HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN

金子研究員は、なぜ電子を1個ずつかぞえているのか?

ほぼ日サイエンスフェロー早野龍五の“オタク”な研究者探訪シリーズ VOL.3 ほぼ日サイエンスフェロー早野龍五の“オタク”な研究者探訪シリーズ VOL.3

ある分野を深く、深く研究する人がいます。
その人たちは「研究者」と呼ばれ、
おどろくべき知識量と、なみはずれた集中力と、
こどものような好奇心をもって、
現実と想像の世界を自由に行き来します。
流行にまどわされず、批判をおそれず、
毎日たくさんのことを考えつづける研究者たち。
ほぼ日サイエンスフェローの早野龍五は、
そんな研究者たちのことを敬意をこめて
「オタクですよ(笑)」といいます。
世界中のユニークな研究者と早野の対談から、
そのマニアックで突きぬけた世界を、
たっぷり、じっくりご紹介していきます。

金子晋久さんってどんな人?

第5回 受け継がれるポジション。

早野
金子さんがここに来られたのは、何年前?
金子
15年前です。
その前はスタンフォードにいて、
高温超伝導の材料研究などをやってました。
早野
さきほどの話だと学位のときも、
そういう研究をやっておられたんですよね。
金子
そうです。
高温超伝導体の結晶をつくって
電気抵抗などを測ったり、
中性子で磁気散乱の実験をやったり。

ずっと固体物理をやっていましたし、
スタンフォードにいたときに
ロバート・B・ラフリン先生も
同じ建物にいらっしゃいました。
早野
ラフリン先生といえば、
量子ホール効果で
ノーベル賞を受賞された方ですね。
金子
量子ホール効果は
ぼくもすごく大好きな分野で、
ラフリン先生とも
いろんなお話しをさせていただきました。
じつは、そういう経緯から、
ここの電気標準という研究にも
興味を持ったんです。
早野
ああ、そうでしたか。
同じ研究をするにしても、
大学で研究するのと、
産総研のような研究所での研究とでは、
やっぱりちがうものなんですか。
金子
ぼく個人の感覚としては、
そんなに変わらないと思っています。

たしかに、ここの部署は、
電圧や抵抗などを絶対測定して、
その正しい値を産業界でつかっていただく。
そういう計量・計測器の校正業務を、
日常業務のひとつとしてやっています。
こういうことをやるのって、
産総研全体で見ても、
けっこう異色なことだったりします。

もう10年も前のことですが、
校正証明の書類にはじめてサインをしたとき、
ちょっと手が震えた思い出があります。
早野
それはどうして?
金子
じぶんが署名をすることで、
企業と産総研のあいだで、
お金のやりとりが発生するわけですが、
そういう業務に携わったのも、
そのときがはじめてだったんです。
手が震えるような思いのまま、
一日じっと考えてサインしました。

そういう経験をするという意味では、
大学とはやっぱりちがいますが‥‥。
早野
それ以外は、そんなに変わらない?
金子
それ以外になってしまえば、
ほんとうに研究がメインなので、
あんまりちがいは感じないですね。

ふだんやってることの
8割近くが変わらないとしたら、
確実にちがう部分が1割ある。
そんな感じでしょうか。
早野
金子さんがいるこの部署は、
歴史もかなり古いんですよね。
金子
明治以降、100年以上の歴史がある
というふうに聞いてます。
産総研の中でもトップ3に入るくらい
古い研究所だと思います。
早野
そういう意味では、
金子さんのポジションも
代々受け継がれているわけですが、
金子さんで何代目になるんですか?
金子
ええ、何代目なんだろう‥‥。
たぶん、ふつうの世代交代よりかは早いので、
10代目くらいだと思うのですが。

あ、ちょっとお待ちください。
そういえば古い記録があったような‥‥。
(席を立って書類を探しに行く)
金子
(書類を持って戻ってくる)
いくつかは捨てちゃったんですが、
ぼくのポジションに
代々受け継がれている書類というのがあって。
(テーブルに資料を置く)
早野
ほー!
乗組員A
ほーー!
乗組員B
ほーー!
金子
これは昭和8年の資料です。
国際度量衡委員会での記録だと思います。
表紙にある「電氣試験所」というのは、
この研究所の2つ前の名前ですね。
乗組員A
昭和8年ということは、
えっと‥‥85年前?!
乗組員B
もはや古文書‥‥。
早野
すごいね、これ(笑)。
すごいお宝なんじゃない?
金子
こっちの「電流秤」というのは、
はじめのほうで話にも出た
「電流天秤」と呼ばれるもので取った
当時の生データですね。
早野
へぇーー、おもしろい。
ほんとにあるんだ、こういうの。
金子
ぼくもはじめて見ました(笑)。

早野先生にいわれるまで
気にしたことがなかったのですが、
こういう古文書的なものを見ると、
代々受け継がれているポジション
ということを自覚しますね。
早野
100年以上つづく歴史の末裔に、
金子さんがおられるわけですよね。
金子
おっしゃるとおりだと思います。
まったくそういう意識は
持ってなかったのですが(笑)。
早野
それにしてもこの書類は、
日本の歴史という点で見ても
かなり興味深いものですね。
このハンコなんて
「逓信省(ていしんしょう)」ですよ。
乗組員A
逓信省?
早野
大昔にあった官庁です。
郵便や通信などを管轄していたところ。
乗組員A・B
へぇーー。
金子
器物をやりとりしたときの記録には、
時々「パンナム」の名前もありますね。
乗組員B
パンナム?
早野
パンナム、なつかしいですね(笑)。
「パンアメリカン航空」という、
いまはなきアメリカの航空会社のことです。
乗組員A・B
へぇーー。
早野
こういう書類が
代々受け継がれているというのも、
歴史ある研究所ならではというか。
ご本人はあまり
意識されてなかったみたいだけど。
金子
いやぁ、言ってくださってよかった。
これからは意識をあらたにします(笑)。

(つづきます)