第2回 野球の品格。


糸井 去年、ジャイアンツは第7戦で敗れて
二年連続の日本一は逃しましたけど、
巨人ファンのぼくにとっては
とてもいいシーズンだった、
という感覚があるんです。
なぜかというと、日本シリーズ、
もっと具体的にいうと、
第2戦の印象がとっても大きいんです。
ほぅ。
糸井 昨年の東北楽天ゴールデンイーグルスとの
日本シリーズ、
初戦をジャイアンツがとって、
第2戦の先発は田中将大。
向こうは絶対に勝つつもりできてました。
そうでしたね。
本拠地で初戦を落としてましたから、
「勝てなきゃまずい」っていう感じでしたね。
糸井 そうなんです。
楽天としては、絶対落としたくない。
というなかで、楽天が先に1点を取る。
で、7回裏、ぜひもう1点ほしいというところで、
楽天は内野安打で2点目を取るんですね。
で、あの内野安打‥‥
審判はセーフとジャッジしましたけど、
ぼくは、あ、こりゃ誤審だなと思いました。
テレビでスローを観ても、
まぁ、事実としては、これはアウトだろう、と。
で、そこに原さんが飛び出して行って、
強い抗議をしたんですけれど、
そこで審判に対して、その、
しっかりと抗議をしたという事実を残して、
へんな言い方になりますけど、
きれいに引き下がってくださったんですよ。
(笑)
糸井 で、あんなに大事な試合の大事な場面で、
しっかり抗議して、しっかり下がった、
ああいう指揮官をぼくは見たことがないんです。
とにかく引き下がらないとか、
放棄試合に近いかたちをつくるとか、
延々と時間が過ぎていくとか、
いろんなケースがありますよね。
それこそ、ジャッジに対して抗議したことで
有名になってしまった試合だっていくつもある。
だけど、過去のそういった試合が
よかったのかっていうと、
ぼくは決して、いいとは思ってなくて、
原さんがあのときに、審判っていうものの
なんだろう、神聖さみたいなものを認めて、
で、きれいに歩いてベンチに帰っていくところを
こう、カメラが映していて、それを見ながら、
巨人っていうのはこのチームなんだって、
ぼくは思ったんです。
これがあとで、あの1点のせいで勝ったか負けたか、
もっと言えば日本シリーズにも、
大きな影響を与えるかもしれないとは思ったんですが、
それができるチームっていうのは、
いまの「原巨人」しかないなって思って、
振り返れば、ぼくにとって、
あれが去年のクライマックスだったんです。
ああー。
糸井 原さんは、たぶん、あのとき、
思った通りのことをやっただけなんでしょうけど、
すごいことだっていうふうにぼくは感じて、
そのあと、報知新聞の原稿にも書いたんですが、
「野球にも品格、品質がある」と思ったんです。
あのときの原さんの態度が、
あの日本シリーズの品格を決めたとぼくは思う。
ですから、たとえば、原さんがあそこで
とにかく「勝つ」ということだけに執着して、
何時間も抗議しました、みたいな話で終わったら、
それこそあのシリーズ全体が
祝福されないもので終わったと思うんですよ。
つまり、巨人にとっても、楽天にとっても、
ぼくはあの態度が、
2013年のプロ野球のひとつのピークを
つくったんじゃないかなと思ってる。
それを、原さんにお会いしたら、
ぜひ、お話したかったんです。
ま、言われても困ると思うんですけど(笑)。
いやいやいや、そんな(笑)。
糸井 あのときの気持ちみたいなものは、
いま思い出せますか?
あの‥‥まあ、あれは、
ぼくらのいる三塁ベンチから見ると、
目の前のプレーでしたから。
糸井 目の前ですねぇ。
「よしナイスプレー、
 テラ(寺内)、ナイスプレー」と拍手して、
「よし、アウトだ、チェンジ」と思ったものが、
まったく違う風景になってしまって、
やっぱり、まずは信じられなかったですね。
糸井 うん。
で、まぁ、自分としては、
もう全速力で一塁塁審のところへ行きました。
糸井 はい、強い抗議でしたね、まずは。
たぶん、ことば的にはですねぇ、
かなりきついことを塁審に、伝えたと思います。
えー、まあ、しかし‥‥なんというか、
これは、過ぎたことですし、
あくまでも私の印象ということで言いますが、
反省をしていると感じました。
糸井 うーん、なるほど。
会話のなかで、そういうことばはありません。
けれども、私が抗議をしているときに、
彼が間違いだったと認めていて、
でも、それはもう、一度くだした判定だから
覆すことはできないと、
そういう心の叫びのようなものを感じました。
糸井 ああー。
‥‥だからといって、それでOKかというと
そんなことはないんですけれども、
まぁ、結果的には「わかった」と。
シリーズは、まだこれから先もあるし、
ここの逆風というものをね、逆に変えてやろうと
そういう気持ちに切り替えて、下がったんですね。
糸井 なるほど。
で、いまだから言いますが、
ぼくは、試合中に、ひとつ決めたんです。
試合後に、当然会見があるわけですが、
そのときにもうこのことは話すまいと。
糸井 ああー、話さなかったですね。
話さなかったです。
話したらなにを言い出すかわからない。
だから、もう話すまいと決めて、
一切言いませんでした。
それがぼくのなかでの、なんて言うか、
審判団に対する最大の抗議だった。
あそこでぼくが、試合のあとに、
感じたままに不満を言ったならば、
なんていうんだろうなぁ、
たいした抗議にはならないな、と思いました。
糸井 ああー。
だからあえて、
ぼくはそのことは、口に出さない。
そのことが彼らの技術を
向上させるんじゃないかと。
我々が求めているものは、
「正しいジャッジ」ですから。
糸井 うん。
いつでも審判の人にいうんですけど、
求めるのは「正しいジャッジ」なんです。
自分たちに都合のいい判定をしろと
言ってるわけじゃない。
糸井 そうですね。
ま、その部分では、
黙って引き下がって、コメントしないことが、
審判団に対するいちばんの、
私の意思表明になると、そう考えましたね。
糸井 まあ、あのあと、寺内選手が
ホームランを打って2対1になったりして、
結果的にはすごく大きなプレーになったわけですが。
もちろん、1点差と2点差では
配球も違うでしょうから、
「あれがアウトだったら同点だった」とは
簡単には言えないわけですけど。
まあ、でも、実際はというか、
テレビで見てたぼくの目には
明らかにアウトだったわけで。
もう、そこの部分は、
論ずる必要もないところですね(笑)。
糸井 審判も人間というやわらかい存在ですし、
人間のやってるゲームなので、
そういうことはあるんでしょうけど。
でも、それにしたって大きい1点でしたから、
ああいうときに意を決して抗議に行って、
自分から飛び込んでいきながら
引き下がれる強さっていうのが、
ジャイアンツで原さんがつくってきたものの
集大成であるように、ぼくには思えました。
ねぇ、まあ、なにが正しかったっていうのは、
ぼくにはわかりませんけれども、
私はそういう方法を取ったということですね。
それが、どういうふうに受け取られたかは
これはもう、わかりませんけど‥‥。
あの次の日というのは、
東京ドームに場所を移しますから、
試合がなくて、練習日だったんですよ。
で、その練習日にですね、
その審判の方がね、
グランドに練習に来てました。
糸井 へぇー、そうですか。
で、ぼくは、「話したくもない」という、
腹立たしいような心理も
どこかにはありましたけれども、
それでもやっぱり、つぎの日に
練習に来ているということが、ね。
糸井 なかなかすごいですね。
すごいと思います。
糸井 そうですね。
いやあ、ほんとなら、
逃げたいくらいの心境でしょう。
その日の新聞なんて、もう、でかでかと、
問題の場面が載ってましたから。
糸井 そうですよね。
そういうなかで、翌日、練習に来ている。
ぼくは、もちろん納得がいかない気持ちは
残ってはいるものの、
「この人はいい審判になるだろうな」
というふうに思いましたよ。
糸井 ああ、なるほど‥‥。
そう、だから、そういうことも含めて、
「野球の品格、品質」だと思うんですよ。
逆にいえば、いままではやっぱり
そういうことが問われてなかった。
つまり、なにをしてでも勝てばいいっていう。
もちろん勝負事ですから、
そういう要素は、ないとは言いません。
ただ、「だから野球が好きなんだよ」って、
野球をやらない人までも言ってくれるような、
そういう野球をぼくらは
やっぱり見たいんですよねぇ。
うん、そうですね。
糸井 ですから、あの、日本シリーズの第2戦、
負けましたけど、すばらしいものを見たなと。
もちろん、負けたことはしっかり
落ち込むんですけどね(笑)。
いや、それは、もう、
ぼくだって、心のなかっていうか、
本心では、もう、すごいわけですよ。
糸井 そうでしょうねぇ(笑)。
ぜんぜん納得もいかないですし。
しかしやっぱり、もう一人の自分が、
糸井さん的に言うならば、
品格とか品質とかという部分を重んじる
自分がいたんでしょうね。
やっぱり、プロ野球のいちばん大事な部分は
ファンの方々なんだっていう気持ちが
根っこのところにありますから、
どういう野球を見せたいんだという部分で
ああいう行動をとってしまった
というのはあると思います。

2014-03-31-MON
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