33の悩み、33の答え。

読者から寄せられた
数百の悩みや疑問から「33」を選びました。
そして、それらの悩みや疑問に、
33人の「はたらく人」が答えてくれました。
6月9日(火)から
毎日ひとりずつ、答えをアップしていきます。

Q002

なやみ

親から才能がないと言われます。才能って何ですか?

(22歳・職人見習い)

師匠について職人仕事の修行をしており、現在4年目です。同期や後輩が成果を上げ独立していく中、自分には、まだそんな兆しはありません。もともと弟子入りに反対していた両親からは、3年やって芽が出ないなら才能がないのだから辞めろと言われていました。しかし自分は、この仕事が好きなんです。好きだという気持ちは、誰にも負けないと思っています。才能って、何でしょうか。もし「才能がない」なら、何にもないところから「才能」をうみだすことはできないのでしょうか。

こたえ

才能という言葉に、きらめきを感じません。
自分にも才能がないと、ずっと思っています。
でも、才能がないからこそ、
常に「挑んでいく資格」があるんだと思う。

こたえた人本木雅弘さん(俳優)

本木
この方の悩みの文章を読んだときに、
気づいたことがあって。
──
はい。
本木
わたしも「自分には才能がない」って、
つねづね思っているんですけど、
本当に深いところで自分に問いかけると、
まったくそこにこだわっていないんです。

才能のあるなしという部分に、まったく。
──
こだわっていない。
本木
「自分には才能なんかない、ニセモノなんです」
とは、よく言うんです。
──
ええ。

はじめてインタビューさせていただいたときも
おっしゃっていて、びっくりしました。
本木
でも、それさえも、
自分の中ではひとつの「体裁」というか、
みずからを鼓舞するためのレトリックなんです。

「だからこそ、がんばらなきゃだめだ」って、
自分に思わせるために言ってるだけ。
──
つまり、それほど「才能」という言葉に‥‥。
本木
特別な響きを感じない。

そもそも自分は、前にも言ったかもしれないけど、
仕事においても人生においても
「ほどほどに希望して、人生を楽しく諦めていく」
のが信条なんです。
──
ええ。
本木
だから「才能」という言葉に振り回されたくない、
という気持ちが、あるんでしょうね。

とにかく、その言葉に
重さもきらめきも感じないというのが、
正直なところです。
──
今回も、おもしろいです。本木さんのお話。
本木
あ、そう? だって、「才能」なんて、
使い方を間違えたら
とんでもなくアブナイというか‥‥。

「あいつには人を騙す才能がある」
なんて使われ方もするわけですから。
──
ええ、ええ。
本木
逆に「才能のない人」が、
100回にいっぺんだけ、
素晴らしいものをつくり出したとする。

それが、たまたま誰かに発掘されて
世間に評価されたとしたら?
そして「才能のある人」と言われた人が、
なかなか評価されないという現象もある‥‥。
結局、等しくないですか?
どちらの立場も。
──
運とか時代との相性なんかもありますよね。

誰でも知ってるゴッホみたいな人も、
生前はまったくの無名で‥‥
亡くなったあとに
「うまれてきちゃった」みたいなものですし。
本人の「才能」は変わらないのに。
本木
そう考えると、お悩みの文章に
「この仕事が好きなんです」
って書いてあるじゃないですか。

「好きだという気持ちは、誰にも負けない」って。
もう、それ以上の何が必要なんですかと。
──
「好き」は「才能」。
本木
夢もない、カネもない、コネもない、
もちろん才能も何もないっていう
「ないない尽くし」でグズグズ言ってるんなら
別なんだけど。

わたしには「この仕事が好き」って
言えちゃうこと自体が、最大の才能に思えます。
──
そうですか。
本木
だって、
もし「今の仕事、本当に好きですか?」って、
口もとギリギリにマイクを近づけて聞かれたら、
正直口ごもってしまうようなところがあるから。

自分には。
──
はあー‥‥。
本木
わたし、
ちいさいころから「書」を習っていたんです。
──
はい、本木さんの書き文字、本当に美しいです。

以前、インタビューの原稿に
直筆の赤字をいれていただいたことがあって、
その文字が美しすぎて、
いまだに大事に保管しているくらいです(笑)。
本木
あ、ほんと? まあ、書でもお芝居でも
「評価されたい」という気持ちは
人並みにあるんです。

でも、またグッとマイクを近づけられたら、
自分にとって大事なのは、
その書を書いたとき、その役を演じたときに
「心地よかったかどうか」なんです。
──
自分の心地よさが、すべて。
本木
はい。書を書くときは
「筆先と自分とが、いかに一体化していたか」
が重要なだけ。
──
仮に、誰にも評価されなくても?
本木
そうですね‥‥
もちろん評価されたらうれしいけど‥‥
たとえば
自分ではギクシャクした芝居だったのに
評価されちゃったなんてこと、
いくらでもあるんです。

そんなお芝居にたいして
「名演ですね」なんて言われたって、
内心ではうれしくない。ちっとも。
ただの「結果オーライ」だっただけで。
──
狙ってやったことじゃないから。
本木
だから、
めざすは「自己満足」でいいんだと思います。

何かをうみだす、つくりあげていく過程で、
ただただ「気持ちのいい線が書けた」
という瞬間や実感があれば、
わたしはきっと、それで満足です。
──
なるほど。
本木
才能があるとかないとか、
本物なのかニセモノなのかという評価基準って、
ある意味で「砂の城」的な一過性の‥‥
そんなものでしかないんじゃないかな。
──
時代の雰囲気や世の中の流行で、
簡単にくずれてしまいそうですしね。

何にせよ「評価の基準」というものは。
本木
だと思います。
──
あの、ゴッホの話で思い出したのですが
以前オランダのファン・ゴッホ美術館へ行ったら、
1階がぜんぶ「自画像」だったんです。

ゴッホの「自画像」だけが、
壁一面に何十枚も、ずらーーーーーーっ‥‥と。
本木
へえ。
──
ゴッホは失意の人生を過ごしたわけですが、
何でしょう、
自分自身の中に
こんなにもあふれ出る何かを抱え込んでいたのかと思うと、
よくわかならいけど、ものすごく感動したんです。

そして同時に、そこに、鬼気迫るような「才能」も感じて。
本木
それは何? ゴッホはそんなに自分に向き合いたかったの?
──
お金がなかったからモデルを雇えなかったという説明は、
よくされているみたいです。

でも、あれだけの自画像に囲まれたら、
ただそれだけの理由では、
こんなにもたくさん
自分の顔ばかり描けないんじゃないかと思ったんです。
本木
なるほど。自分と向き合い続け、
その果てに自害してしまうわけだけど、
すべてが「才能の証」として残ったよね。

今、ふと思ったけど、
「才能」って「人から認められるもの」ではなくて、
そうやって、
自分自身が「深く掘り起こすもの」かもしれないね‥‥。
──
なるほど‥‥掘り起こすもの。

ともあれ、
ゴッホのことを思うとき、「才能」というものには、
どこか「悲しみ」を感じさせるところがあるなあと。
本木
うん、うん。
──
いや、ただ「悲しみ」と言うとネガティブですが、
必ずしもそうじゃなくて。

うまく言えないのですが、
どこか「心地よい感情」としての「悲しみ」‥‥
とでも言いますか。
本木
わたしね、ここ数年で、
義母と義父を立て続けに亡くしたんです。
──
もちろん、存じ上げています。
本木
でね、悲しみということについては、
義母の樹木(希林)さんが
よく口にしていた言葉があるんです。

それはね、「人はやがて哀しき」って。
この場合の「哀しき」って
「ものの哀れ」に使う哀しみなんだけど、
悲哀とも通じている。
──
人は、やがて哀しき。
本木
そう、正確に言うと「おもしろうて 人は哀しき」。

どんなに華々しい人生を送った人でも、
実はたくさんの孤独を抱えているものだし、
どんなに幸せな亡くなりかたをした人でも、
みな最後には「やがて哀しき」に終着するのだと‥‥。
──
ああ‥‥。
本木
「だから、人生とは寂しい」ということではなく、
それが、人としての本来の姿なんだって。

そこに、そこはかとない「美しさ」というか、
ある種の心地よさを感じるのよ‥‥って。
──
わかります、その感情。
本木
何かを成した人でも、成さなかった人でも、
誰もが等しく「孤独」の中へ還っていく。

その感覚、わたしも好きなんです。
どんな物語であっても、
どこかに悲しみや翳りを感じられると、
辻褄があっているようで納得できます。
そして、そういうものを感じられたときには、
心が「うれしい」んです。
──
うれしい。
本木
そう、それも歓びのひとつだと思う。

あ、世界的指揮者の小澤征爾さんも言ってたなあ。
「心を打たれる美しさというのは、
すこし哀しみの味がするのよ」って。
──
そうなんですか。わぁ‥‥。
本木
きっと、美しい音楽や偉大な何かには、
その裏側に「哀しみ」が張り付いていて、
人々が共感するんじゃないか‥‥。
──
なるほど。
本木
その「天才的な才能」をもって、
世の中に衝撃を与えたり、
よろこびをもたらしたり、
問題を提起したりするんだけど、
ご本人が幸福な人生をまっとうするイメージって、
あんまりないじゃないですか。

夭折や早死や非業の死‥‥
どちらかというと悲しい結末が多い。
──
そうですね、たしかに。

ジョン・レノンしかり、マリリン・モンローしかり、
マイケル・ジャクソンしかり。
もちろん、全員がそうとは言えないでしょうけど。
本木
それぞれが「才能」を意識していたかどうかは
わからないけれど、
思うに、「才能」にこだわりすぎると、
人生がキツくなるんじゃないかなあ。

自分ごとでいうと、才能があるのかないのかわからず
「境界をさまよっている」状態が、
細く長く、続いていくのがいいと思います。
──
はー‥‥おもしろいです。
本木
ピークはいらない、そういう感じ。

そっちのほうが「伸びしろ」があるとも思うしね。
そして「伸びしろ」というのは
「希望」そのものだと思います。
──
伸びしろは、希望。本当ですね。
本木
ひとつ、思うのは。
──
はい。
本木
自分には才能がないと、
つねに自分を疑っているからこそ、
わたしには、いつまでも
このステージに立ち続ける資格があると思ってる。
──
おお、そこに「挑戦者としての資格」が。
本木
そう。才能がないからこそ
「挑んでいく資格」が、あるんです。わたしには。
【2020年3月13日 渋谷にて】

このコンテンツは、
ほんとうは‥‥‥‥。

今回の展覧会のメインの展示となる
「33の悩み、33の答え。」
は、「答え」の「エッセンス」を抽出し、
会場(PARCO MUSEUM TOKYO)の
壁や床を埋め尽くすように
展示しようと思っていました。
(画像は、途中段階のデザインです)

照明もちょっと薄暗くして、
33の悩みと答えでいっぱいの森の中を
自由に歩きまわったり、
どっちだろうって
さまよったりしていただいたあと、
最後は、
明るい光に満ちた「森の外」へ出ていく、
そんな空間をつくろうと思ってました。

そして、このページでお読みいただいた
インタビュー全文を、
展覧会の公式図録に掲載しようか‥‥と。
PARCO MUSEUM TOKYOでの開催は
中止とはなりましたが、
展覧会の公式図録は、現在、製作中です。

書籍なので一般の書店にも流通しますが、
ほぼ日ストアでは、
特別なケースに入った「特別版」を
限定受注販売いたします。
8月上旬の出荷で、
ただいま、こちらのページ
ご予約を承っております。

和田ラヂヲ先生による描きおろし
「はたらく4コマ漫画」も収録してます!
どうぞ、おたのしみに。