HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN

金子研究員は、なぜ電子を1個ずつかぞえているのか?

ほぼ日サイエンスフェロー早野龍五の“オタク”な研究者探訪シリーズ VOL.3 ほぼ日サイエンスフェロー早野龍五の“オタク”な研究者探訪シリーズ VOL.3

ある分野を深く、深く研究する人がいます。
その人たちは「研究者」と呼ばれ、
おどろくべき知識量と、なみはずれた集中力と、
こどものような好奇心をもって、
現実と想像の世界を自由に行き来します。
流行にまどわされず、批判をおそれず、
毎日たくさんのことを考えつづける研究者たち。
ほぼ日サイエンスフェローの早野龍五は、
そんな研究者たちのことを敬意をこめて
「オタクですよ(笑)」といいます。
世界中のユニークな研究者と早野の対談から、
そのマニアックで突きぬけた世界を、
たっぷり、じっくりご紹介していきます。

金子晋久さんってどんな人?

第4回 物理学は美しい。

早野
金子さんのルーツについても、
ちょっと聞いてみたいのですが、
研究者になろうと思ったのはいつから?
金子
ぼく、中学生の頃は
「画家」になりたいと思って、
夏休みに美術の先生と
絵を描いたりしていたんです。
早野
あ、画家志望だったんだ?
金子
ところが、ぼく以外に
画家になりたい友達がもう1人いて、
彼のほうが圧倒的に絵がうまいことに
ある日ふと気づいてしまって‥‥。
もう、めちゃくちゃうまかった。
それでその道を諦めちゃったんです。

それからしばらくして、
ぼくが高校三年生のときに、
「ハレー彗星」が大きな話題になりました。
当時、いろんなニュースを見たり、
天文学者の話を聞いてるうちに、
だんだんと天文学者になりたいと
思うようになってきて‥‥。

でも、大学入試の勉強を
全然していなかったので、
そこから物理の勉強をはじめました。
そうしたら物理そのものにハマって、
物理しか勉強しなくなっちゃった(笑)。
早野
あらら(笑)。
金子
大学に入ってからも
天文学をやるつもりだったんですが、
どんどん物理そのものに興味が出てきて、
それで物理学に進みました。
早野
物理のどこにそこまで惹かれたんですか。
金子
いわゆる「万物の理論」です。
当時は「物理学はすべてを記述できる」
「現象のすべては記述できる」と、
本気で思っていました。
早野
「物理帝国主義」というやつだ。
金子
はい、若気の至りです(笑)。
早野
でも、物理に惹かれる人は、
みんなそこに惹かれるんじゃないかなあ。
ぼくもそうだったし。
金子
もうそのころから
「絶対、研究者になるんだ」って、
大学の図書館にずっとこもって
勉強ばっかりやってましたね。
早野
それは「理論物理学者」
になることを想定していたんですか。
金子
当時はそうでした。
それで修士課程は物性理論に行って、
朝から晩までずっと計算機を叩いて
スパコンを一晩中グルグル回していました。

でも、あまりにも一生懸命やりすぎたのか、
ちょっと疲れ果てちゃったんです。
早い話が、そこで一度燃え尽きちゃった。
早野
はぁ、そんなにも‥‥。
金子
それでじぶんは実験のほうが
向いているんじゃないかって
思うようになって、
そのまま実験に移ったんです。
なので、実験物理学は博士課程からです。
早野
そのとき研究されていたのは?
金子
高温超伝導です。
ぼくの中では超伝導の研究が
ものすごくおもしろくて、
それができる研究室に移りました。
早野
当時、高温超伝導って
ちょっとしたブームでしたよね。
金子
そうなんです。
ものすごくおもしろくて、
ぼくもかなりハマりました。
乗組員A
(挙手)あの、すみません。
金子
はい、なんでしょう。
乗組員A
物理学者の方がおっしゃる
「物理がめちゃくちゃおもしろい」というのは、
どういうおもしろさなんでしょうか。
ぼくらにはちょっと想像できなくて‥‥。
早野
あぁ、なるほど。
それぞれポイントはちがうとは思うけど、
先生はどこがおもしろいと?
金子
うーん、物理のおもしろさ‥‥。
まず挙げられるのは
「数式の美しさ」でしょうか。
乗組員A
数式の美しさ?
それはどういう美しさなんですか。
金子
少ないもので数多くのものを
説明できる強力さ‥‥といいますか。

ニュートンとかアインシュタインとか、
そういった先人が森羅万象を、
可能なかぎり少ないもので
説明をしようとしたときに生まれた
数学ベースの物理学。
まずはそれがとても美しくて魅力的なんです。
乗組員A
へぇーー。
早野
うん、うん、そこはぼくも同じですね。
金子
実験にも「美しさ」があります。
物理現象の本質的な美しさが。

例えば、量子ホール効果というのは、
磁場を変えても抵抗はビターーッと動かない。
しかも、それが電子の電荷とプランク定数だけで
決まっているという美しさ。

それは数式の美しさに通じるところがあって、
測定をしていて非常に美しい現象です。
うまくいったときは、
やっぱり感動してしまいます。
乗組員A
内容はよくわかりませんが(笑)、
数式どおりの実験結果が得られたときに、
快感があるということでしょうか。
金子
あります。もう寝られないぐらいに。
乗組員A
寝られないぐらいに!
金子
寝られないっていう意味では、
物理関係の本も寝られないぐらい
おもしろいんですよ。

ここの本棚にも置いていますが、
小出昭一郎先生の『量子力学』は、
大学に入ってはじめて読みましたが、
おもしろくて何度も読み返しました。
乗組員A
へぇーー。
早野
実験に移られたときは、
どんな実験にハマっていたんですか。
金子
単結晶づくりにハマってました。
高温超伝導のおもしろいところって、
単結晶ができてしまうところで、
顕微鏡で見るとほんとに美しいんです。

それで結晶づくりばかり
やるようになっちゃって、
先生からも物理と外れちゃうんじゃないかと、
ずっと心配されてましたね。
早野
ちょっと変わったハマり方ですね。
そんな学生、なかなかいないでしょう。
金子
そうだと思います(笑)。
でも、じぶんの中では
物理の数式が美しいのと同じ感覚なんです。
同じ階層にある快感というか、
そういう美しいものを見つけては、
そればっかりやってるような気がします。

(つづきます)