ある分野を深く、深く研究する人がいます。
その人たちは「研究者」と呼ばれ、
おどろくべき知識量と、なみはずれた集中力と、
こどものような好奇心をもって、
現実と想像の世界を自由に行き来します。
流行にまどわされず、批判をおそれず、
毎日たくさんのことを考えつづける研究者たち。
ほぼ日サイエンスフェローの早野龍五は、
そんな研究者たちのことを敬意をこめて
「オタクですよ(笑)」といいます。
世界中のユニークな研究者と早野の対談から、
そのマニアックで突きぬけた世界を、
たっぷり、じっくりご紹介していきます。
金子晋久さんってどんな人?
金子晋久(かねこ・のぶひさ)
物理学者。
産業技術総合研究所、
計量標準総合センター、
物理計測標準研究部門の首席研究員。
応用電気標準研究グループの研究グループ長(兼務)。
専門は固体物理、量子電気標準、
低次元デバイスにおける量子効果。
1997年、東北大学大学院理学系研究科
博士後期課程了(物理学専攻)、博士(理学)。
1999年よりスタンフォード大学博士研究員、
同SLAC研究員を経て、
2003年より産業技術総合研究所入所。
現在、計量標準総合センターの首席研究員。
電流は
定義どおりにつくれない。
- 金子
- 来年から「新しいSI」が施行され、
「アンペア」の定義も新しくなります。
まあ、厳密には「改定」なので、
「新しい」という表現は
誤解を招くおそれもあるのですが‥‥。
- 早野
- きょうは「新しいSI」としましょうか。
そのほうがみんなも理解しやすい。
- 金子
- そうですね。
で、ぼくの研究のモチベーションは、
その「新しいSI」にのっとった
定義どおりの電流をつくってみたい
という目標があるんです。
- 乗組員A
- 定義どおり?
- 早野
- 現状のことをいうと、
現在のアンペアの定義にのっとったやり方で
電流をつくるのって、
じつはものすごく大変なんですよね。
- 金子
- はい、ほとんど不可能です。
現在のSIでは、1アンペアの定義はこうです。
真空中に1メートルの間隔で平行に配置された無限に小さい円柱断面積を有する、無限に長い2本の直線状導体のそれぞれに流れ、これらの導体の長さ1メートルにつき2×10-7ニュートンの力を及ぼし合う一定の電流である。
- 乗組員A
- 呪文‥‥。
- 乗組員B
- なにひとつ意味がわかりません。
- 乗組員A
- 俺は「真空中に」はわかったぞ。
- 乗組員B
- 「無限に小さい」ってどういうことですか?
- 金子
- 内容はともかく、
こうして電流の定義として
明記されているにもかかわらず、
実現するのはほぼ不可能なんです。
当時は他の単位の定義などを考慮して、
こういう書き方をせざるをえなかった。
- 早野
- でも、この定義に基づいた
電流計なんかつくれないわけですよね?
- 金子
- それがつくれないこともないんです。
国立科学博物館には
1930年代につくられた
「電流天秤」というものがありますが、
それはまさにこの定義にのっとった
アンペアの実現だったんです。
ただ、ものすごく精度が悪いので、
そのままだと使いづらいものでした。
- 早野
- じゃあ、いまはどうやって
電流を正しく測るのでしょうか。
- 金子
- いま、電流の値を決めるときは
「オームの法則」をつかっています。
「V=IR」という数式です。
みなさん、オームの法則は覚えてますか?
- 乗組員A
- 覚えているような、覚えていないような‥‥。
- 乗組員B
- 教えてください!
- 金子
- オームの法則というのは、
電圧=ボルト(V)
抵抗=オーム(R)
電流=アンペア(I)の
3つの関係を示した法則になります。
この法則をつかうと、
ボルトとオームを決めることで、
アンペアを求めることができます。
- 早野
- 中学2年生の理科で習いますね。
- 金子
- オームの法則というのは、
3つのうち「2つ」の値がわかれば、
残りは計算で導きだせるというものです。
つまり、ボルトとオームを先に決め、
計算でアンペアを導き出すというのが、
現在の標準のやり方になっています。
- 早野
- つまり、SIには
「無限に長い2本のなんちゃら」と
書いてはあるけれども、
実際にやっていることは、
定義どおりにアンペアを
つくっているわけではないんですね。
- 金子
- まさにそういうことです。
アンペアは基本単位のひとつですが、
実用上、ボルトとオームから
組み立てによってつくられている単位です。
- 早野
- でも、そのやり方が可能なのは、
ボルトとオームを量子力学的に
定めることができるからですよね。
- 金子
- おっしゃるとおりです。
ボルトもオームも、
基本的には
「電子の電荷(e)」と「プランク定数(h)」を
基準に決めることができます。
厳密には電圧にはfという周波数がかかります。
- 早野
- アンペアはそういうわけにはいかない?
- 金子
- 理論上はできるんです。
- 乗組員A
- ‥‥‥‥。
- 乗組員B
- 早くも黙って聞く時間だ‥‥。
- 金子
- Iをオームの法則にのっとって
単純に代入してみます。
するとこうなります。
- 金子
- いまこんな感じですが、
真面目にちゃんと書くとeが1個消えて
hもとれます。
最終的にはeとfだけが残ります。
かなりざっくりした説明ですが、
電流っていうのは
「電子の電荷×周波数」になります。
ここまでシンプルにできます。
これがなにを意味するかというと、
アンペアは数式的にも
「電子の電荷を1秒間にいくつ動かせるか」
ということで定義できてしまうんです。
- 早野
- つまり、電子の流れる量を
正しくコントロールできれば、
アンペアという電流は
ボルトとオームという他の要素たちに
頼る必要がなくなると。
- 金子
- まさにそういうことです。
やっぱり基本単位のひとつである以上、
それを実現したいというのが、
いまのぼくの研究のモチベーションなんです。
「V=IR」じゃなくて、
もともと「I=ef」なんだから、
これを基準にやりましょうという研究なんです。
ただ、ボルト・オーム・アンペアを
量子力学的にそれぞれつくりだし、
それらをオームの法則にもどしたら、
ほんとうにイコールになるのか、
そこはいまクエッションのままです。
これは「量子メトロロジートライアングル」
といわれてるもので‥‥。
- 早野
- ああ、あの、ちょっと止めていいですか。
お話の途中にごめんなさい。
- 金子
- はい?
- 早野
- いや、このままのペースで続けると、
あちらの方々が‥‥。
- 乗組員A
- (口をあけて、ポカーン)
- 乗組員B
- (眉根をよせて、ムムウ)
- 金子
- ああああ、ごめんなさい!
ちょっと話が難しすぎましたか。
- 早野
- ここでいうのもなんですが、
いまのところは
ちょっと難しいと思います(笑)。
- 金子
- 早野先生がいらっしゃるから、
ついペースが上がってしまって‥‥。
- 早野
- どうでしたか?
ちょっと難しかったでしょう。
- 乗組員A
- ‥‥‥‥はっ!(我に返って)
ええっと、前半までは
なんとなくわかったのですが、
後半はもうなにがなんやら‥‥。
- 乗組員B
- (眉根をよせて、ポカーン)
- 早野
- ポカーンだと思いましたよ。
なので、ちょっと話を戻しましょう。
さて、どのへんから置いていかれました?
(つづきます)