KUSUNOKI
楠かつのり・
詩のかくれ場所。

発見18


採取場所 西武新宿線高田馬場駅
採取時間 1999年3月2日 午前10時20分


「お〜ぃ、小林。降りるぞ!」
「はい!」


西武新宿線の電車が高田馬場駅に止まった時、
座席の両角に離れて座っていた老人二人の
大声でのやりとり。
まるで軍隊式の命令と返事だった。
刑務所から娑婆に出てきた人たちだったのか、
それとも自衛官だった人たちなのか、
その声が不思議と清々しかった。
返事をした老人が、勢いよく立ち上がったかと思うと、
腰に手をやり、腰を押さえながら「腰が痛ぇや」
と降りて行く姿はまるでチャップリンのようで、
悲哀が漂っていた。




発見19

採取場所 西荻窪「こけし屋・別館」 
採取時間 1999年3月7日 午後7時45分

「八十八才の母にわたしは甘え上手なの」。

詩人の白石かずこさんが、会うなり、
妹の家を出て来た母親のことを話しだす。
老人問題がとつぜん現われたってことなんだけど、
老人扱いされるような年齢になって、
老人問題を抱えるのも大変よ。
母親を引き取ったと重荷を背負ったようなことを
いいながら、屈託のない話し振りに、
この甘え上手はけっこううまく八十八才の母に
甘えているのだとぼくは思った。
老人社会では甘え上手が生き残る、
そんな近未来が見える。





発見20

採取場所 講談社ビル3F
採取時間 1999年3月11日 午後2時52分

「詩人が小説を書く空気がある」

世の中には、いろいろな空気があるものだ。
しかし、ぼくはまだ女にもてる空気といったものを
吸ったことがない。吸わなくてもよい空気ばかりを
吸っているような気がする。
文芸雑誌『群像』(講談社)の編集長の籠島さんが、
面接試験のようにあれこれと
ぼくからいろいろなことを聞き出していたが、
それは同時に籠島さんがぼくに
文芸の空気を吹き掛けていることでもあった。
気がつくとぼくはその空気を
思いっきり吸ってしまっていた。
つまり、小説を書くことになってしまったのだ。






発見21

採取場所 あかしや歯科医院
採取時間 1999年3月13日 午後1時5分

「年をとると虫歯より、歯茎。虫歯より、歯茎。
歯茎に歯茎」。

発見21
奥歯がツーンとしみるので、
歯医者に五年振りに行くことにした。
でも、歯医者は虫歯よりも歯茎だと繰り返すだけ。
結局、その痛みが虫歯によるものなのか、
歯茎に原因があったのかわからなかった。
それにしても、歯医者というのは、
虫歯、歯茎ということばを日に何回繰り返すのだろう。
飽きることが許されないことばというのがある。
それとも繰り返すことで飽きないですんでいるのだろうか。
棚には、歯と歯茎の石膏(画像)が沢山あったが、
この歯医者には、患者は歯とそれを支えている歯茎にしか
見えていないようにも思えた。

1999-03-19-FRI

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