イセキさんのジュエリー雑記帖

ロンドンを拠点に
アンティークや
ヴィンテージの
ブローチを探し、
ご紹介していた
イセキアヤコさんの
人気コンテンツ

リニューアルして
かえってきました。
雑記帖という
タイトルにあるように、
ジュエリー全般に
まつわるあれこれを、
魅力的なエッセイと
写真でお届けします。
不定期更新です。


profile

イセキアヤコさんプロフィール

京都出身。2004年よりイギリス、ロンドン在住。
アンティークやヴィンテージのジュエリーを扱う
ロンドン発信のオンラインショップ、
tinycrown(タイニークラウン)
を運営している。


Vol.29 ロンドンタウン(前編)

母は若かりし頃、
ほんとうは絵本作家になりたかったそうで、
私の京都の実家には和書洋書ともに
おびただしい数の絵本があった。


そのなかで、幼い子ども心ながらに
日本とは明らかに違う異国の空気を感じる
一冊の英語の児童書があった。
19世紀のヴィクトリア時代に活躍した
イギリスの挿絵画家、
ケイト・グリーナウェイ(1846-1901)の絵本だ。
そこに描かれた愛らしい少女たちの
ヴィクトリアン ファッションは、
ショートヘアで男まさりだった私には
まぶしいくらいガーリーで、
ちょっと憧れでもあった。
今思えば、それが私が人生で初めて触れた
「イギリス」だった。


けれども、はっきり
「イギリスという国へ行ってみたい」
と思ったのは何がきっかけだっただろう。
それは、大学生のときにたまたま雑誌で見かけた
ナショナルトラストの記事だった。


冬休みに実家のこたつで暖まりながら、
私はイギリス特集の雑誌をぱらぱらとめくっていた。
掲載されていたのはイングランドの村バイブリー。
はちみつ色の石造りの古い家々、
白鳥が優雅にたたずむ小さな清流。
写真ではいたるところに黄色い水仙が咲いていた。
曇り空を感じさせるイギリスならではの暗い写真だが、
それが村全体のしっとりと落ち着いた雰囲気を
よく伝えていた。


記事は、この自然豊かな田舎で
慈善団体のナショナルトラストが行った
環境保護活動について書かれたものだった。
こんな美しい場所にいつか行けたら。
そして、私もボランティア活動をしてみたい。
その日以来、心は引き寄せられるように
どんどんイギリスへと向かっていった。


1年後、私はアルバイトでお金を貯め、
英会話教室に通い、両親を説得し、
入念にイギリスのことを下調べして、
初めてひとりでロンドンへ渡った。
機内では12時間ずっと心臓がドキドキして、
不安とわくわくが入り混じった興奮状態。
あんな経験は生まれて初めてで、
もちろん一睡もできなかった。


いよいよヒースロー空港に到着するころ、
飛行機は夕暮れどきのロンドン上空にさしかかり、
蛇行するテムズ川が眼下に広がってきた。
憧れのイギリス、明かりのともるロンドンだ。
なんて綺麗なんだろう。
二十歳の私は窓に額を押し付けながら
胸がいっぱいになった。


イギリスでの暮らしが18年目にさしかかった今、
ロンドンの骨董市で見つけた
ケイト・グリーナウェイの
アンティークブローチ(冒頭の写真)は、
日本でイギリスのことばかりを考えていた
あのときの私の姿をふいに思い出させてくれた。


この銀製ブローチに刻まれた絵は、
マザーグースの歌をまとめた
グリーナウェイの絵本の挿絵のひとつなのだ。



“Mother Goose” 絵 Kate Greenaway 出版社 London Frederick Warne and Co. Ltd and New York


冬の装いに身を包んだふたりの幼い子ども。姉妹だろうか。
手をつなぎ、こう言っている。


One foot up, the other foot down,
That’s the way to London Town.


(片足あげて、もう片足さげて、
あっちがロンドンタウンへ続く道。)


思い焦がれた地へ、一歩一歩。
その強い願いが叶ったとき、
ひとはきっと誰もが同じように、
目の前の景色が輝いてみえるのだと思う。


(後編へ続く)


2021-11-29-MON


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