HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN

金子研究員は、なぜ電子を1個ずつかぞえているのか?

ほぼ日サイエンスフェロー早野龍五の“オタク”な研究者探訪シリーズ VOL.3 ほぼ日サイエンスフェロー早野龍五の“オタク”な研究者探訪シリーズ VOL.3

ある分野を深く、深く研究する人がいます。
その人たちは「研究者」と呼ばれ、
おどろくべき知識量と、なみはずれた集中力と、
こどものような好奇心をもって、
現実と想像の世界を自由に行き来します。
流行にまどわされず、批判をおそれず、
毎日たくさんのことを考えつづける研究者たち。
ほぼ日サイエンスフェローの早野龍五は、
そんな研究者たちのことを敬意をこめて
「オタクですよ(笑)」といいます。
世界中のユニークな研究者と早野の対談から、
そのマニアックで突きぬけた世界を、
たっぷり、じっくりご紹介していきます。

金子晋久さんってどんな人?

第2回 電流は
定義どおりにつくれない。

金子
来年から「新しいSI」が施行され、
「アンペア」の定義も新しくなります。

まあ、厳密には「改定」なので、
「新しい」という表現は
誤解を招くおそれもあるのですが‥‥。
早野
きょうは「新しいSI」としましょうか。
そのほうがみんなも理解しやすい。
金子
そうですね。
で、ぼくの研究のモチベーションは、
その「新しいSI」にのっとった
定義どおりの電流をつくってみたい
という目標があるんです。
乗組員A
定義どおり?
早野
現状のことをいうと、
現在のアンペアの定義にのっとったやり方で
電流をつくるのって、
じつはものすごく大変なんですよね。
金子
はい、ほとんど不可能です。
現在のSIでは、1アンペアの定義はこうです。
真空中に1メートルの間隔で平行に配置された無限に小さい円柱断面積を有する、無限に長い2本の直線状導体のそれぞれに流れ、これらの導体の長さ1メートルにつき2×10-7ニュートンの力を及ぼし合う一定の電流である。
乗組員A
呪文‥‥。
乗組員B
なにひとつ意味がわかりません。
乗組員A
俺は「真空中に」はわかったぞ。
乗組員B
「無限に小さい」ってどういうことですか?
金子
内容はともかく、
こうして電流の定義として
明記されているにもかかわらず、
実現するのはほぼ不可能なんです。

当時は他の単位の定義などを考慮して、
こういう書き方をせざるをえなかった。
早野
でも、この定義に基づいた
電流計なんかつくれないわけですよね?
金子
それがつくれないこともないんです。
国立科学博物館には
1930年代につくられた
「電流天秤」というものがありますが、
それはまさにこの定義にのっとった
アンペアの実現だったんです。

ただ、ものすごく精度が悪いので、
そのままだと使いづらいものでした。
早野
じゃあ、いまはどうやって
電流を正しく測るのでしょうか。
金子
いま、電流の値を決めるときは
「オームの法則」をつかっています。
IR」という数式です。
みなさん、オームの法則は覚えてますか?
乗組員A
覚えているような、覚えていないような‥‥。
乗組員B
教えてください!
金子
オームの法則というのは、
電圧=ボルト(
抵抗=オーム(
電流=アンペア()の
3つの関係を示した法則になります。

この法則をつかうと、
ボルトとオームを決めることで、
アンペアを求めることができます。
早野
中学2年生の理科で習いますね。
金子
オームの法則というのは、
3つのうち「2つ」の値がわかれば、
残りは計算で導きだせるというものです。

つまり、ボルトとオームを先に決め、
計算でアンペアを導き出すというのが、
現在の標準のやり方になっています。
早野
つまり、SIには
「無限に長い2本のなんちゃら」と
書いてはあるけれども、
実際にやっていることは、
定義どおりにアンペアを
つくっているわけではないんですね。
金子
まさにそういうことです。
アンペアは基本単位のひとつですが、
実用上、ボルトとオームから
組み立てによってつくられている単位です。
早野
でも、そのやり方が可能なのは、
ボルトとオームを量子力学的に
定めることができるからですよね。
金子
おっしゃるとおりです。
ボルトもオームも、
基本的には
「電子の電荷(e)」と「プランク定数(h)」を
基準に決めることができます。
厳密には電圧にはという周波数がかかります。
早野
アンペアはそういうわけにはいかない?
金子
理論上はできるんです。
乗組員A
‥‥‥‥。
乗組員B
早くも黙って聞く時間だ‥‥。
金子
をオームの法則にのっとって
単純に代入してみます。
するとこうなります。
金子
いまこんな感じですが、
真面目にちゃんと書くとが1個消えて
もとれます。
最終的にはだけが残ります。

かなりざっくりした説明ですが、
電流っていうのは
「電子の電荷×周波数」になります。
ここまでシンプルにできます。

これがなにを意味するかというと、
アンペアは数式的にも
「電子の電荷を1秒間にいくつ動かせるか」
ということで定義できてしまうんです。
早野
つまり、電子の流れる量を
正しくコントロールできれば、
アンペアという電流は
ボルトとオームという他の要素たちに
頼る必要がなくなると。
金子
まさにそういうことです。
やっぱり基本単位のひとつである以上、
それを実現したいというのが、
いまのぼくの研究のモチベーションなんです。

IR」じゃなくて、
もともと「ef」なんだから、
これを基準にやりましょうという研究なんです。

ただ、ボルト・オーム・アンペアを
量子力学的にそれぞれつくりだし、
それらをオームの法則にもどしたら、
ほんとうにイコールになるのか、
そこはいまクエッションのままです。
これは「量子メトロロジートライアングル」
といわれてるもので‥‥。
早野
ああ、あの、ちょっと止めていいですか。
お話の途中にごめんなさい。
金子
はい?
早野
いや、このままのペースで続けると、
あちらの方々が‥‥。
乗組員A
(口をあけて、ポカーン)
乗組員B
(眉根をよせて、ムムウ)
金子
ああああ、ごめんなさい!
ちょっと話が難しすぎましたか。
早野
ここでいうのもなんですが、
いまのところは
ちょっと難しいと思います(笑)。
金子
早野先生がいらっしゃるから、
ついペースが上がってしまって‥‥。
早野
どうでしたか?
ちょっと難しかったでしょう。
乗組員A
‥‥‥‥はっ!(我に返って)
ええっと、前半までは
なんとなくわかったのですが、
後半はもうなにがなんやら‥‥。
乗組員B
(眉根をよせて、ポカーン)
早野
ポカーンだと思いましたよ。
なので、ちょっと話を戻しましょう。

さて、どのへんから置いていかれました?

(つづきます)