33の悩み、33の答え。

読者から寄せられた
数百の悩みや疑問から「33」を選びました。
そして、それらの悩みや疑問に、
33人の「はたらく人」が答えてくれました。
6月9日(火)から
毎日ひとりずつ、答えをアップしていきます。

Q007

なやみ

上司や同僚の些細な言葉に傷ついてしまい
前に進めなくなります。

(26歳・金融)

まわりからは明るく活動的で、悩みなんかとは無縁だと思われている‥‥と、思います。でも本当は、上司や同僚の些細な言葉‥‥言葉尻や「てにをは」のようなものさえ気になってしまい、ひそかに前に進めなくなっていることが、しょっちゅうです。それは、話し言葉だけじゃなく、メールの文面などについても同様です。文末に「!」がついていないだけで「怒ってるのかな‥‥」とか。気にしすぎているだろうことはわかるのですが、どうにもなりません。言葉というものと、おおらかに向き合うことって、いつかできるのでしょうか。

こたえ

焦るな‥‥の一言だと思います。
医者も患者も健康な人も、
焦っていいことはひとつもないので。

こたえた人星野概念さん(精神科医など)

星野
ぼく、この人の気持ち、けっこうわかるんです。
──
あ、わかりますか。じつは、自分もなんです。
星野
ねえ? ビックリマークがついてないだけで
「怒ってるのかな?」とかね、
いや、よーくわかりますよ。
──
最近はそうでもないんですが、
若いうちは、けっこう気にしてました。

この人ほど
深刻ではなかったかもしれませんが。
星野
人生の経験を重ねてくると
「自分と他人には、多かれ少なかれズレがある」
ということがわかってきますものね。

だから、この方に言えることがあるとすれば。
──
何でしょう。
星野
「焦るな」
──
おお。
星野
‥‥の一言、じゃないですかねぇ。
──
詳しく聞かせてください。
星野
人を「怖い」と思ったことって、あります?
──
えーと、
自分は人に会って話を聞く仕事なんですけど、
「はじめて会う人」にたいする恐怖は
ありますね。

正直に言うと「今日も」でした。
星野
そうですよね。われわれ初対面ですもんね。
──
自分の知らない「地雷」を踏んで
突然キレられたらどうしようとか、
そういうことへの心配は、
捨てきれないものとしてありますね、未だに。

そんなことは、過去に一度もないんですけど‥‥
でも、どうしてでですか。
星野
いや、自分もそうなんですけど、
奥野さんも「誰かの言葉」に、
かなり触れている人だろうなと思っていて。
──
ああ、そうかもしれないです、それは。

だから「知らない人が怖い」というのは、
つきつめれば
「その人の言葉遣いを知らない」というのが、
大きいのかも。
星野
うん、うん。
──
その人自身というよりは、
その人の言葉が怖いというか‥‥。

なので、
最初の15分とかは探り探りなんですが、
しばらく話せば、
そんなことスッカリ忘れちゃうんですけどね。
星野
この相談の方は、その「探り探り」が、
永遠に続いている状態なんでしょうね。

そりゃあ、疲れちゃいますよね。
──
たしかに‥‥それは、しんどそう。
星野
でも、先ほど奥野さんも言っていたように、
口調がぶっきらぼうだとしても、
メールに「ビックリマーク」がついていなくても、
別に怒ってなんかいない、
そういう人なんだということがほとんどなのは、
だんだんわかってくると思うんです。

社会での経験を積んでいけば。
──
メールや電話で「怖そうだな」と思っても、
実際にお会いしてみると、
すごくいい人だったりするケースって
ありますもんね。
星野
そう、そうやって
「答え合わせ」の回数が増えていけば、
そのうちに
気にならなくなると思うんです。

で、そこで重要なのが‥‥。
──
ああ、「焦るな」!
星野
そう、つまり、
今みたいなアドバイスをいくら言っても、
自分で実感できないかぎりは、
この人、気になり続けると思います。

「気にするなって言うけど、
気になるんですけど!」って。
──
そうでしょうね‥‥。
星野
だから、究極的なことを言ってしまうと、
この人自身が経験を重ねて、
「ビックリマークついてなくても、
別に怒ってないじゃん!」
と実感できるまで待つしかないんです。
──
なるほど。
星野
これは、診療の場面でも同じなんです。

精神科医って、
患者に対して「どこが気になったの?」とか、
「そんなに気にしたりすることかな。
もういちど考えてみようよ」みたいな感じで、
ずっと隣を伴走する役目なんです。
──
ほおお、伴走。
星野
その「アドバイス」が強くなると
「説得」になってしまいますが、
どうあれ、どんなに
「あなたは大丈夫だから!」と言っても、
大丈夫じゃない人は、ずっと大丈夫じゃない。
──
ええ、ええ。
星野
つまり「自分で気づくしかない」んですよ、
究極的には。
──
じゃあ、この人は、
ひとまずは「今のまま」でいいんでしょうか。

ぼくらの経験からしても、
いずれ、
そんなに気にはならなくなりそうだから。
星野
いや、ぼくは「そのままでいいです」って
突き放すつもりもなくて、
だって、この人の気持ち、わかるから。

昔は自分もそうだったけど、
40になった今、
そんなには気にならなくなってる。
そういう例は、
少なくともここに2例ありますよと。
──
それがわかるだけでも、
呼吸が楽にはなりそうですね。
星野
ぼくね、小学校6年くらいになっても
チンチンがむけてこなかったんで、
すごく不安だったんです。
──
おお(笑)、切実な悩みだ。
星野
ものの本にはむけると書いてあるし、
まわりを見渡してもチラホラ‥‥
という状況だったんで、
かなり悩んだんです。

それで、あるとき担任の先生に聞いたら
「大丈夫だ」と。
──
「焦るな」と(笑)。
星野
そう、「そのうちに」と。
──
でも、すごい‥‥その相談をしたんですか。
先生に。
星野
でも、いくら「安心しろ」と言われても、
ずーっと不安で、
ずーっと気になっていました。

その不安が消えたのは、
「むけてきたとき」なんです。
──
ようするに「自分で気づいたとき」‥‥
ほんとだ。
星野
つまり、物事ってそんな急に変化しないし、
困った状態は
そんなすぐに解決したりしないんです。

だから、焦らない、急がない。
これ、ほんとに大事。
──
それ、自分自身にも強めに言いたいですね。
星野
大学病院の精神科って、
たくさんの人が来るんです。

外来の日なんか、60人とか、70人とか。
──
一日に、ですか? ひゃー‥‥。
星野
ええ。10時間や11時間、
ぶっ続けで診ている日もあります。

そうすると、
常に「研ぎ澄ました状態」でも、
いられなくなってくる。
──
そうですよね、それは。
星野
このままじゃ終わんないぞ、と焦りはじめる。
で、医者が焦ると、
まあまあ、ロクなことが起きません。

薬をいっぱい出しちゃったりとか。
──
わあ。
星野
ひとりひとりの診療が
インスタントなものになっていき、
ああ、この患者はまだよくならない、
薬をもっと足さなきゃダメだ‥‥みたいな。
──
はやくよくしなきゃって、焦っている。
先生のほうが。
星野
医者が焦ったところで、
患者はよくならないじゃないですか。

だから、ぼくは
「よくしようとしすぎない」ことを、
自分に言い聞かせるようにしてます。
──
なるほど。
星野
そうするとね、数カ月とかの時間が
かかるかも知れないけど、
結果的に、
ぜんぜん状態がよくなるんです。

薬も少なくてすむし。
──
今の話は、
ぜひ、この人に教えてあげたいですね。

もしかしたら、焦って、
自分に負荷をかけて、
悪循環に陥ってるかもしれないし。
星野
同じ日本語を話す人同士でも、
言葉の使い方や意味については、
すごく細かいズレが無数にありますよね。

そのズレを、
ことごとくキャッチしちゃうから
辛くなるんでしょうけど、
「ズレがあるもんだ」ということを、
少なくとも、
忘れないようにすることかなあ。
いまのところは。
──
敏感すぎるアンテナも、
そのうちに、
うまく錆びついてくることだってあるし。
星野
かつて、
同じように言葉にビクビクしていた人が、
少なくともここにふたりいますよね。

だから、
決して自分だけじゃないと思って、
ひとりだけで抱えこまないこと。
──
その上で「焦るな」、ですね。
星野
医者も患者も健康な人も、
焦っていいことはひとつもないので。
──
誰かに相談してみるのも、よさそうですね。
星野
そう思います。

人の悩みというのは、
多くの場合「孤独」とひもづいていますから。
【2020年3月6日 渋谷・桜丘町にて】

このコンテンツは、
ほんとうは‥‥‥‥。

今回の展覧会のメインの展示となる
「33の悩み、33の答え。」
は、「答え」の「エッセンス」を抽出し、
会場(PARCO MUSEUM TOKYO)の
壁や床を埋め尽くすように
展示しようと思っていました。
(画像は、途中段階のデザインです)

照明もちょっと薄暗くして、
33の悩みと答えでいっぱいの森の中を
自由に歩きまわったり、
どっちだろうって
さまよったりしていただいたあと、
最後は、
明るい光に満ちた「森の外」へ出ていく、
そんな空間をつくろうと思ってました。

そして、このページでお読みいただいた
インタビュー全文を、
展覧会の公式図録に掲載しようか‥‥と。
PARCO MUSEUM TOKYOでの開催は
中止とはなりましたが、
展覧会の公式図録は、現在、製作中です。

書籍なので一般の書店にも流通しますが、
ほぼ日ストアでは、
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