石原プロヂューサー×ほぼ日
第3回【10年に1本の映画かもしれません。】
ほぼ日 スタッフのかたがた、役者さんが
全員でつくりあげた映画だったんですね。
石原 これが、独裁者みたいな
監督だったらこうはできない。
李監督は
もっともっと最善はないかと
一生懸命悩んでいるから、
みんなからもアイディアが出る。
映画って毎回アプローチが違うんです。
おもしろいんですよ。
ほぼ日 フラダンスもチームワークですものね。
そういうのが、映画を作るときにも、
同じようにあるんですね。
石原 そうですね。
かと言って、
仲良しこよしというわけじゃないんですよ。
やっぱり、ものすごく戦っていたんです。
みんな、いいものにしたいから
こうした方が良いのではないか
という気持ちがものすごくあって戦うんですよ。
 
ほぼ日 フラガールのキャンペーンというのは、
どういうふうに組み立てていかれたんですか。
石原 『フラガール』は、ちょうど、
しずちゃんがTV、メディア的に
登り調子でしたから、
パブ(広報活動)に
いろいろと協力していただきました。
これはもう
プロデューサーの勘でしかないんですけれど、
しずちゃんは、女性に好かれる。
これは、とっても大事なことなんですよ。
おばさまにも嫌われないキャラって。
それでこの映画の好感度が
すごく上がったんですよね。
それから、まだ本を書いてるころに
宣伝部と一緒に、
フラダンスのイベントを視察して回りました。
遠くは、伊香保まで回って。
長い時間をかけて、
そういうイベントに参加して、
どこへいっても夏の間中、
『フラガール』というのが出るように考えました。
ほぼ日 フラのイベントに行くと、
『フラガール』ののぼりとテントがあって、
フラガールたちが踊ってましたものね。
石原 それがひとつありましたね。
必ず誰かが、
フラのイベントでキャンペーンをする。
テレビスポットを大量出向できない映画って、
長い間宣伝しないと
浸透しないんです。
口こみで広げるためにも
撮影時期からで言うと、
9ヶ月くらい宣伝をしていたんですよ。
映画によって違うと思いますが、
この映画はそうしたほうが
いいなと思ったんですね。
ほぼ日 フラのイベントに出ていた子たちが
やっぱり思いが強かったからなのか、
とてもパワーを感じました。
石原 キャンペーンが終るときに、
みんな、泣いていたんです。
「石原さん、まだ踊りたいのに、
 もう踊る機会はないんですか」
と。
大阪と神戸の最後のキャンペーンに
しずちゃんと2人で行ったときもそうでした。
「なんか寂しいです。
 もうキャンペーンないんですか」
って、彼女が泣きそうになって。
「しずちゃん、青春の1ページになった?」
って聞いたら、
「もう10ページも、100ページもです」
って言ってくれて。
‥‥10年に1本くらい、
こういう映画が、あるんですよね。
 
  (続きます!)
2007-05-25-FRI