イセキさんのジュエリー雑記帖

ロンドンを拠点に
アンティークや
ヴィンテージの
ブローチを探し、
ご紹介していた
イセキアヤコさんの
人気コンテンツ

リニューアルして
かえってきました。
雑記帖という
タイトルにあるように、
ジュエリー全般に
まつわるあれこれを、
魅力的なエッセイと
写真でお届けします。
不定期更新です。

profile

イセキアヤコ

京都出身。2004年よりイギリス、ロンドン在住。
アンティークやヴィンテージのジュエリーを扱う
ロンドン発信のオンラインショップ、
tinycrown(タイニークラウン)
を運営している。

Vol.1 瞳(前編)

19世紀初頭に作られた「アイ・ミニアチュール」のジュエリー。
象牙の上に水彩絵の具によるペイント。
亡くなった夫の思い出に、と妻が職人に作らせたもの。
ヴィクトリア&アルバート博物館蔵 museum no. P.55-1977

上記に同じ。
ヴィクトリア&アルバート博物館蔵 museum no. P.54-1977

テーマは「瞳」。

日本にいる父の70歳の誕生日が
そういえばもうすぐだった、と思い出し、
ある日、実家に電話をして
「誕生日プレゼントで何か欲しいものはある?」
と尋ねたところ、父は
「そうやなあ‥‥」としばらく考えたあと
「ああ、今な、イギリスの義眼が欲しいんや。」
と、突拍子のないことを言った。
「‥‥は?」と私がポカンとして聞き返すと
「このあいだTVで、イギリスのガラスの義眼が
紹介されてたんやけど、それがほんまに綺麗でな。
仕事で使いたいんやけど、いろんな種類があるから、
まあ、まずはカタログが手に入ったら嬉しい。」
「ああ、なるほど。」
「時間ができたら調べといてくれるか。」
「わかりました。」
そうして、電話を切った。
古希のお祝いがほんとうに「義眼」でいいんだろうか
と、やや疑問に思いながら。

父は、大学で彫刻を教えるかたわら
郷土資料館のレプリカの阿弥陀如来像や
科学博物館の等身大ティラノサウルス、
駅のコンコースに設置する抽象レリーフなど
とにかく色々なものを仕事で作っている。
「瞳」を入れるもの、とはつまり、生きもの系の
立体作品のことを言っているのだ。

それで、調べてみたら
たしかにイギリスにはガラスの義眼を売る
専門業者がいくつかあった。
オンラインカタログを見て、
私はへえ、と感心してしまった。
まず、カテゴリーが
鳥類、魚類、哺乳類、爬虫類/両生類、テディベア
に分かれていておもしろい。
そういえば魚類ってどんな目をしていたっけ。
いざ思い出そうとすると
イメージはぼんやりとしか浮かんでこない。
そこで、魚類のページをクリックしてみたら
これまた様々な魚の眼がでてきた。
ちょっと楕円を歪ませたような黒目。
そのまわりは、メタリックなものもあれば
斑点のついた黄色だったり、茶色だったり。

義眼カタログはとても見応えがあった。
瞳孔の形はもちろん、虹彩のバリエーションが
カラーチャートのようだ。
透明感のあるタイプ、そうでないタイプ。
碧眼ひとつとっても、瞳孔の際(きわ)にかすかに
黄色が入ったもの、など、限りなくリアルなものから
おもちゃ的なのっぺりしたものまで。
この瞳だったら、
こんな生きものが作れるかもしれない、と
想像力がかきたてられるようなバラエティの豊かさ。
父が「欲しい」と言った気持ちがわかる気がした。

眼の良し悪しはものづくりにおいて
非常に重要なポイントで作品の完成度を左右する。
それは私も普段、イギリスの骨董市で
生きものモチーフのジュエリーを探しているとき
実はわりとよく直面する問題だ。

素敵な色形の、可愛らしいうさぎの
ヴィンテージブローチがあったとする。
コンディションも傷みなく申し分ない。
けれども、眼が‥‥ アウト。
大きすぎて体とのバランスがおかしかったり、
コミカルすぎたり、イギリス製なのに
東洋色が強かったりするものに、私はあまり
惹かれない。(古い陶磁器ならば話は別。)
ほんのわずかな違いなのだが、
ブローチ全体の雰囲気の決め手は、
やはり瞳が握っていると言っていい。

さらに例をあげると、アンティークの世界には
なんと「瞳」だけで勝負したジュエリーが存在する。
「アイ・ミニアチュール」「ラヴァーズ・アイ」
などと呼ばれる、18世紀末頃の品々である。

(後編へつづく)

2018-04-02-MON

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