目よ、泳げ。 そして、カツカレーを得よ。 しりあがり寿×糸井重里

第3回 目よ、泳げ。
糸井 しりあがりさんは、会社員だったころに
面接官をやった経験はあるんですか。
しりあがり あります。
糸井 それは、いかがでした?

しりあがり いやもう、すごい経験ですよね。
学生が自分の前で、ものすごく緊張して
精一杯自分をよく見せようとして、
少しも悪印象を持たれないように
目の前にいるんですよ。
糸井 基本的に、悪印象の持ちようがない。
しりあがり そうそう。
それも、すごく優秀な人たちばかりじゃないですか。
でも、10人にひとりくらいしか採用されない。
なんで俺が入れて、この人が落ちるんだろう、
みたいな人ばっかりで(笑)。
糸井 どういうふうに人を選んだか、
何が決め手になったか、覚えてます?
しりあがり あの、面接官をやると決まったときに
人事部の人に相談したんです。
人を選ぶということがよくわかってないんですけど、
どうしたらいいんですかって。
そしたら、その人は、
「あんまりいろんなことを気にしないで、
 自分がいっしょに働きたいと思う人を選んで」
って言ってくれたんです。
糸井 ああ、それは、ぼくが採用に関して
思っていることと同じですね。
しりあがり ああ、そうですか。
糸井 というか、どこでも、そうに決まってますよね。
あの、「企業は人が欲しいんだ」という
ものすごく基本的なことを、
学生の人は忘れてるんじゃないかと思うんです。
面接官は、学生を落とすためにいるんじゃない。
しりあがり そうですよね。
少なくとも「採用できる人」の条件を
箇条書きにして五点評価でランキングする、
なんていうことではないというか。
糸井 そうですね。
自分が面接官をやっていたとき、
学生の成績はチェックしましたか?
しりあがり 見ましたね。
糸井 あ、見ましたか。
しりあがり というか、それで選ぶというよりは、
こんな人が来てるんだな、という感じですね。
なんかね、やっぱりみんなすごいんですよ。
なんとか大学で、全部優だ、とか。
糸井 じゃあ、逆にいうと、
それだけで受かるというわけではない。
しりあがり でも、やっぱり、ちょっとだけ
受かる確率は高くなると思いますよ。
糸井 正直な意見だなあ(笑)。
しりあがり どういうことかというと、
いま、その人が目の前にいて、面接して、
なんか「いまひとつかなあ」と思っても、
成績がすごくいいというを見ると、
「あ、やればできる人なのか」みたいな。
糸井 ああ、ああ、なるほど。
「俺の見てないところでいいのかもしれない」と。
しりあがり そうそうそう。いまは緊張してるけど、
慣れてきたらよくなるのかも、とか。
それは多少思っちゃいますよね。
だって、いい成績を取るのって、
そんな簡単ではないですから。
糸井 なるほどなぁ。
さっきからしりあがりさんが言ってることって、
ほんとにみんなが思ってることですよね。
ここまで本当のことって、
そんなに言われてないんだろうと思います。
しりあがり そうなんですかね。
糸井 逆に、面接される側だったとしたら、
しりあがりさんはどうですか。
うまくやれるほうですか。
しりあがり ぼくは、ほんとは、
面接とか、すごく苦手なんですよね。
糸井 会社員はできてたんだけど
面接は苦手なんですか?
しりあがり いや、苦手ですね。
すごくドキドキしちゃうんですよ。
だから、あの、会社員時代の話に戻りますけど、
上の人が「これ、ほんとに大丈夫なの?」
って訊いてくることありますよね。
そのときって、もう理屈とか裏づけとかじゃなくて、
上の人は「任せてください!」って
言ってほしがってるわけですよね。
糸井 うん。
しりあがり でも、そこでぼくは
「大丈夫です!」って言えないんですよ。
だってそんなのわかんないじゃん、っていう。
糸井 ああ(笑)。
しりあがり でも、会社って、リスクを背負ってでも
「これでいけます!」って言わないと
進まない話もあるわけで。
糸井 そこまでわかっていても、言えない。
しりあがり 言えないんですよね。
それって、面接ではまずいですよね。
たとえば、最終面接までいって、
「受かったらこの会社に来ますか?」
って訊かれたときに、そこでなんとなく
「はい」と即答できないところがあるんですよね。
いや、さすがに「行きません」とは言わないまでも
ちょっと、目が泳いだりとか。

糸井 その気持ち、わかります(笑)。
だから、ぼくが就職について書いた原稿に、
就職活動真っ最中の人たちから
たくさん反応があったんですけど、
みんな、おんなじですよ。
いましりあがりさんが言ったようなことのあいだで
揺れている人ばっかりなんです。
だから、ぼくはその人たちを、
救うとまでは言わないまでも、
その人たちに届く特集がやりたいと思ってるんです。
しりあがり なるほど。
糸井 だからね、そういう状況になったら、
目は泳げ、と。目よ泳げ、と。

しりあがり (笑)
糸井 いや、でも、ぼくもできてないんですよ。
ほんとうのことと、便宜上のことばと、
そのあいだで揺れることはいまだにあります。
役割としての演技に徹しきれなかったりね。
しりあがり ありますよね。
糸井 うん。
しりあがり ぼくも、嘘つくことはあるんです。
でも、嘘をつくことはあるけど、
「それ嘘?」って訊かれたときに
「嘘じゃない」とは言えないですよね。
糸井 ああ、重ねてしまうと、
役割の域からはみ出ますからね。
しりあがり そう。だから、もう、すごく慎重に、
訊かれないように、訊かれないように。
糸井 うん。
だから、さっきの五点評価みたいなことになると、
嘘の確認をしなくちゃならなくなるんだけど、
仕事してておもしろい人って、
そういう評価からはみ出る人ですよね。
ぼくの悪さも、その人の悪さも、
お互いに知り合っていて、そのうえで
「いっしょに仕事するとおもしろいな」
って思えるような人じゃないですか。
しりあがり そうですよね。

(続きます)


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2007-04-17-TUE

イラスト : しりあがり寿 (C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN