イセキさんのジュエリー雑記帖

ロンドンを拠点に
アンティークや
ヴィンテージの
ブローチを探し、
ご紹介していた
イセキアヤコさんの
人気コンテンツ

リニューアルして
かえってきました。
雑記帖という
タイトルにあるように、
ジュエリー全般に
まつわるあれこれを、
魅力的なエッセイと
写真でお届けします。
不定期更新です。

profile

イセキアヤコ

京都出身。2004年よりイギリス、ロンドン在住。
アンティークやヴィンテージのジュエリーを扱う
ロンドン発信のオンラインショップ、
tinycrown(タイニークラウン)
を運営している。

Vol.2 瞳(後編)

ヴィクトリア時代末期に作られたタイピン。
ジョージアン・アイ・ミニアチュールのリバイバル。
素材は、象牙、水彩絵の具、金、ダイヤモンド。
ロイヤルコレクショントラストより。

「瞳」が額装されたアンティークジュエリーで
私がいちばん好きなのは上の写真のタイピンだ。
若い女性だろうか。
あどけない、愛らしい目にダイヤモンドの涙。
いびつなローズカットのダイヤモンドが
ぐるりとまわりを囲っているのも趣がある。
ヴィクトリア時代に作られたものだそうだが
「アイ・ミニアチュール」のジュエリーの
とても良い一例だと思う。

「ミニアチュール」とは
16世紀初頭から19世紀中頃に主にヨーロッパで
数多く制作された、
精密に描かれた小さな絵画(主に肖像画)のこと。
その中でも、イギリスで18世紀末~19世紀初頭に
貴族階級の間で流行したのが、
片目のみのポートレイト「アイ・ミニアチュール」だ。
アイ・ミニアチュールをジュエリーにしたものは
ブローチがいちばんポピュラーだったが
ペンダント、指輪、ブレスレット等も作られていた。

以前こちらのエッセイに書いたように、
ロイヤルファミリーがジュエリーのトレンドの発端
となるケースは歴史的に何度となくあった。
アイ・ミニアチュールのジュエリーも例にもれず
イギリス王室のひとつのスキャンダルによって
ブームが起こったと言われている。

のちに国王ジョージ4世となる
プリンスオブウェールズ(皇太子)は
1784年の春に、マリア・フィッツェバルト夫人と
社交界で出会い恋に落ちた。
このとき、プリンスオブウェールズはまだ21歳で
フィッツェバルト夫人は6歳年上だった。
プリンスオブウェールズは
彼女と結婚したいと切望したが
フィッツェバルト夫人は
ローマンカトリック教徒だったうえに
2度夫に先立たれた未亡人で、
ジョージ3世に結婚を許してもらうことは
できなかったため、
2人は数名の仲間に立会人になってもらって
1785年に夫人の自宅で極秘に式を挙げる。
けれども、この結婚は最後まで
法的に認められなかった。

プリンスオブウェールズが、プロポーズの際に
フィッツェバルト夫人へ贈ったのが
皇太子本人だと特定されにくいように
自分の片方の瞳だけを描かせた
ミニアチュールのジュエリーだった。
また、プリンスオブウェールズも、
フィッツェバルト夫人の片方の瞳が描かれた
ブローチを、いつも襟の下に隠して
着けていたという。

アイ・ミニアチュールのジュエリーそのものは
それ以前にフランスにも存在していたようだが
プリンスオブウェールズの一件から
19世紀のはじめごろまで、
イギリスの貴族社会では
愛情のしるしとして男女の間で交換するもの、
時には親から子へ、ひいては
亡くなった愛しい者への想いをとじこめた
思い出の品としても広まっていった。

アンティークのアイ・ミニアチュールのジュエリー、
とくに流行当時のオリジナル品は稀少で、まれに
アンティークオークションなどに出品されると
状態がよければ、たいへん高値で取引される。
そのため、偽物も出回っており
アンティークのロケットタイプのブローチに
アンティークの肖像画の目を切り抜いて入れ
まるで本物のように仕立てあげ
売られていることがある。
本物のアイ・ミニアチュールは
象牙に水彩絵の具で描かれたものが多い。
けれども、そういった特徴だけで
オリジナルの品かどうかを判断するのはむずかしく
購入する場合は注意が必要である。

(書籍紹介編へつづく)

2018-04-03-TUE

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