの編集者。
業種はちがえど、悩んでいるものは「自分のやりたいこと」です。
Tとは、大学で知り合いました。
大学時代はずっと、友人と組んだバンドで歌を歌っていた彼。
何度かライブに行ったことがありますが、ステージ上のクールな彼と普段の周りへの気遣いがうまい彼のギャップに驚いたのを覚えています。
彼と話しているうちに、
彼は自分の内にある感情やいろんなモノを
表現する手段として音楽をやっているのだと気づきました。
何かを表現しなきゃ生きられないような。
きっと音楽をやってなくても、
彼は何かしらの形で自分の作品を作っていたのだと思います。
そんな彼が、本人の希望していた企画職でも表現者でもない職業に
就くことになったことに、僕は勝手ながらショックを受けました。
でもそれは彼も同じようで、決して割り切って就職したわけではないようでした。
自分のやりたいことが別にあるのに、いま自分はやりたいことじゃないことを
やっている。
そのことでとても悩んでいました。
そんな彼だからこそ、話をすることで、
お互いの状況が整理できる気がしました。
だから、率直に聞いてみました。
「なんでやめないの?」
- T
- 本当は(いまの会社をやめて)俳優とかアーティストとか作家になりたい。そうした方が幸せなんだろうなと思う。
——それがわかってるのになってない。
- T
- 現実的じゃないから目指せない。でもそれって言い訳なんだよなということもわかる。やらない言い訳を探してる。
——なんでできないんだろう。
- T
- そこに向かうための次の一歩が分からない。何から始めればいいのか。
——なるほど。俺のいまの状況はTとちがくて、そもそもどこに向かえばいいか分からない。
Tで言う俳優とかアーティストとか表現者になりたいっていう「そこ」がない.
僕も前までは、自分の目指したい方向に行くために、どの一歩を踏み出せばいいのか悩んでいました。
でも、方向さえわかっていれば、とりあえず進めると思うんです。たとえ遠回りな道でも。
Tは、方向がわからなくなったと言う僕に言います。
- T
- 小学生に戻ってごらん。
自分のなかに残ってる子供の声だけを聞くというか、
できない理由を全部取っ払って宇宙飛行士とか、
いまからなれたらいいなと思うもの。——ないかも。
俺はTみたいにこれは現実的じゃないからできないみたいなのは
あまりなくて。
結局やるかやらないかだから。
ただ、それがなくなった。
俺はいま何をやりたいのか全然わからない。
- T
- もともと目指してたものは?
——それはきっとPRとかライターとか、そういうものだったと思うんだけど。
いまの俺にそこまでのエネルギーはない。
- T
- 急になくなったってのは、それは「なりたい」って気持ちが?
——なりたい気持ちというか、
俺は何かになりたい気持ちはあまりなくて、何かがやりたかった。
その実現の手段としていくつかの道があった。
でも、そのやりたいがなくなった。
- T
- いますぐ金に不自由もなく、
なんでも選択できるとしてPRやライターを選択する?——しないね。
- T
- 逆に魅力を感じない理由ってわかる?
——いやー、わかんない。
PRやライターだけが魅力を感じないわけじゃないけど、
俺はただ、良いと思うものを自分の言葉で良いと言いたかっただけなんだよ。
- T
- それってさ、そうして生きてたいってわけじゃん。
「生きてたい」
ずばり言い当てられた気がする。
僕は別に仕事がしたいわけじゃなくて、
自分として生きていく中で、
何をしたかったのかが、それだったんだと思う。
自分で自分を肯定できるか。
それが自分のなかの価値基準だった。
――自分で自分を肯定できる生き方をしたかっただけだった。
でもなんでだろ、急になんも見えなくなった。
- T
- 仕事ってことをからめるからだよね
――そうかもしれない。
仕事がしたいわけじゃないとはずっと思ってるけど、
現実問題、仕事をしてるわけで、
自分のやりたかったことと仕事の妥協点をさぐっていくうちにわかんなくなった。結局やりたいことって言いながら仕事をからめて考えなきゃいけないのが生き辛い。
- T
- 良いものを良いって言いたい気持ちは残ってるの?
――むずかしいなあ。
- T
- ほんとは空っぽじゃないんだろうけど、自分の認識では空っぽなんだろうな。
――確かに、空っぽではないか。
これおいしいとかそういうことは思うからね。
- T
- たとえばさ、良いものを良いって言って、
幸せだったとかって、
いままでどんな場面だったの?――うーん……。
なんだったんだろう。
そもそも、
良いと思うものを良いと言えなかった自分が
昔いたわけで。
だから良いと思うものを良いと言いたいと思ったんだよ。
- T
- サークル(ファッションショーイベントの運営)にはなんで入ったの?
――特になんもない。
強いて言うなら同じ学部の先輩がいて、
その人が親切だったから。
- T
- じゃあ、あなたそんな理由で入ったサークルで泣くほど感動したんでしょ?
――……
- T
- たぶんさ、幸せになれる場所なんて
いっぱいあるんだよ。俺も大輝もなにか大きなものを
探しすぎてるんじゃない?これさえあったらしがみついて生きていける
みたいな、それこそ光みたいなもの。
そんなものこのへんに(自分の胸を指して)
あるかもしれない。
ほんとは自分のなかにもってるはずなのに。——うん。
- T
- ……俺はもっとばかになりたい。
もっと気楽に自分のステージを変えていきたい。いまの場所より幸せになれる場所なんて
腐るほど浮かぶからさ。
でも、
じゃあ俺はなんでそこに、いかないんだろうね。
結局、僕は自分本意な人間なので、
やはり生きたいなと思います。
働きたいわけじゃなくて、生きたい。
自分のやりたいこと以外は、
無駄だと言い捨てるつもりはないです。
でも、人生は短くていつ死ぬかも分からないんだから、
死ぬまでは、精一杯生きていたいなと思う。
一方で、仕事のことを考えてる自分が中途半端で嫌で、
もっと素直に生きたいなと迷いながらも思うのです。