はじめてのJAZZ2ヒストリーもたのしみなりー!ほとんどまるごと再現ツアー

#14 1940−1960年 モダンジャズの誕生 Straight No Chaser

糸井 じゃあ、そろそろ「モダンジャズ」の演奏に
いきましょうか。
 
タモリ 何をやるんでしたっけね?
山下 さっきのミントンズプレイハウスに集っていた
ミュージシャンのうちのひとり、
セロニアス・モンクの「Straight No Chaser」です。
タモリ ああ、いいですねぇ‥‥異端児。
山下 ええ、モンクはジャズメンのなかでも異端ですけど、
彼の曲は、
今でも世界中のミュージシャンが演奏してます。
タモリ もともと、ビバップっていうジャズは
音をたくさん使うんですよ。
アドリブの自由度が高まったっつうんで。
糸井 ええ。
タモリ でも、その時期にあわられたんだけど
このモンクって人は、
あんまり、音の数を使わないんですね。
山下 いわゆる超絶的なテクニシャンというわけじゃない。
タモリ かわりに、ものすごい和音を使う。
山下 そうなんですよ。
フシギにヘンで、おもしろい曲を作る天才。
糸井 そういうかっこよさを表現する言葉って
なにか、あるんですか?
山下 ‥‥クール、ですね。
糸井 ああ‥‥。
山下 でも「他とちがってて目立つ」ということでは、
「ディファレント」です。肯定的な意味でね。
タモリ モンクは「ディファレント」ですね。
山下 でも、やっぱりビバップ革命の仲間なんだよね。
タモリ プレイは変わってるけど、書く曲は、すごくいい。
糸井 ふたりの気持ちがそろってますねー、今。
タモリ このあたりは、ずっと聴いてましたからね。
名曲も多いですし。
糸井 そのなかでも、今日は「Straight No Chaser」。
山下 ブルースの12小節の形式でジャズをやってる、
その代表的な曲です。
糸井 それじゃ、いきましょうか。
 
  「Straight No Chaser」
タモリ んー、異端。
糸井 でも、いいですね、モンク。
山下 いいでしょう?
糸井 かっこいいなぁ‥‥。

え、ええと‥‥ですね、すみません。
進行的なことを申し上げますと、
もうあいだを置かずに
どんどん演奏にいっちゃおうじゃないかと、
そういう時間帯みたいです。
山下 はい、じゃ、いっちゃいますか。
タモリ 次は何ですかね。
山下 ファンキージャズという分野から。
糸井 曲名は‥‥。
山下 ええ、アート・ブレイキーの「Moanin'」。
糸井 聴き所を、ひとことで言いますと?
山下 えーっと、そうですね、
たぶん最初のメロディをご存知だと思うので、
ああ、あの曲か、と。
あとは、リー・モーガンというトランぺッターが
この曲で名演をしましたけど、
ここにいる松島くんの演奏のウデも
それに迫るんじゃないかと思っていますので、
そのあたり、聴いていただければ。
糸井 わかりました。
それでは、お願いいたします。
 
  「Moanin'」
タモリ これは青春時代を思い出しますねぇ‥‥。
糸井 タモリさん、ノリノリですね。
山下 なにせ青春時代ですから。
糸井 あの、ドラムソロってのが
ずいぶんと流行った時期、ありましたよね?
山下 うん、このアート・ブレイキーのおかげで。
糸井 かっこいいですよねー。
山下 アフリカの伝統も入っているんです。

いっちばんアタマのところの
「バッパラララララーッラ」「ダーダ」っていうところ、
もう、モリタ教授がやっていた
「象が捕れたぞー」「ワーワー」と同じですから。
タモリ つまり「コール・アンド・レスポンス」です。
山下 「ナントカカントカ」「ソバヤソバヤー」も同じ。
糸井 ああ、あの名曲「ソバヤ」も
もともとのルーツは、アフリカだったんだ!
タモリ そうそう、あれはアフリカ民謡ですから。
<つづきます>

今日のジャズ語

セロニアス・モンク
ジャズ界最大の異端児と呼ばれた天才ピアニスト。
ゆったりとしたテンポ、
極限まで減らした音数‥‥その演奏スタイルは、
ビバップでもフリーでもなく、まさに「モンク」。
この天才を題材にしたクリント・イーストウッド監督映画
『ストレート・ノー・チェイサー』は、
ジャズ・ファンならずとも必見の作品である。
ソバヤ
タモリ・山下洋輔・坂田明・他、作詞作曲。
タモリさんのファーストアルバム
『TAMORI』に収録されている
連作「武蔵と小次郎」のなかの「part4」。
正式な曲名は
「"武蔵と小次郎" part4〜
 アフリカ民族音楽"ソバヤ"」という。
アフリカンなリズムに合わせ、
何を言っているのかわからない
アフリカ風ハナモゲラ調の
タモリさんのボーカルのバックに
「ソバヤ、ソバーヤ」とコーラスが入る
「アフリカ民謡」(自称)。
前回の「はじめてのJAZZ。」だけでなく、
山下洋輔さんが初代会長をつとめた
「全日本冷し中華愛好会(全冷中)」による
「第1回冷し中華祭り」(1977年4月1日)などでも
演奏された記録が残っており、
知る人ぞ知る「1970年代の名曲」とされている。
2008-03-20-THU