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| さらば、愛したモノよ。 愛されて、そして忘れられてしまったモノたちへの鎮魂歌。 |
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あなたの腕に、ライマ・ブレスレットはありましたか? |
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こんにちは。「さらば、愛したモノよ。」 『マヨネーズごはん』 僕もちっちゃいとき、大好物でした。 『さらば愛したミニ四駆よ』 ミニ四駆600円ということは、サトウさん、 『ミータン』 どうして、ふたを閉じてしまったんでしょう。 『小学校低学年の頃、買ってもらって 3日間だけだったから、思い出深いのかもしれない。 『ちょぼちょぼ缶ジュース』 その缶開け、1回だと「ちょぼちょぼ」で淋しいから、 『よそゆきの毛糸のパンツ』 さようなら、愛された白い毛糸のぱんつ。 |
1999-09-09-THU
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みんな、ほんとは気になっていたのだろう。 『消えちゃ、やだー!』 ほぼ日スタッフご一同様へ さらば、愛したモノよ。 って、私のツボにスポン!でウレシイです。 何だか、むしょーにわくわく。 …と言って「愛してたコレが消えた!」と すぐに提示できないのが申し訳ないのですが、 「投信」がないから、という理由で連載打ち切りに なってしまうのは非常に残念で悲しいので、 情報提供はできないけれど、応援は心からしています! という気持ちをお伝えしたくてメールをお送り致します。 わたしってば非力…。 近々高校時代の友達と飲む予定もあるし、 お盆の帰省で親の説教を聞いているうちに思い出すことも あるかと思いますので、 すぐに連載打ち切りだけは思い留まって下さい。 ほぼきっちり毎日読んでいる、 よしだより。 はじまったとたんにコレだもんね。 でも、いろんな意見や情報が来ないってことは、 読者のせいじゃなくて、企画が弱いということとか、 編集部の演出がヘタだってことなんですよね。 すみませんね、心配させちゃって。 他にも、読者に心配かけちゃってることがわかる例。 『インベーダーゲーム・テンガロンハット』 折角の新連載だしな、、、何か送らなくっちゃ、って 午後からの仕事は上の空で約6時間ほど 考えていました。 高校時代のダニエルビダルの歯磨きの宣伝 (あの透明のピンクの歯磨き粉、いつも使ってた!) 大阪万博にかぶっていったテンガロンハット その上、スカートは皮のミニのタイトだった。 ストレートのロングヘアーたなびかせて 高1の私は世の中にこわいもんはありませんでした。 (今高校生なら絶対茶髪で南国ファッションで 渋谷を、、、いや、河原町を歩いていたでしょう) 大学時代のインベーダーゲーム 彼とのデートはわざわざゲーム台のある喫茶店 ゲームに熱中する真剣な彼の横顔に ときめいたっけ 今その彼は、家でiMacに熱中してるんですけど あのときめきはどこへ? chikage tabuchi 新連載の行く末を案じて、 6時間も考えてくれちゃったのね。 タイトルにあるテンガロンハットやインベーダーより、 「透明なピンクの歯磨き」が、印象強かったですねぇ。 ダニエル・ビダルって女性も、なっつかしいなぁ。 『あの女も、愛して、捨てた』っていう人も多そう。 次は、短く。 『野菜スープの元は手元にある』 あたしんちに実家から送ってきた パック入りの野菜スープの元はまだあります。 飲んだことないです。 M. hidaka つまり、Mさんは愛しても捨ててもいないけれど、 実家では愛し続けているんですね、野菜スープ。 次は、「愛して捨てるココロ」について、かな。 『文通をしましょう』 前略 10日前位から「ほぼ日」を読ませていただいてる 古関と申します。 本題に入る前に「ぼくは感動してるんです、 なにがってこんなに面白いページを毎日更新して、 しかも無料で読めるなんて。 こんなことって滅多にある体験じゃあないですよ! いままで読んでなかった事を とってもこうかいしておる次第です。 早速本題です。 後悔している、という事になるんですが、 ぼくが4年前、(18歳のとき) 韓国に1人旅をしたときの話です (行った理由はもちろん ディープコリアをよんだからです)。 そのときに韓国人留学生のミンさんに 友達を紹介してもらい、何日か一緒に行動しました。 そしてぼくが帰るときに、文通をしましょう、 ということになり おたがいのアドレスを交換しました。 そのときはぼくも韓国熱全開だったので、 「ハングル文字と日本語の両方でおくるからさー、 あなたも両方の言葉で書いてね!」 なーんてことをいってわかれました。 しかし帰ってみるとこれが夏休み。 当然遊びまくりです。 こころの片隅には「あー手紙かかなきゃなー」 なんておもってたのですが、 日本にかえってくると韓国熱がすっかりさめている 自分がいたのです。 せめて日本語だけならなー、なんて思いながら とうとう1ヶ月以上たっちまいました。 ぼくはすっかりそのことを忘れてました、 そんなぼくは最低です。 なんとそのころに手紙が来たのです。 しかも言語はしっかりバイリンガル。 プラス韓国のテレビ番組を録画したものまで 入ってるじゃないですか。 そーいえばそんなお願いもしたような気が、、、 かわりにぼくは日本のロックをテープにいれておくるよ! なーんていった気が、、、。 まだ間に合う!と、思ったんですけど体は正直です。 わるいなー、と思いながらも、 なんとなく(というよりも面度臭かったです、はい) 出さずにずるずると4年間たっちゃったわけです。 今になってほんとに後悔してます、 日韓交流が1つ潰れた、という 社会に対する罪悪感すら抱いちゃってるわけです、、、 とほほですよ。 いまから手紙をかこうかとも思ってるんですが、 「いまさらなによ!私との関係は遊びだったのね」なんて おもわれそうでこわいっす。 (ちょっとうそです、 遊びなんて言われる関係じゃなかったんですけどね) 以上です ながながと書いちゃってすんません。 YUSUKE KOSEKI この者を責める資格のある者は、石を投げるがよかろう。 ちょっと話はちがうかもしれないけれど、 刑務所とか留置所で、いっしょにいた人が出所するとき、 ほとんど、「差し入れに来るよ」と言うらしいです。 約100%、そんなことは実現しないそうです。 では、予想通り多かった、「ミサンガ」ですわ。 『ミサンガ現役っす』 ダニの次はゴキブリ!と決めて、 おたよりまで書き始めていたいしだ(200箇所噛まれた)です。 フジの「どーなってるの?」で取材されかけた ゴキブリ退治法がまたまた 日の目を見られなかったのが残念です。 さて、ミサンガですが、まだ私の弟の足首にあります。 なんだか昔からこだわるヤツだったので、 どうしても切れるまで待ってるみたいです。 毎日直接肌に付けているわけですから、 普通だったら洗濯しなきゃいけないわけです。 でも、はずさないわけですから、 せいぜい入浴時にこちょこちょ洗ったりして いるのかもしれません。 でも、既に数年たっていますので、 オリジナルの色がなんだったかわからん状態です。 釣り糸がからんだままけなげに生きている野鳥の首、 そんな風情になっております。 ・・・ちなみに願いはなんだか知りません、といいますか ここ数年ほとんどしゃべってないな。 ずばり!ミサンガがはずされる第一原因は 「きたない、と言われた!」 に一票。 また楽しいコーナーになりそうな予感がします(無責任)。 これからも楽しみにのぞきます。 石田尚人 これ、読むと、ミサンガ以上に、 弟さんとの関係のほうに興味がいきますね。 じゃ、ミサンガ、行きましょう。 『みさんが』 ミサンガですか・・・・・ 小学生のとき(10年前)授業中に隠れて せっせと編んでおりました。 実際に、切れたこともあったけど、 ほどけたり、伸びて手首から抜けちゃったり。 最後のミサンガは、高校受験の前に、 「面接で落とされる」ということで、 チョキ!!! と切った記憶がありますね。 でもそれぞれ、なんの願いをかけたか、 わすれちゃいました。 どうせ「ナンとか君とうまくいきますように」 ということだったのでしょう。 どれも、とりたてて「切れた翌日に願いがかなった!!」 というような、鮮烈な印象もないです。 ただ、いろんな色の刺繍糸を、集めるだけ集め、 それを編むことが楽しく、印象深かったかも。 あっ、それから、このコーナー、 わたし好きなのでやめないでくださいまし。 おねがいします。 ではでは。 Yuko Ornithy この人も、「やめないで」って、もう言ってるわ。 ミサンガ、もっと読む? 『私のミサンガ顛末話』 私の場合出産後に、世間では流行り終わりに 差し掛かっていたような時期に買いました。 色はショッキングピンクで、 デザインは魚網用?かなにかのような強靱な糸で ところどころかわいい色のビーズが編み込んであって 値段は100円でした。 お願いごとはズバリ産後太り解消!でした。 身につけて半年くらいのある日、急な事で 「親戚のおじさん」が亡くなってしまったんですよね。 お通夜もお葬式も腕に腕念珠はあっても ピンクのミサンガはないだろう?!と、 身につけていたミサンガが「場違いなモノ」に思えて、 急遽主人に頼んで、はさみで切ってもらったのを 覚えています。(自力じゃ切れなかったです) まさか、こういうことがあって 自ら願いごとを切る日がくるとは・・・ って思いましたよ。 不意なコトというのは予想せずに 小ぶりながらも派手なデザインの ミサンガをつけていましたから、 よくよく考えないといけないもんだなぁ〜とか、 ちゃんと生きてなきゃいかんな・・・・とか 考えさせられました。 人間、急なことがあると、 いろいろと普段の生き方を反省させられるものです・・・。 ミサンガは深いな・・・と、 少なからず私はそう思いました。 以上が私のミサンガ体験です。 みんはどうなのでしょう?気になります。 宮崎県・寛美 いや、別に、 「ミサンガ」という課題ではなかったのですが、 どうも、そういう企画だと考えられちゃったような気も、 ちょっとしますね。 自分のミサンガ体験が、ほとんどでした。 もうひとつ、ミサンガ以外の「愛したモノ」。 『なめ猫』 こんにちは。はじめてお手紙を出させていただきます。 今から15年位前、私がまだ中学生だった頃 「なめ猫」という 学ランを着たニャンコちゃん達が ちょっとしたブームになりました。 ブロマイドを集めて お友達と交換したりしてたんだけど、、、 私の思い出の品々は、 父の転勤に伴う引越しの度に消えていく。 MITSUKO TAKAHASHI 「転勤」かぁ・・・。 愛を引き裂く要素のひとつですね。 「なめ猫」流行っていたのは知ってたけれど、 ブロマイドの交換までやっていたんですか?! しかも中学生が、ねぇ。 さ、読者に心配おかけしつつ始まったこの連載。 どうなるのでありましょう? ほんとはネタは、まだまだイーッパイあると思うんです。 探す、思い出す、ところから、はじめましょう。 で、思いだしたら、 どれほど愛したか、どれくらい冷たく捨てたかを、 レポートしてくださいね。 宛先は、postman@1101.comです。 |
1999-08-14-SAT
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ここは、「愛されない虫の広場」に変わって、 |
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