第2回 肩越しの視線
2.   "Mr Miyamoto's View over Someone Else's Shoulder"





糸井 「アイデアというのは
 複数の問題を一気に解決するものである」
という宮本さんのことばから
岩田さんはその考え方に
気づいたと言いましたけど、
もともと岩田さんは、
プログラマーとしてそういうふうに
物事を解決させようと
していたんじゃないでしょうか。
Itoi Mr. Miyamoto said that an idea is "something which solves multiple issues", and you mentioned that it opened your eyes to a new way of thinking. However, as a programmer, I'm sure you have solved problems in the same way?
岩田 うん、そうですね。
とくにプログラムの分野では、
ひとつの場所を直すと、あちこちがよくなったり、
その逆のことが起こったりしますからね。
Iwata Actually, yes. Fixing a bug in a program often solves many problems, or visa versa.
糸井 ということは、理科系の人はみんな
そういう「ひとつのアイデアの使い方」を
自然に経験しているわけですか。
Itoi Does everyone who has studied in the science field experience such way of utilizing "single ideas"?
岩田 でも、理科系の人の中には
対症療法的に物事を処理する人もいるんですよ。
「暑かったら、エアコンの温度を下げよう」
「のどが渇いたから、水を飲もう」というように、
目の前に起こってる問題を
逐一解決しようとする人のほうが
ひょっとしたら多いかもしれないです。
Iwata There are people who solve problems via symptomatic treatments, of course. Such as "Let's turn down the air conditioner since it's hot", or "I'll drink some water because I'm thirsty". People like this may actually be the majority.
糸井 ああ、なるほど。 Itoi I see.
岩田 理科系の人間が、というよりも、
人のタイプがあるんでしょうね。
「いま自分が水を飲みたいのは
 のどが渇いているからだ」
というところまでわかって安心する人と、
「そもそも、なぜのどが渇くんだ?」って
どんどん根源を追求していく人と。
Iwata I don't think it's a matter of coming from the science field. I think it's just the type of person you are. There are those who are satisfied knowing that thirst is the reason for wanting something to drink, and there are those who want to unfold the cause of their thirst.
糸井 その違いはどこにあるんでしょうね。
どこかで、枝分かれしていくのかな。
Itoi I wonder where that difference comes from. Where those two types branch.
岩田 わたしは、もともと「なぜ?」を追求するのが
すごく好きなんです。
Iwata I have a nature of pursuing the reason of things.
糸井 うん。そう思います(笑)。 Itoi I know you do. (laugh)
岩田 ご存じのように、ね(笑)。
たとえば、わたしが
ゲーム開発者として駆け出しだったころに、
自分のつくった作品が売れないと、
「なぜ売れないんだろう?」と考えるわけです。
自分で言うのも変ですが、
技術的には劣ってるとは思えない。
でも、たいして売れない。
Iwata (laughing)
Yes, as you know very well. During my initial years as a video game designer, when the game I created didn't sell as expected, I would look for the reason why. Technologically, my game wasn't inferior to others, but it didn't sell as much.
糸井 うん(笑)。 Itoi Uh-huh. (laugh)
岩田 でも、宮本さんがつくると、
自分が携わったソフトの何倍も、
場合によっては、何十倍も売れるわけですよ。
Iwata But the games Mr.Miyamoto designed sold like crazy. I mean, its sales were multiplied by dozens compared to that of the game I designed.
糸井 プログラムの品質だけを見ると、
おそらく、負けてないわけですよね。
Itoi But the quality of the technology of the game wasn't much different, right?
岩田 自分ではそう思ってしまうんですね。
でも、結果としては、負けてしまってる。
Iwata Well, at least that was what I thought. But the facts were clear. His game just sold much more.
糸井 そこで、プログラマーとして、
「オレの仕事は負けてないよ」って
満足しちゃう人もいっぱいいますよね。
Itoi I'm sure there are many people who draw the conclusion that their games are just as good as Mr.Miyamoto's.
岩田 だけど、
わたしはお客さんにウケたかったんですよ。
宮本さんのように。
Iwata But I wanted my games to become popular, just like his.
糸井 いいなぁ(笑)。 Itoi I like how you think. (laugh)
岩田 自分の作品は宮本さんのようには、ウケない。
宮本さんのはウケる。悔しい。
悔しいから見るわけですよ。
なにが違うんだろう?
でもすぐにはわからないんですよ。
Iwata My piece of work wasn't popular as his. Everyone seemed to be playing his game. That's frustrating. Frustration made me observe closely.
What was the difference between him and me?
This wasn't an easy question to answer.
糸井 うん。 Itoi It must have been difficult.
岩田 でも、宮本さんと仕事するようになってから
だんだんわかっていくんです。
なにが自分に足りなかったかというと、
ひと言でいえば、自分は、
「ものをつくる側からしか見てなかった」んですね。
宮本さんって、
「こうやったら、こうなるはずや」
っていうふうにつくって、
もちろんその時点で、ほかの人よりは
はるかに打率が高いんですけど、
神様じゃないので、それなりに間違うんです。
それをどうやって補正してるかというと、
社内から、そのゲーム触ったことのない人を
ひとり、さらってくるんですよ。
さらってきて、なにも説明せずに、
いきなりポンとコントローラーを握らせて
「さあ、やれ」って言うんですよ。
それはまだ、宮本さんがいまみたいに
世界的なゲームデザイナーとして評価される前、
係長とか課長だったころから。
Iwata After starting to work with Mr.Miyamoto for a while, I started to see. I was only looking from the "designer's point of view", but he was different. His aim does have a higher percentage of becoming a hit, but he does make mistakes. After all he's not God, you know. The difference lies in how he corrects his mistakes. He brings an employee who has nothing to do with the game he's designing, and hands him/her the controller and says, "Go ahead, try it." This was before he was acknowledged as a renowned video game designer, when he still was assistant manager or manager.
糸井 「世界の係長」だった時代ね(笑)。 Itoi (laughing)
When he was "The world-class assistant manager".
岩田 そうそう(笑)。
「世界の係長」だった時代が
けっこう長いんですけど。
Iwata (laughing)
Yes, he was "The world-class assistant manager" for quite a long time.
糸井 長いよね(笑)。 Itoi (laughing)
Yes, quite long.
岩田 その時代から、宮本さんは
なんにも知らない人をつかまえてきて、
ポンとコントローラー渡すんですよ。
で、「さあ、やってみ」って言ってね、
なんにも言わないで後ろから見てるんですよ。
わたしは、それを
「宮本さんの肩越しの視線」と呼んでたんですけど。
その重要性というのは、
いっしょに仕事するまでわからなかったんです。
いっしょに仕事してはじめて、
「あ、これだ」って思うんです。
つまり、ゲームをつくった人は、
ゲームを買ってくれる
ひとりひとりのお客さんに対して
「このようにして作りました。
 こう楽しんでください」
とは、説明に行けないんですね。当然ですけど。
Iwata So he hands him/her the controller and tells him/her to go at it, and all he does is watch him/her from behind.
I used to call it "Mr. Miyamoto's View over Someone Else's Shoulder". I didn't realize how important it was until I started to work with him. Only then it occurred to me that this was it.
We're not able to go to customers explaining the details of the game's intention, or how they should enjoy it.
糸井 そうですね。 Itoi Of course not.
岩田 だから、仕方ないので、
すべてを、ものに託すわけです。
ところが、ものというのは、
そういうことを伝えるうえでは、
きわめて不完全にできている。
だから、伝わらないんですね。
製作者が、想像もしないところで、
予想外の戸惑いを感じたりする。
Iwata The product is all you've got. But a product is incomplete when it comes to explaining something in detail. Every detail of the design of the game is not always understood by the players.
糸井 宮本さんは「肩越しの視線」で
それを探しているわけですね。
Itoi Mr.Miyamoto is trying to find that gap through his "View over Someone Else's Shoulder".
岩田 そうなんです。
なにも知らない人がそれを遊ぶのを見て、
「あ、ここわからないのか」とか、
「あそこに仕込んだ仕掛けは
 とうとう気づかずに先に行ってしまった」とか、
「先に、これやってくれないと、あとで困るのに」
というようなことが、後ろから見ていると、
山ほどあることがわかるんです。
お客さんが、前提知識がない状態で、
どんな反応をするかがわかるんですね。
だから、宮本さんは、自分がどんなに
実績のあるゲームデザイナーであろうと、
「お客さんがわからなかったものは
 自分が間違ってる」
というところから入るんですよ。
Iwata Exactly. He watches them play and checks in detail how they respond, playing it without any previous knowledge. He finds out what they don't understand, what they let past, which triggers they miss. There are tons you can find from the view from behind.
However experienced he may be, he never drops the notion that "if the players don't understand it, there's fault in the design I made".
糸井 なるほど。 Itoi How interesting.
岩田 簡単にいえば、お客さん目線なんですけど、
それをどうやって見つけるかという方法を
宮本さんはすごく早くから確立していて、
一方、わたしは、自分のプログラムが
イケてるかどうかには興味はあっても、
お客さんがどう感じるかみたいなところは
考えが及んでいなかったんです。
Iwata It's easy to say it's the "customer's point of view" that counts, but it's the fact that he drew a method of how to find it very early. On the other hand, I was interested whether my program was cool or not, but not really aware of the players' response.
糸井 「わたしってイケてるわ」って
思ってたのね、当時の岩田さんはね。
Itoi So at the time, you thought you were cool.
岩田 ええ(笑)。
そのころの未熟なわたしは、
「わたしってイケてるわ!」って。
Iwata Actually, yes. (laugh)
I, the novice game designer, thought I was cool.
糸井 プログラム間違ってないし、
ナイスバディだし、みたいな。
Itoi "The program works, and it looks cool too", right?
岩田 そういう状態だったんでしょうね(笑)。
その発見はすごくショックで、
はじめてそのやり方を見たあと、
わたしは会社に帰ってすぐに
レポートを書いた覚えがあります。
こんなことを宮本さんたちは、やってると。
だから、オレたちは勝てないんだって。
Iwata (laughing)
Must have been like that.
Mr.Miyamoto's way came upon me as a total shock. I remember going back to my office and writing a report on it, how his method works, and it being the reason we can't win.
糸井 咸臨丸に乗ってアメリカを見てきた
勝海舟のように。
Itoi Like Kaishu Katsu on Kanrin-maru, seeing America for the fist time.
岩田 ははははは。
でもね、そのころは、まわりに
そういうことに共感してくれる人がいなくて、
しょうがないから、
ひとりでずっと考えてたりしましたね。
Iwata Ha ha ha.
In those days, there were few people around me who understood this concept. A lot of times I ended up thinking all by myself.
糸井 そういう「なぜ?」のひとつひとつが、
きっといまの岩田さんをつくったんだね。
Itoi Those pursuit for the reason why must have made you who you are today.
岩田 そう思います。



(続きます!)
Iwata I think so.



(Continued!)



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