第2回 現代「タダ」考。
平野 あとから思ったことなんですけど‥‥。
糸井 はい。
平野 Ustream中継のあとに
アルバムやグッズを買ってもらうことって
「課金ポイント」を
後ろにずらしただけなんですよね。
糸井 ああ、そうですね。
平野 もし、あれが
「この中継は1500円の有料配信です。
 ただし、特典として
 iTunesのフルアルバムが付いてきます!」
という企画だったら‥‥。
糸井 見る人、ものすごく減ったでしょうね。
平野 しかも
「デジタルなんちゃらの平野」とかいう
わけわかんないのが出てきて
しゃべったりするんですよ?

はじめにお金をもらっていたら、
クレームの嵐ですよね。
なんなんだ、この有料番組はと。
糸井 「お前の荷造り風景なんかに
 金払いたくない!」(笑)
平野 そうそう(笑)。

現場でのトラブルなんて見せてたら
それこそ「金返せ」ですよね。
糸井 そうだねぇ。
平野 でも、今回の場合は
「みなさん、どうぞ無料でごらんください。
 で、もし気に入っていただけたら
 1500円ですけど
 アルバムを買ってくださいね」と。
糸井 やる前には意識してませんでしたよね、それ。
平野 ええ。
糸井 当たり前だと思ってたわけでしょ?
平野 はい。
糸井 もともと「オレ、手伝いに行きます!」
というところから
この話はスタートしてるわけだから。
平野 そうそう、そうなんです。

Ustream中継で関わっていくうちに、
あれこれ考えて、
だんだん、見えてきた感じです。
糸井 過剰に「タダ同然のもの」が混ざると
商品って「安く」なるんですよ。
平野 ‥‥と、言いますと?
糸井 たとえば、牛が鋤を引いて田んぼを耕すとき、
必要なのは、基本的にエサ代くらい。

あるいは、風車を回して粉をひいてる場合に、
「風」はタダじゃないですか。
平野 はい、風は‥‥タダです。
糸井 そういう「タダ」の要素が
たくさん入ってる商品って「お買い得」なんです。
平野 あー‥‥。
糸井 長いこと化石燃料の時代が続いてますけど
ぼくたち
石油にお金を払っているとはいうものの、
それが生み出すエネルギーや仕事量に比べたら、
石油代って、ほとんどタダ同然。

そういう「効率のよい時代」が
物質文明の繁栄を支えてきたわけですけど、
いま現在は‥‥。
平野 ええ、ええ。
糸井 「みんなが好きでやってること」を
「タダ」と考えたら
いいんじゃないかなって思うんです。
平野 ‥‥おおー。
糸井 以前、「ほぼ日」をはじめた直後くらいかな、
野田秀樹さんの芝居を
観に行ったんです、ものすごい雨の日に。
平野 はい。
糸井 もう、雨の強さがハンパじゃなくて、
傘を差してもびしょ濡れになったんですね。

で、ようやく劇場にたどり着いて
バサバサと傘の水を切り、
洋服をぱんぱん叩きながら入っていく
自分および他の観客を見て
「おれたち、
 何でこんなに一生懸命になって
 集まるんだろう。
 これこそ労働そのものじゃないか」
と思ったんです。
平野 なるほど。
糸井 しかも、お金を払ってですよ。
平野 そうですよね。
糸井 つまり「お客が観に来てくれる」ということも
「労働」であって、
その労働が「芝居をする側の労働」と
出会ったとき、
「演劇」という商売は成り立つんだとわかった。
平野 ‥‥はい。
糸井 お客さんが劇場で消費する「演劇」は
演出家や役者によって作られますけれど、
反対に
お客さんが電車に乗ってやってくるのも、
その日のために
ご飯を食べてエネルギーを貯めこむのも、
ぜんぶ「仕事」なんです。
平野 たしかに。
糸井 で、その「仕事」を
お客さん自ら「タダ」でやってしまうところに
「野田秀樹の舞台」という
「コンテンツの魅力」があるわけです。
平野 うん、うん、うん。
糸井 10万人動員のコンサートを開いたら、
10万人が
「お客さん」というタイヘンな仕事をしに
集まってくれてる。
平野 それも無料で、というか、
むしろ‥‥お金を払って。
糸井 そう。
平野 1万人のお客さんを
1万円の日当を払って集めたと思ったら
1億円‥‥ですものね。
糸井 チケット代が1万円だったとしたら、
そのコンサートでは
トータルで2億円分のエネルギーが動いてる。
平野 そう考えると、すごいですね。
糸井 しかも、集まった人、よろこんでるわけじゃない?
平野 大よろこびしてますよね。
糸井 やってるほうも、
よろこんでくれる人を見て、嬉しいじゃない?

そこで創出されたエネルギーの総量って
お金だけじゃなく、
「タダ」が生み出した仕事量もプラスして
考える時代になってきてますよね。
平野 うん、うん、うん。なるほど。

みんなが好きでやってる「タダ」が交じるほど、
そのもの以上のエネルギーになるんだ‥‥。
糸井 そして、何かガラっと一変するときって、
「タダ」の力が変化したときなんです。
平野 ぼくが、参加費タダのツイッター上で
古川さんのツイートを見て
「手伝いに行きます!」っていうのも
誰からも、日当もらってないし。
糸井 そうでしょ。
平野 そうか‥‥でも「タダ」って聞くと、
一般的に、ちょっと怪しい感じがしません?
糸井 しますね(笑)。
平野 だから、ドッキドキしてたんですよ。
自分でやってても。
糸井 でも、今は「タダ」だらけですよ。
平野 んー、何といいますか‥‥。

「タダ」が、
これまで「タダじゃないもの」で
成り立っていた構造を
壊しちゃうような気がしたんです。
糸井 それってようするに
「お金」と
「タダが生み出したもの」との両方を足して
「エネルギーの総和」と考えることが
なかったからだと思うんです、今までは。
平野 うん、うん‥‥なるほど。
糸井 ちょっと前に『FREE』という本が売れたけど、
あれは「タダ」と言っても
「ちゃんとお金が集まりますよ」って話でした。

だけど、何て言うんだろう‥‥。

恋をする、子どもを育てる、
友だちから頼まれごとをされて
「うん、いいよ」って言う。

その場合の「タダ」は
ものすごいエネルギーを生み出しますよね。
平野 そうですね。
糸井 「仕事量」と言ってもいい。
平野 ああ、なるほど。
その表現は、ピンときます。
糸井 だから、平野さんたちの中継も
お金だけを媒介にして人を集めた場合より
「タダ」という要素を入れることで
結果として
全体の仕事量が大きくなったと思いますね。
平野 ああ! そうです、そのとおりです。
糸井 ただ、ぼくは、仕事量という説明でも
まだ機能主義的すぎるかなぁと思ってるので
「信用」って言葉を代入してますが。
平野 あの‥‥Ustream中継を「続けよう」と
決心した瞬間というのがあるんです。
糸井 ほう。
平野 タイムライン上に
ツイートが流れてくるんですね‥‥つまり、
交通事故とか病気とか、
さまざまな理由で
ご自宅から出られない人からのツイートが。
糸井 ええ‥‥なるほど。
平野 ぼくらのやってることに感謝してくれてる。

で、その数を見ていたら、
今、ぼくらが想像しているよりも
たぶんずっと多くの人が
ご自分の家の外に出られないんだってことが
なんとなく、わかったんです。
糸井 はい。
平野 そのときに、教授が言ったんですよ。

「こんなにたくさんの人たちが
 コンサートに来れないだなんて知らなかった。
 今まで自分は
 コンサートに来てくれている人たちしか、
 見えてなかったけど、
 こうやって来れない人たちのことを
 初めて知ることができた」‥‥って。
糸井 なるほどね。
平野 それを聞いて、もっとやりたいって思った。

つまり、中継を続けていくための原動力は
「Ustream」で「手弁当」という
「タダ」から生まれたもの、だったんです。
糸井 なるほど。
平野 だから、さきほど糸井さんがおっしゃった
「信用」という言葉が
なんだか、すごくシックリ来たんです。
糸井 うん、うん。
平野 これ、はじめに
「在宅者のためにUstream中継をしなさい」って
言われてやったことなら、
きっと、もっと「仕事」になってたと思う。
糸井 その場合は「ペイすること」が絶対条件になるね。
で、ペイできなかったら、続けられない。
平野 はい、「タダ」から始まったことだからこそ、
続けられたという気がします。

<つづきます>

2011-08-01-MON