演出家と観客を、ここちよく騙す。 堀尾幸男さんの 舞台美術という仕事
 
アトリエ訪問編 第5回 つまり、お客さんも騙せている。


渋谷のPARCO劇場で、
立川志の輔さんの舞台を前にお話をうかがった数週間後、
われわれは所沢にある堀尾さんのアトリエを訪ねました。

この日、ご用意いただいた模型は、ぜんぶで3点。
まずは野田秀樹さんの舞台から、お話をうかがいます。
壮大な舞台のインパクトあるミニチュアが、
テーブルの上に置かれました。

── わあ‥‥。
これは、すごい‥‥。
堀尾 野田秀樹さんがはじめてやったオペラです。
ヴェルディ作曲『マクベス』っていう。
── シェークスピアの『マクベス』を、オペラで。
劇場はどこだったんですか?
堀尾 新国立劇場ですね。
── オペラとかバレエなどの上演が多い劇場ですね。
堀尾 そうですね、演劇の公演もありますが、
歌劇の専門劇場として
作られているオペラハウスです。
── まずはこの、
中央の目がすごいインパクトですが。

堀尾 目玉を入れたのは、
野田演出が舞台上に冠を置きたかったからです。
『マクベス』っていうのは権力争いの話だから、
その象徴としての冠を真ん中に置きたかった。
それで私が「眼」を入れた。
目玉がないと、上の部分がこれ、
何だかわからないでしょう。
── なるほど、頭にかぶっているということが
はっきりわかります。
堀尾 とはいえ野田さんの舞台ですから──。
抽象的にこの装置をつかうんですよ。
── 直接的に「冠」と言うのではなく。
堀尾 ええ、実際に劇中で見立てられるのは、
冠というよりは「お城」のイメージになるんです。
これを、お城に見立てる。
そこが権力闘争の場であり、
奪う権力の証が王冠である。という具合。

── ああ、『マクベス』は、
お城のシーンが多いですよね。
堀尾 魔女が出てくるシーンでは、
これがひっくり返って、巨大な釜になるんです。
そこに魔女たちが、カエルとかコウモリとかを
放り込んで占いをするんです。
ドライアイスの煙が出てきて、
釜でぐつぐつ煮ているようになる。
── へえええ〜。
堀尾 巨大なテーブルに見立てられて、
宴会場になったり、
広間みたいな場所にもなりました。
── オペラでも野田さんの「見立て」は
次々に行われたわけですね。
堀尾 ええ。
あとはそう、この冠の下の部分が
ぎゅいーんと回って、
うしろから悪魔みたいな顔があらわれるんです。
── ああ、そんな大仕掛けも。
堀尾 大きな動きということでいうと、
これ全体が前に出てくるんですよ。
── え? 前に出る‥‥
どういうことでしょう?
堀尾 この舞台は、大きくわけてこのお城の場面と、
森の場面があるんですね。
これが森の場面の背景です。



開帳場では‥‥
ああ、「開帳場」っていうのは
舞台の床が傾斜しているスタイルのことで、
床の黄色いケシの花を見せる工夫をしています。
でも、そこではまだ、ただの森なんです。
で、しばらく森のシーンが続いたあとで、
開帳場の床が沈下してゆき、
森の奥にある冠(城)が
がーっと前に出てくる。

── ‥‥それはすごい迫力なんでしょうねえ。
しかしそれにしても、
この冠をうしろにスタンバイしておける
そんな奥行きがあるんですか。
堀尾 新国立劇場は、ありますね、奥行きが。
── 人形たちも、こまかくつくられてますね。

堀尾 模型につける人形は、「定規」なんです。
── ああ、実際の舞台の大きさや広さを
感覚的につかめるように。
堀尾 そうです。
人形を置いてずっと見てると、だんだんとこう、
あ、これ、階段をあがれないやとか、
ちょっと危険だなとか、
いろんなことが分かってくるんです。
── なるほど。
堀尾 あとは、出演者とスタッフに
見せるという目的もあります。
── イメージをつかんでもらうために。
毎回こういう模型を作るんですか。
堀尾 いや、毎回ここまでは作り込まないです。
ふつうはホワイト模型という、
色をつけないシンプルなのが多いですね。
規模が大きかったり複雑な舞台だと、
出演者に説明するために色をつけたりしますが。
── これも、黄色い花がきれいですね。
堀尾 これはケシの花です。
たしか造花を2万本植えたのかな。
白いものが見えるでしょ、
それはガイコツなんです。

── ガイコツでしたか。
堀尾 これが実に野田さんらしいんですけどね、
ガイコツはケシの花の麻薬を吸いながら
生きているんだ、と。
ここで繰り返される血なまぐさいものが
どんどん地面に染みていって、
ケシ花の栄養になり、
この花の麻薬を吸いながらガイコツが生きてる、
亡霊が生きてるんだ、と。
この亡霊がマクベスにいたずらをした。
── はあ〜。
堀尾 でもまあ、野田さんとふたりでセットをみながら
「こじつけすぎるよなあ」
なんてことを言ってましたけどね。
── そうなんですか(笑)。
堀尾 「まあ、いいよ、俺たちはこれで、
 こじつけでいこうよ」
なんて(笑)。
── いや、でも、そういう壮大な見立てが
野田さんの舞台の魅力だと思っていますから。
堀尾 ありがとうございます。
つまり、お客さんも騙せてるということですね。

── ええ、ここちよく(笑)。
  (つづきます)
2008-06-20-FRI
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