- 古賀
- 僕が聞きたかったのは、糸井さんの中で、
ヒットするのはこういうものという
定義はあるんですかね。 - 糸井
- 『ほぼ日』始めてからは、
もうヒット多様性になりましたね。

- 古賀
- ヒット多様性。
- 糸井
- 生物多様性みたいに。
- 古賀
- (笑)
- 糸井
- ゲームボードの上で、これはヒット、
こっちではせいぜい黒字っていう程度だけでヒット、
こっちでは結構売れたけどヒットとは言いにくい。
どれがヒットだっていう定義を
たくさん持つようになりましたね。 - 古賀
- それはコンテンツ毎に、
これのヒットはこのぐらいの基準で
というのが何となくあって。

- 糸井
- いえ。
全てがコンテンツですということを
言い始めて、思うんだけど、
例えば古賀さんが組織を立ち上げて、引越までして。
それは金銭的に言ったらマイナスなんだけど、
それはヒットですよね。 - 古賀
- そうですね。
- 糸井
- そういうような、
みんなが既に持ってる価値観じゃないところに
自分の価値観を増やしていくということを、
たぶん僕は『ほぼ日』以後するようになったんでしょうね。 - 古賀
- その時の糸井さんの気持ちっていうのは、
俺が前に出るというよりも、
やっぱりこの人の言葉を聞いてくれ
みたいな感じですよね。

- 糸井
- 僕はとっても驚いたよとか、
僕はとってもいいなと思ったよとか、
間接話法で僕の言葉になるんですよね。
だから自分を前に出す必要は全くなくて。
この美味しいリンゴ売ってる八百屋はいい八百屋で、
そういう八百屋から買ってくれる人がいたら、
またいいリンゴ売れるじゃないですか。
「リンゴがあんまり買ってもらえないから
作るのやめようかな」っていう人に、
「俺売るから、ちょっと作ってよ」って(笑)。 - 古賀
- (笑)そうですね、はい。
- 糸井
- 具体的に、うちで売ってる海苔とかそうだからね。
古賀さんも、「この人の話を聞いてください!」っていう、
まさにそういう仕事してますよね。 - 古賀
- …そうですね。
だんだんそういうことができる状態にはなってきました。
糸井さんはたぶん今『ほぼ日』の中で
毎日のようにできてますよね。
こんな面白い人がいるから、対談で紹介したいなとか、
あとはTOBICHIで、その人の展覧会を開いてとか、そういう… - 糸井
- 場所作り。
- 古賀
- はい。場所を作って、その人達を紹介していく…
僕が今目指すことと、すごく重なる部分があります。 - 糸井
- そうですね。
- 古賀
-
先日、糸井さんが3年後の話というのを
書かれてたじゃないですか。
あれ、結構ビリビリきました。
僕もどちらかというと、
先のことなんてわからないじゃんって、
そういう考えだったんですよね。これって、震災とか気仙沼に関わるようになったことが
きっかけになったりしてますか。

- 糸井
- うん。
それは大きいと思います。
こんなことがあったからこそ、
今日という日を充実させていこうという考え方は、
すごく説得力がありますよね。

- 古賀
- そうですね。
- 糸井
-
たぶん僕も、東北の震災にあった人と関わる中で、
本当にそう思えたんじゃないかな、一旦。
で、それを繰り返していったら、
「で、これからどうしましょう?」って
聞かれることが多くなるじゃないですか。「俺もわかんないけど…」ってずっと言ってきたけど、
3年前からしたら、
今日ぐらいまでのことは分かってたなって、
思うようになったんですよ。 - 古賀
- はい。
見えもしない10年後20年後を語りたがる人って、
たくさんいて。
そこの時間軸とか距離感を
どういうふうに設定できるかというのが、
すごく大事なのかなと思います。

<つづきます>
3年後の話
ずっと、三年先のことなんかわからない、
と言っていたのだけれど、
わかるところもあるじゃないかと思うようになった。
むろん、予定もしてなかったようなことが、
なにかしら起こるだろうし、なにか変わるだろう。
それでも、船に乗っているものとしては、
向こう岸の景色を見ながら進むように、
目の前の海ばかりじゃなく、水平に見える三年先を、
見ていることはできるし、するべきだと思っている。
「一年先もなにがあるかわからないのに、
三年先がわかるものか」とは、ぼくも言ってたせりふだ。
プロ野球の順位予想をしろというのではないのだから、
きれいに当たる必要もないのだ。
外れても曲がっても、「どっちに行くつもりか」を、
語り合えるような日常が大切なのだと思う。
冗談みたいにいえば、結婚をしたい相手に、
「三年先のことはわからない」と言えるだろうか。
「なにが起こるのかわからない」と、語れるだろうか。
わからないなりに、どうなっていたいのか、
どう暮らしているかを想像してみることはできるはずだ。
「わからない」と反射的に、正直なつもりで言うことは、
いっしょに船に乗ろうとする人にとっては、
とても無責任に聞こえるだろうということが、
いまごろになってわかった(のだと思う)。
そしてさらに、三年先の向こう岸に行くためには、
鬼も笑う来年の、十回分くらい先の、
つまり十年後のイメージを考えておくことも必要だ。
これも、「わかるはずがない」と言うほうが早い。
しかし、必ずしもわからないことばかりではない。
たとえば、十年先になっても、まだ、
ぼくがリーダーをやっている会社でいいのだろうか。
「それはだめだ」と決めておくだけでも、
いまから考えておくべきことが、少しはわかる。
三年先の、さらに先の景色を絵に描こうとするからこそ、
三年先のことが、話しあえるようになるのだと思う。
なんにせよ、あんまりたくさんのことを、
なけなしの脳みそで考えているひまはなさそうだ。
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
10年先のことまで、たのしみにされるチームでありたいよ。
―――糸井重里 『今日のダーリン』より引用
わたしもこの「3年後」の話を
『ほぼ日』で読んだことをなんとなく覚えていました。
舵をとる方向を決めることで、
3年先にどこに着いているかは、大きく変わってくる。
うわー、甘えてられない。
じわじわと効いてくるものがあります。
(ながしま)
ちなみに、古賀さんのネクスト、
『嫌われる勇気』の続編も、面白かったです。

幸せになる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え2
岸見 一郎 (著), 古賀 史健 (著)