あのひとの本棚。
「ほぼ日」ではときどき糸井重里が「あの本が面白かった!」とか
「これ、読んどくといいよ」と、本のオススメをしていますが、
これを「ほぼ日」まわりの、本好きな人にも聞いてみようと思いました。
テーマはおまかせ。
ひとりのかたに、1日1冊、合計5冊の本を紹介していただきます。
ちょっと活字がほしいなあというとき、どうぞのぞいてみてください。
オススメしたがりの個性ゆたかな司書がいる
ミニ図書館みたいになったらいいなあと思います。
     
第26回 寄藤文平さんの本棚。
   
  テーマ 「数字のモノサシをつくるために読んだ5冊」  
ゲストの近況はこちら
 
もともと僕は、超がつくぐらいの文系なんです。
そんな僕が「数字のモノサシ」という本を
作ることになりまして‥‥。
そのために、いろいろな本を読みました。
数学、脳、心理、経済、哲学、統計資料などなど、
たぶん70冊を超えていたと思います。
そのなかから、読んでよかったと思える5冊を選びました。
超文系な僕でも、数に関する本を出すことができたのは、
この5冊のおかげなんです。
   
 
 

『虚数の情緒』
吉田武

 

『脳のなかの
幽霊』
V.S. ラマチャンドラン, サンドラ ブレイクスリー

 

『幸せはいつも
ちょっと先に
ある』
ダニエル・
ギルバート

 

『ヒトとサルの
あいだ』
吉田脩二

 

『井上ひさしと
141人の仲間たちの作文教室』
井上ひさし

 
           
 
   
Amazonで購入
  『虚数の情緒—中学生からの全方位独学法』 吉田武 東海大学出版会/4515円(税込)
 
この本は、見てわかるとおり、
たいへん分厚い本なんですけど、

導入部分にあたる0章だけで124ページもあるんです。
ええと、総ページ数は1001ページですね。
その0章は「方法序説:学問の散歩道」っていうんですが
もう、この部分だけで1冊の本ができそうな本なんです。
で、僕はその導入部分が、
この本の中でいちばんおもしろいと思いました。
そこにはおもに、
「科学的とは何か」ということが書いてあります。
科学的というのは「ぴったり答えが出る」ことだと、
僕はずっとそういうイメージをもっていました。
ふつう、そういうふうに思いますよね?
ところが実は、その逆だったんですよ。

デザイナーの仕事に例えると、
これからデザインするものを
イメージすることとか、
絵を描くときに想像を膨らませることとか、
そのひとつの方法が「科学的」なんだそうです。
仮説を立てる、ということもそうですし、
目の前にあるものをよく観察するということも。
よく観察した結果、
これはこういうふうになってて、
あれとよく似ているとか、
そういうことを考えるのは科学的なアプローチである
っていうことを、
この本を読んではじめて知ったんです。

武士道や禅などを
学びはじめるときのように
数学という学問を学びはじめるにあたっての
「心がけ」とか「態度」について
書いてあるという感じの本で、
僕は、もうその辺で、すっかり
この著者の方が好きになっちゃって
この人の書く本なら、
この分厚さでも、とにかく読まなきゃと。
それで、絶対、読了できないと思ってたのに
徹夜とかして1日ぐらいで読み切っちゃいました。

そんなふうにいうと
数学好きな人のように
思われるかもしれないんですが、
僕は学生のころ数学がダメで、
ダメというか、大っキライでした。
数学がダメで美術に行ったクチです。

でも、
『数字のモノサシ』という本を作るにあたって
「数字」の本を作るなら
「数学」のおおむねの語られ方は知っておかないと
と思って、いちばんはじめに手にしたのが
この本だったんです。
なぜこの本だったかというと
「1」っていう概念が
いつどうやって生まれたのかを知りたかったんです。
「自然数って何なの?」
っていうことを、僕は知りたくって。
目次を見ると
ちょうど「1章:数の始まり」というあたりに
そのことが書いてあるかな?
と思って読んでたんですけど‥‥。
あ、この部分ですね、引用します。

例えば、牛3頭と鉛筆3本の両方に、数字「3」が登場するが、
一体、牛と鉛筆に共通する「3」という数字は何を意味するのだろうか。
牛が、牛であるが為の色々な特徴をすべて取り除いて、
そこに「或る塊」が3個存在すると考える。鉛筆に於いても同様である。
物に備わったあらゆる特徴を捨て去って、
量に注目してそれを表すとき、
そこに「3」という数字が忽然と現れてくる。

「自然数の生まれ」について知りたかったのに
「そこに忽然と現れてくる」って書いてあって。
「あれっ? それで終わり?!」みたいな(笑)

まあ、僕の知りたかったことは
書いてなかったんですけど
それ以外の部分もかなりおもしろかったです。
副題に
「中学生からの全方位独学法」と書いてるとおり、
中学生にもわかるくらいの内容だと思いますよ。

ただ、『数字のモノサシ』の本を書くにあたっての
僕の疑問については、
どうやら「数学の本」では解消されなかったということで
次の本につながるんですけど・・・・。

   
Amazonで購入
  『脳のなかの幽霊』 V.S. ラマチャンドラン, サンドラ ブレイクスリー 角川書店/2100円(税込)
 
数字の「1」という概念がいつからはじまったか?
という自分の疑問を『虚数の情緒』で
知ることができなかった僕は
1、2、3、4っていう数字そのものが並んで増えていく
その数直線を人間が理解できるのは、
「どうも脳のせいじゃないのか?」というふうに考えて、
次にこの『脳の中の幽霊』を読みました。

著者は、ラマチャンドランという
インドの脳神経学のお医者さんですね。
「幻肢」といって、
なにかの事由で腕や足をなくした人が
ないはずの手足をあると感じたり
そこにすごい痛みを感じるということについて、
なぜそれが起こるかをわかりやすく解き明かした人です。

で、その臨床の様子がルポタージュ風に書かれていて
文章がめちゃめちゃ上手だから、すごくおもしろい。
たとえて言うなら、
ディスカバリーチャンネルを見てる感じです。

脳の話、っていうとみなさんも一度は
耳にしたことがあると思うんですけど
「クオリア」という言葉があります。
このラマチャンドランさんのクオリアの話は
だれの説明よりもはっきりわかりやすくて素晴らしい。

「赤い」と感じているのは、
脳神経の中の電気信号でできた言葉なんだ、
というふうにこの本の中には書かれていて
もし電気ジャックで脳同士をつなぐことが可能なら、
その人が見た赤を
別の人が必ず感じられるっていうんですよ。

ところが、いまわたしたちは他の人が見た赤を
まったく同じようには見ることができない。
これは単純に言葉の違いで、
英語で話されたことが
他の言語ではわからないのと同じことだと。
「赤い」と見えてる色は
脳の中の電気信号でできた言葉だから、
それはだれにも伝えられるわけがない。
けれども、
「そこにクオリアっていうものがある」
というふうに人間の限界をくっつけて
ものすごく不思議な感覚の現出があるとか、
神秘性があるとか、
そういう話にいってしまうのは、
間違いじゃないかと書かれています。
そのあたりにかなりおもしろさを感じました。

もともと本を作りはじめるときに、
数字そのものを測る尺度を
数字を使わずにどうやって測るのかということを、
かんたんにまとめた本をつくる予定だったんですけど
1冊目、2冊目、と手に取った参考図書が
自分の知りたかったこととは別のところで
おもしろくなってきていて、
僕の本作りはちょっと脱線していくんです。

でもこの本は、数字っていうことに
アレルギーのあるような人にもほんとおすすめですね。
脳神経学的に好奇心が何かが書いてあって、
もう、調べれば調べるほど、
好奇心っていうのはいらない、とかね。
意外ですよね?

数学の本と、脳の本と
大きい分野から読んでいったものの、
「1」という概念が、いつどうやってはじまったか?
という、僕の疑問は解消されず、
そうすると、次は何なのかな? ということで
また、本を探すことになります。

   
Amazonで購入
  『幸せはいつもちょっと先にある—期待と妄想の心理学』 ダニエル・ギルバート 早川書房/1680円(税込)
 
次に読んだのは、心理学の本です。
数字とは直接関係しない内容なんですが
たいへんショッキングなことにこの本を読んで、
もしかしたら 『数字のモノサシ』みたいな本そのものが
いらないんじゃないか? と思ってしまって(笑)。
僕がつくりたい内容は、
もうここに書いてあるじゃん、くらいに。

自然数の「1」が忽然と現れるということが
先の2冊を読んでなんとなくわかってたんで、
じゃあ、モノをカウントしたり、
そうやって把握することが何で必要なのか?
ということや、
そこからもう一歩進んで、
そのことがどんなふうに人の気持ちを形づくるのか?
といったことが知りたくなってたんですけど、
この本にはそれに近いことが書いてあります。
いわゆる行動経済学の分野で
それが研究されているということとか。

経済学っていうのも、数学と同じく
僕がこれまで触れたことのない分野だったので
「限界効用逓減性」っていう言葉も
はじめて知ることができて、それ自体もう新鮮でしたね。
すごく簡単に言うと、
一杯目のビールがいちばんおいしくて、
二杯目以降は、どんどんおいしさの感じかたが
下がっていくということなんです。
ビールを飲めば飲むほど、
消費の総量としては上がるんですけど、
一回ごとの満足は下がっていくという
なんとも言えない悲しい感じ・・・・。
こういうことを、ぜひ知ってもらいたかったので
このことは、『数字のモノサシ』の中にも入れました。

他にも、この『幸せはいつもちょっと先にある』には、
心理学、脳科学、哲学などのいろんな側面から、
そして、臨床の結果も入れつつ、
「幸せって感じるのは
 いったいどういうこと何だろう?」
ってことがおもしろおかしく書かれています。
外国人の著者のかたに多い
いわゆるウイットに富んだ表現が多いんで、
それの好き嫌いはあると思うんですけど
「幸せって何だろう?」ってことに
真正面から取り組んで総合的に書かれているので
それについて悩んでる人は
この本を読んだらいいと思いますよ。
ここに、だいたいが書いてあります。
いい言葉を集めたりした
そういうタイプの幸せ本とはまったく違うかたちで。
幸せというモノが人間の心にとって
どういうものなのかということを定義した本ですね。

まあ、数学とは直接関係はないんですけれど、
この本は具体的に役にたちました。
実際の本作りにおいては
ここから統計資料とか集めたりすることになって、
そういう資料やデータを集めたりする作業に
興味を持てるようになる本でしたね。

あと、そうそう、
限界効用逓減性を知って、
「あ、そうか、 『デザインを新しくして欲しい』
 って言われるのは
 この限界効用逓減性のせいか。
 これのおかげで、僕の仕事はあるんだな」
と思いましたし。
そういう意味でも幸せが何かわかったというか、
自分の仕事にとっても、すごく役にたった本です。

   
Amazonで購入
  『ヒトとサルのあいだー精神はいつ生まれたのか』 吉田脩二 文藝春秋/1890円(税込)
 
数学のこと、脳のことと、心理のこと、
の3つの本を読むと
次に、こころ、というか、精神というものが
どういうふうに生まれたのかを知りたくなって
人間になる前と後、
つまり、「ヒトとサルのあいだ」を知ったら
わかるのかなぁと思って、
それで、この本を読みました。

他の動物って生まれたら走らなきゃいけないから
人間でいえば、9カ月の状態までは、
お腹の中にいるんですって。
言い換えれば、人間の子供は
9カ月早く生まれてるってことになります。
なぜそんなに早く生まれてこなくてはいけないかというと、
そうしないと頭が大きくなりすぎて
出てこれなくなっちゃうからなんです。
ということは、
人間は脳がすごく未発達な状態で外に出てきてる。
未発達な状態ということは、
外からの刺激に対して反応できない状態なわけです。
それでも脳は発達しなきゃいけないので、
刺激を出して活性化させる回路を、
脳は自分の中につくった‥‥。
その内線こそが精神の原型なのだ、
というのが著者・吉田脩二さんの説明なんですね。

赤子の脳の内線を発達させたことで
絶滅しないで、早く生まれても
脳を育てることができるようになったと。
言葉が生まれたのも同じ理由だっていう考え方なんです。

数学的な話にちょっとからめましょう。
デジタルだ、アナログだ、っていうのが
どう違うのかっていう話が出てくるんですけど、
デジタルってのは
1、2、3、4という数字で分けられるような
細かな単位でモノを数える考え方で、
アナログはそれがないっていう話だったんですね。
その意味で、サルがデジタルで、
人間はアナログなんだっていうことが書いてある。
それが、僕なんかすごい新鮮に感じて。

外からの反応に対して脳に入った信号が
ある径路を辿って「こうしなきゃいけない」って
アウトプットとして外に出るときに
サルは1信号に対して1アウトプットを出す。
これが、デジタル的な構造。
一方の人間は、
例えば、そうやって入ってきた信号を
「これはもしかしてこうなのかな?」と思ったり、
言葉というひとつの情報にまとめたりするじゃないですか。
それこそがアナログであると。
そこを読んだ瞬間、
「あああ、おもしろいなー」と。
でも同時に、
「これ、数字の話とつながらないわー」と(笑)。

『数字のモノサシ』の本づくりから
ちょっと脱線してますが、脱線ついでにもうひとつ。
本作りの最中にちょうど妻が出産したんですね。
それで、『ヒトとサルのあいだ』の影響で
生まれて間もない子供を
「ほんとはまだ胎児なんだよなぁ」って思いながら
つんつん、つついてたりしたら、
妻のお母さんに
「モノじゃないのよーーー!」
って言われたりしました(笑)。

「人間はなぜ生きるのか」っていう
誰もが思う巨大なテーマがありますよね?
その疑問を持った人は、読むといいと思います。
人間はなぜ生きるのかってことについて
「こうだから生きるのだ」と断言してある。
根拠は示されてないんですけど、
そういうものがなくても納得してしまうんです。
精神科医として臨床で、
長年いろんな診療にあたってきた人が書いた本だから、
納得させる説得力が、すごさがあるんだと思います。

   
Amazonで購入
  『井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室』 井上ひさし 新潮社/540円
 
僕がもともと文章を書くタイプじゃないので、
第三者に文章で説明するということについて
「何かいい本ないかなあ」と思っていたとき、
ぐうぜん実家の本棚にこの本があったんです。
僕の母親は、井上ひさしさんの『吉里吉里人』
という小説の大ファンで、
井上ひさしさんの本をけっこう読んでるみたいで。

この本は、文章について書かれた本です。
でも、デザインのことについても
「もう、まったくその通りです」と思えるようなことが
たくさん書かれてありました。

例えば、いちばんはじめに
「作文の秘訣を一言でいえば、
 自分にしか書けないことを、
 だれにでもわかる文章で書くということだけです」
って書いてある。
もう、これがすべてだと思いました。

作文するということとか、
本をつくるということとか、
デザインをするということとか、
なんでもそうなんですけど、
すべての基本がここに書いてある感じがして
文章だけじゃなく、僕の仕事全般に影響を与えたんですね。
 
本の元になっているのは、
岩手県一関市で行われた
一般の人に向けた「作文教室」です。
井上さんの講義を聞いて、作文を書いて、
提出して、添削してもらって、発表して
というような三日間が描かれているんですけど、
井上さんの指導が厳しいんですよ。
一般の人に向けたものなのに
プロに指導するくらいの厳しいことを言ってる。

「ので」「から」「なので」を使うと
文章がどんどんダメになるとか、
短い文章で、1個、1個、
まず言いたいことをまとめて、
それを積み重ねて伝えてください、とか。

一般の人の作文もたくさん載ってるんですけど
この本に引用されていた
ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の
『停車場にて』という
エッセイがすごくよかったんですよ。
殺人犯が熊本駅に護送されてくるところを
ハーンが見に行ったという話です。
停車場に集まった野次馬にむかって
警官がある女性の名前を呼ぶ。
そうすると、
子供をおぶった女性が
群衆からすすみ出てくるんですけど、
警官がその子供のほうに向かって言うんです。
「坊や、これがお父ちゃんを殺した男だよ」って。
‥‥こんなエッセイが書けたら、
それりゃあすごいなって、感動したんですね。
明治時代の話なんですけど、
ほんとにその情景が目に浮かびました。
でもこのエッセイのところ、
文庫版の改訂を重ねるうちに
どこかでなくなって現在は掲載されてないんです。
ちょっと残念ですね。

僕としては、デザイナーを目指す人は
ぜったい読んで欲しいですね。
いや、もっと広くにすすめたいかな。
何かをわかりやすく伝えたいと思ってる人、
ものを作ることにかかわっている人に限らず、
これは読んだほうがいいです。
誰にでもおすすめします。
数字とは、まったく関係ないですけど、
本作りには、いちばん役にたったかもしれない1冊でした。

 
寄藤文平さんの近況

JT広告大人たばこ養成講座
東京メトロの各駅でみかけるマナーポスター「家でやろう。」
シリーズなどにてイラストレーター、アートディレクターとして
ご活躍中の寄藤文平さん。
「ほぼ日」では、
池谷裕二さんと糸井重里の「海馬」のブックデザインでも
お世話になりました。
広告やイラストレーションのお仕事以外にも、
『大人たばこ養成講座』『地震イツモノート』
『ウンココロ』『死にカタログ』
など、共者、著者さまざまなかたちで
イラストレーションとユーモアたっぷりの
ご本をつくってこられました。

そんな寄藤さんが、2008年の11月に、
今度は「数」にまつわる本を出版されました。


『数字のモノサシ』
寄藤文平(著)
大和書房/1500円(税込)

Amazonで購入

数字のモノサシって、どういう意味なんでしょう?
寄藤さんは、こんなふうにお話ししてくださいました。



僕は、本ができあがるとだいたいそうなんですが、
2年ぐらいその本を
見るのもイヤな時期があるんですね(笑)。
この本もまだ、その時期を抜け出してないので、
内容を説明するのがちょっと恥ずかしいというか‥‥。
担当編集者として、この本の制作にかかわってくださった
大和書房藤沢さんの言葉を借りて説明すれば、
「日常生活でどうしても必要なのに
 数字が苦手で、 そのアレルギーを
 解消したい人の助けになるような本」
ということなんですが、
なるほど、うまいことを言ってくださいます。

僕たちは日常の中で、
数字で表されたものを
あたかも、もうそこにあると思って
うけとっちゃうけど、
「その数字、実際どれぐらいなの?」というのは、
本当はよくわかってないですよね。
そこに気がついてもらえたらいいな、と思います。
具体的な例をひとつあげると、
阪神大震災のときに、
僕は自分の感覚が麻痺していったのを
覚えてるんですよね。
死亡者数が、8人から6000人までに増える間に
どんどん何も感じなくなっていく。
「あれ? わかんなくなってる」っていう
リアルな違和感があったんです。
そういうことって、他にもたくさんあると思うんですよ。

それで、数字の実感をもてるようになるための
僕なりの解決策を提案したいなと思って、
この本の中に「手のひらモノサシ」というのを
載せてみました。あ、このページですね‥‥。

たとえば、ひとさし指を「1」とすると、
手のひらは「10」なんです。
もちろん、個人差はありますけど、
これは人体がもともともっている共通の比率です。
他にも、爪の先の白い部分を「1」とすると、
両腕を広げて胸とあわせたところの表面積は、
「10000」になる、なんていうのも。
これを知ってると、10000倍までは把握できる。

こういうのを
学校の先生が授業でやるといいと思うんですよね。
日本の面積がこれくらいだとすると
中国がこれくらい、アメリカがこのくらいってね。
そのほうが伝わりやすいし、記憶にも残ると思う。
「東京ドームいくつ分」っていう表現がありますけど、
あれも感覚的に規模を理解したいときに
使われてるわけです。
東京ドームの例えの場合は行ったことある人以外は
「大きいんだな」
ということぐらいしかわからないんですけど、
「手のひらモノサシ」だと
自分の体にモノサシが備わってるわけですから
いろんな数字の把握に役に立つと思うんですよね。

タイトルから、なんだか真面目な本なのかなと
思われるかもしれないですけれど、
イラストがたくさん載ってる
真面目につくったオモシロ本だと思って
気軽に手にとってもらえたら、うれしいですね。

 

2009-03-13-FRI

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(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN