松田 会社が倒産してみると
それまですごく立派な会社に見えていたのが、
ちがって見えてきたんです。
筑摩書房は、創業者の、
臼井吉見とか唐木順三とか、そういう人たちが
宮沢賢治や柳田国男、太宰治の全集など、
後世まで生きるコンテンツを
作っていた会社でした。
結局、その後の筑摩という会社は
それをメンテナンスしているにすぎなかった、
クリエイティブな仕事をほとんどしてこなかった、
ってことがわかりました。

糸井 逆に、そこまでは
ばれないで済んでたんですね。
松田 そう。ただその流れに乗っていればよかった。
ところが、いざ倒産してみると、驚いたことに、
「筑摩書房を救え」キャンペーンが
すごい勢いで起こりました。
糸井 あったねぇ。
松田 そのときに
「そんなにいい会社だったのか?」
「これは宣伝費にしたら大変なもんだ」
と思ったんです。
こんなに看板が大きいんだったら、
この看板で仕事をしてみたら
おもしろいんじゃないかって
はじめて愛社精神が湧いた(笑)。
 
糸井 「エリートばかりで嫌だ」って
思ってたのに。
松田 ほんとに、そこではじめてね。
倒産後は、給料は6割ぐらいに
減っちゃいました。
やっぱり、みんな辞めていくんです。
でもぼくは、別にいいじゃないかと思って、
残ることにしたんです。
糸井 残ったからこそ、
いまは専務ですよね?
不思議な‥‥不思議な運命ですよね。
おおもとはバイトでした、って人なのに。
松田 そう、裏口ですからね。
糸井 松田さんは、つくづく
「後で知る」ということで
動いてきた人ですね。
赤瀬川さんとのつきあいにしたって、
のちに赤瀬川さんが
さまざまなコンセプトを世に広げていく
すごい人になるぞ、と予見したんじゃなくて、
それは後でわかったわけでしょ。
 
松田 そうです、ほんとに。
糸井 目的に対して歩んでいくことが
いまの時代のやり方だとすると、
松田さんの場合は、
「目的」じゃなくて
「いま」に対してコミットしていく。
それが後であっちに動いてたんだな、って
思い返すことはある。
ただそれだけでいいんですね。
松田 やっぱり、おもしろいことを
やりたいというだけなんです。
それにいろんなことがついてきただけ。
ただし、自分ひとりだけでおもしろい状態は、
そんなに長くもたないんだけど、
共鳴板がいると
なんだか知らないけど続いていくんです。
糸井 そうか。赤瀬川さんも含めてみんな
作家性は強いけれども、
「集って何かをやる」ということは
昔から好きですね。
松田 そうですね。
糸井 赤瀬川さんって人が前衛芸術の時代から
ハイレッド・センターだもんね。
松田 ネオダダ・オルガナイザーズから
ハイレッド・センター。
赤瀬川さんが組織を作ったわけではないけど、
必ずそういうところに入っているんです。
櫻画報社もそうだし、
それがトマソン観測センターになり
路上観察学会になり、
日本美術応援団もあり、ライカ同盟も。

ところが不思議なことに
赤瀬川さんは言いだしっぺであっても
絶対に中心にならないし「長」にならないんです。

糸井 そう言えばそうですね。
松田 会長や社長、事務局長も、
赤瀬川さんは一度だってないんですよ。
中心からずり落ちる。
結局誰かがやらなきゃいけないから、
ぼくらがやるはめになるんです。
糸井 実行力みたいなものは
基本的にはあんまりないですもんね。
ないけど、人を動かしちゃう。
松田 赤瀬川さんは、美学校の先生をやっていて
そこの生徒ときたら、
赤瀬川さんに輪をかけて
優柔不断で何も決定できない
ドヨーンと漂っているだけの
若者たちだったんです。
糸井 いちばんハキハキしてたのが伸坊ですか?
松田 いや、南なんかは初期です。
ナベゾ(渡辺和博さん)や
クスミ(久住昌之さん)やら、
そういうハキハキした奴がはじめの頃はいたけど、
後半になるとどんどんいなくなって。
糸井 もっと、よどむんですか。
松田 そう。よどんでいる若者たちの中にいて
赤瀬川さんが一緒によどんでいるんですよ。
居酒屋さんに行って、ぼくらが
「とりあえず生ビール頼んで!
 イカ焼き、おしんこ!」
みたいにやらないと
メニューは何にしようかなって、
みんなでドヨーンとしているんです。
それは「やさしい」とかじゃなくて。
糸井 ただ優柔不断なんだ(笑)。
 
松田 優柔不断なの。
でも、そういう存在って、
実はとってもいい教師なんです。
上から命令して引っ張っていく教師は、
もちろんいるんだけど、まあ、ありがちです。
一緒によどんでくれる先生って、いませんよ。
糸井 なかなかね。
松田 よどんでいるのに、
一緒にいるとすごくおもしろいことを言うし、
それを吸収する力が生徒のほうにあれば
最高にいい先生だと思います。
糸井 赤瀬川さんのやっていることって
いつもわかんないことをしている
という感じがするんです。
自分にもわかんないからそれがしたい、
というように。
わからないということは、つまり
一体化しているということです。
周りの人がそれに業を煮やして
いったんこれを分けましょう、
まずはビールにしましょうと言うと、
「あ、ビールね」となる(笑)。
それがずっと運動体になっているんですよね。
  (続きます!)
2007-06-25-MON
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