HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN

金子研究員は、なぜ電子を1個ずつかぞえているのか?

ほぼ日サイエンスフェロー早野龍五の“オタク”な研究者探訪シリーズ VOL.3 ほぼ日サイエンスフェロー早野龍五の“オタク”な研究者探訪シリーズ VOL.3

ある分野を深く、深く研究する人がいます。
その人たちは「研究者」と呼ばれ、
おどろくべき知識量と、なみはずれた集中力と、
こどものような好奇心をもって、
現実と想像の世界を自由に行き来します。
流行にまどわされず、批判をおそれず、
毎日たくさんのことを考えつづける研究者たち。
ほぼ日サイエンスフェローの早野龍五は、
そんな研究者たちのことを敬意をこめて
「オタクですよ(笑)」といいます。
世界中のユニークな研究者と早野の対談から、
そのマニアックで突きぬけた世界を、
たっぷり、じっくりご紹介していきます。

金子晋久さんってどんな人?

第1回 電子を1個ずつかぞえる男。

早野
本日のオタク研究者は、
産業技術総合研究所(以下、産総研)の
金子晋久さんです。
金子
どうぞよろしくお願いします。
乗組員A
よろしくお願いします。
乗組員B
よろしくお願いします!
早野
金子さんにお会いするのは
初めてなんですが、
産総研にいる知り合いの研究者に
「まわりにオタクな研究者いない?」
って聞いたら
「それなら絶対、金子さんがいい」と
ご推薦がありまして‥‥。
金子
ああ(笑)。
早野
「なにやってる人?」って聞いたら、
「電子を1個ずつかぞえている」というんです。
金子
まぁ、そうですね。
早野
その話をほぼ日チームにしたら、
みんな「おもしろそう」となって、
それできょうは産総研にある
金子さんの研究室にまで
おじゃまさせていただきました。
金子
遠いところを、
わざわざありがとうございます。 
早野
みんな「電子」という言葉はわかります。
「1個ずつかぞえる」という意味もわかる。
でも「電子」と「1個ずつかぞえる」を
くっつけた途端に、
なにをやってる人なのか
まったく想像ができなくなるんです。
金子
そうだと思います。
早野
というわけで、なぜ金子さんは
電子を1個ずつかぞえているのか、
ぼくに向けてではなく、
読者のみなさんや
きょう同席している乗組員向けに
お話しいただけませんでしょうか。
金子
あ、みなさんに向けて?
乗組員A
すみません。
乗組員B
よろしくお願いします!
早野
ぼくに向けて話しちゃうと、
それこそ記事にならなくなっちゃうので。
金子
なるほど、そういうことですか。
なんというか、その‥‥、
なかなか難しいお題ですね(笑)。
早野
みなさん、そうおっしゃいます(笑)。
乗組員A
読者代表としてがんばります。
乗組員B
わからないときは、
わからないといいます!
金子
わかりました。
先ほど早野先生から、
「電子を1個ずつかぞえる」と
ご紹介いただきましたが、
最終的には「新しいSI」で
使えるものをつくりたいと思っています。
正しくは「改定SI」というもので‥‥。
乗組員A
エス、アイ?
乗組員B
ん?
早野
SIというのは「国際単位系」のことです。
乗組員A
国際単位系?
乗組員B
もうわかりません(笑)。
早野
SIについては、
ぼくから先に説明しておきましょう。
SIというのは「国際単位系」を
意味するフランス語
「Système International d'unités」の略です。

ざっくり言えば、
国際的ルールで決めた「単位」のことです。
乗組員A
単位というと、いわゆる‥‥。
乗組員B
メートルとかキログラムとか?
早野
そうですね。ちなみに、
みなさんは1キログラムという重さが、
なにを基準に決まっているか知ってますか? 

体重計が示す1キログラムは、
なにを根拠に1キログラムという
重さを設定しているか。
乗組員A
1キログラムの根拠? えぇ、なんだろう?
乗組員B
考えたこともなかった‥‥。
早野
現在の1キログラムの根拠は、
130年前につくられた
世界でたったひとつしかない
「国際キログラム原器」という
「ちょうど1キロの金属の塊の質量」
を基準にしています。
乗組員A
意外とアナログ(笑)!
でも、その原器そのものの重さは
どうやって測ったんですか?
早野
もともとは「水1リットルの質量」が、
1キログラムの定義だったんです。
ところが、水の密度は気圧や気温で変化するし、
液体をあつかうのはなにかと不便です。

そこで「かたい金属で原器をつくろう」
ということで「キログラム原器」が誕生しました。
乗組員B
ちなみに、いまその金属の塊って
どこにあるんですか?
早野
フランス・パリ郊外のセーヴルという街の
国際度量衡局にあります。
二重になったガラス容器のなかで、
大切に保管されています。
乗組員A
世界にひとつしかないって、
かなり不便な気もするのですが‥‥。
金子
早野先生がおっしゃったように
「国際キログラム原器」は世界にひとつですが、
そのレプリカは世界に100個以上あると思います。

日本はそのレプリカを4つ所有していて、
4つとも産総研の金庫で保管されています。
乗組員A・B
へぇーーー。
早野
話を戻しますと、
SIというのは国際的なルールで
決められた「単位」のことです。
そして、その「単位」の定義が、
もうすぐ変わろうとしています。

質量を表すキログラムは、
「国際キログラム原器」という定義をやめ、
基礎物理定数に基づいた定義に変わります。
これは130年ぶりの改定です。
乗組員A
130年ぶり?! おお、なんかすごい。
乗組員B
でも、なぜわざわざ変えるんですか?
早野
基準として不安定だからです。
キログラム原器は、
表面のちょっとした汚染によっても
マイクログラムという単位で
増えたり、減ったりしてしまいます。
ものすごい小さな値ですが、
質量が変化することはいいことではありません。

科学が進歩していくなかで
正確さへの欲求が上がってきたこともあり、
「国際キログラム原器」では
物足りなくなってきたというわけです。
乗組員A
へぇー。
乗組員B
へぇー。
早野
改定された「新しいSI」は、
2018年11月にひらかれた
国際度量衡総会で承認されたばかりです。
そして、7つある基本単位のうち、
キログラムと同じように
定義の中身が大きく変わるものがあります。

そのひとつが
金子さんの研究分野「アンペア(A)」です。
乗組員A
アンペアということは
「電気」ということですか?
乗組員A
ブレーカーでよく見かけますよね。
「30アンペア」とか「40アンペア」とか。
早野
そうです。
アンペアとは「電流の単位」のことです。

と、ここでようやく
金子さんの研究の話に戻れますね。
では、続きをお願いします。
金子
ありがとうございます(笑)。

先ほどもいいましたが、
ぼくが電子をかぞえる理由は、
最終的に「新しいSI」で
定義されるとおりの電流をつくってみたい、
という目標があるんです。
乗組員A
定義どおりの電流?
乗組員B
ひゃー、今回も大変そう(笑)。

(つづきます)