2018年1月、
ほぼ日の学校が始動しました。

これからいったい、
どういう学校に育っていくのか。

そのプロセスの出来事や、
学校にこめる思いなどを、
学校長・河野通和が
綴っていきます。

ほぼ日の学校長

河野通和(こうの・みちかず)

1953年、岡山市生まれ。編集者。

東京大学文学部ロシア語ロシア文学科卒業。

1978年〜2008年、中央公論社および中央公論新社にて
雑誌『婦人公論』『中央公論』編集長など歴任。

2009年、日本ビジネスプレス特別編集顧問に就任。

2010年〜2017年、新潮社にて『考える人』編集長を務める。

2017年4月に株式会社ほぼ日入社。

ほぼ日の学校長だよりNo.72

「月の舟 世界の海へ」

 「万葉集講座」第5回の講師を務めたピーター・マクミランさんは、自分の会社に「月の舟」という名前をつけています。そうです、『万葉集』からの命名です。

 天(あめ)の海に 雲の波立ち 月の舟 星の林に 漕ぎ隠る見ゆ (巻7、1068)

 「天空の海に白雲の波が立って、月の舟が、星の林の中に、今しも漕ぎ隠れて行く」(伊藤博訳、『万葉集釋注四』集英社文庫)

 巻7の冒頭に置かれた歌で、「柿本人麻呂歌集」から引かれています。「私にとって、この歌はとても美しい。読むたびに、ああ、日本に来て良かった、と思います」――マクミランさんは感に堪えない様子で語ります。

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 「表現の仕方がきわめて日本的。私は、この月は三日月だと思ったのですが、どうやら半月のようです。それを小舟に見立て、“舟”が星の林の中に漕ぎ出し、隠れようとしている‥‥。斬新な表現で、情景が鮮やかに浮かびます。これこそ日本人の歌ごころの真髄だと思います」。

 夜空を海にたとえ、雲を波に見立てます。雲間から見える三日月か半月の月は、たしかに舟のように思えます。天の姿をこういう地上の比喩であらわすと、いかにもロマンチックで、メルヘンのような趣が生まれます。

 「よくもまあこれだけ天象を並べたてて破綻をきたさなかったものと感心させられる。その秘密は、なんといっても、月の船が星の林に『漕ぎ隠る見ゆ』という印象鮮やかな結句にあることはいうまでもない」と述べたのは、大岡信さんです(『古典を読む 万葉集』岩波現代文庫)。天象をめぐる説話のうちで、古代日本人にもっとも深く訴えかけたと思われる七夕伝説を詠んだ歌ではないか、と推論しています。

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<それはたぶん、日本における恋愛、結婚の形態が、鎌倉期に入るまでは、男が女のもとに夜だけ通ってゆくいわゆる通い婚の形態をとっていたことと、深い関りのあることだろう。女はもちろん、男にとっても、七夕の牽牛と織姫の哀話は、自分たちの生活体験に即してみても十分感情移入できる伝説だった。
 「星の林に漕ぎ隠る見ゆ」という空想は、一年に一度逢うことのできた男と女が、一艘の船の中に相擁しつつ、林の奥へ漕ぎ隠れてゆく情景を思わせないではおかない。>(同)

 「月の舟」という社名にしたところ、「なんでそんなヘンな名前をつけたのか。温泉じゃあるまいし」と周りの人に言われたと、マクミランさんは笑います。4月から始まる新聞連載のタイトルも、「星の林に」としたくらい、特に“お気に入り”の歌なのです。氏の英訳を紹介しましょう。

Cloud waves rise

in the sea of heaven.

The moon is a boat

that rows till it hides

in a forest of stars.

 さて、この日の授業では、前半で、和歌を英訳する際の工夫や留意点、西洋の歌と日本の歌との違いを語っていただきました。また、『万葉集』を英訳した先行例と、マクミランさんがこの日のために用意した試訳を読み比べながら、もとの歌の語感や詩想、叙情性を改めて味わいました。英語に移し替える作業を通じて、初めてくっきり見えてくるものがあります。日本人の繊細な美意識、深い感情と優美な感性、表現の奥行き、はかなさを尊ぶ精神性‥‥などです。

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 そして、後半につなげる題材として、日本の象徴である富士山を詠んだ歌3首が紹介されました。

 田子の浦ゆ うち出(い)でて見れば 真白にぞ 富士の高嶺に 雪は降りける (巻3、318)

 「田子の浦をうち出て見ると、おお、なんと、真っ白に、富士の高嶺に雪が降り積もっている」(伊藤博訳、『万葉集釋注二』集英社文庫)

 我妹子(わぎもこ)に 逢ふよしをなみ 駿河なる 富士の高嶺の 燃えつつかあらむ

(巻11、2695)

 「いとしいあの子に逢う手だてがなくて、あの駿河の国の富士の高嶺のように、私の胸はひっきりなしに燃え続けるのであろうか」(伊藤博訳、『万葉集釋注六』同)

 富士の嶺(ね)の いや遠長(とほなが)き 山道(やまぢ)をも 妹(いも)がりとへば けによはず来(き)ぬ (巻14、3356)

 「富士の嶺の麓の、やたらに遠く長い山道、そんな道をも、いとしいそなたの許へと思えば、心軽々、すいすいとやって来た」(伊藤博訳、『万葉集釋注七』同)

 「田子の浦ゆ」の歌は、言わずと知れた山部赤人(やまべのあかひと)の代表作です。『新古今和歌集』では、

 田子の浦に うち出でて見れば 白妙(しろたへ)の 富士の高嶺に 雪は降りつつ

 になっており、『百人一首』にも採られています。いずれにせよ、白い雪をいただく富士山の美しく荘厳な姿を讃えた歌です。2番目の歌は詠み人知らずですが、当時、富士山は活火山だったので、燃える恋心を富士山の噴火にたとえています。その後も数えきれないほど詠まれた、燃える富士山の恋歌です。

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 3番目も作者不詳。山道の険しさと、それをもいとわぬくらいの恋心の激しさが対比的に歌われています。いまマクミランさんは『万葉集』の昔から現代の俵万智さんまで、「富士文学百景」というアンソロジーを編集しています。時代とともにさまざまな顔を見せながら、しかし日本人の魂にとって特別な存在であり続ける富士山を描いた日本の文学を、『百人一首』のひそみにならって、マクミラン流に展望しようという試みです。

 さて、和歌と短歌はどう違うのか、とマクミランさんが問いかけます。自分のことを表現する(個性を詠う)のが短歌であるのに対し、共有するたしなみを詠むのが和歌である――これが答えです。

 そこで、日本の伝統である和歌、短歌に詠まれてきた富士山を、授業の後半では、皆さんにも歌にしていただきます!――マクミランさんはこう呼びかけて、休憩に入ります。

 後半は、椅子の並びもすっかり変えて、4つの車座を作りました。マクミランさんは、「では富士山の絵を描いてみましょう」と、みずからお手本を示します。「太いペンで描きましょう! 淡い色は使わないで、クッキリ感のある絵がいいですね」。そして、「この富士山の絵に寄せて、皆さん、loveの歌を詠みましょう!」

 えッ! 教室中がざわめきます。興奮、緊張が、そのままこちらに伝染してきます。

 マクミランさんは、さらに皆を挑発します。『伊勢物語』第9段の「東下(あずまくだ)り」の歌――『新古今和歌集』にも収録された在原業平(ありわらのなりひら)の歌が紹介されます。

 時しらぬ 山は富士の嶺 いつとてか 鹿の子まだらに 雪の降るらむ

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 これを読みながら、

 「在原業平はイケメンで文武両道。出会った女性に、一途に恋をします。しかも歌ごころがあって、即座に歌を詠む。それが日本人なんですね。皆さんも即座に歌を詠みましょう!」 

 「loveというのは日本文学で重要なテーマです。『百人一首』のうち約60首はラブ・ポエムです。つまり、日本人はだいたい6割の時間、loveについて考えています」

 さぁ、みんな、できるだろうか? さすがに学校長は不安です。ドキドキしている皆の様子が伝わります――。

 ところが、受講生が後で送ってくれた感想メールに、こんなことばがありました。

<グループになって富士山について一首詠むというのは、予想外だったが、追い込まれてなにげに詠んでいた自分にはもっと驚いた。>

 そうなのです。受講生一同、もちろん焦ったり、不安な様子は明らかでした。しかし、私が危惧していたのとは裏腹に、驚くほど短時間に、皆さんがそれぞれの歌を詠んだのです。

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 5分たったところで、マクミランさんが指名して、受講生のトップバッターが歌を披露しました。

 月照らす 富士の高嶺に 消えのこる 雪のごとなる わが思いかな

 うぉーというどよめき、拍手が起こります。あとは皆さん、「僭越ながら」と断わりながら、次々にloveの歌を読み上げます。夫を思う、妻を思う、恋人を思う、子を思う、亡き親を思う、若き日を思い出す、富士の雄姿を讃美する、等々。さまざまなloveが披露されます。車窓から見える富士の歌が多いことも特徴でした。英詩を書いた人も2人いました。

 教室中にウケた傑作(!)も飛び出します。

 あちこちに 富士と名のつく 山多し なれどわが赤城は ただの赤城山

 大好きで いつも見ている はずなのに あなたも富士も うまく描けない

 教室をまわりながら「ステキ!」「すごーい」を連発していたマクミランさんも、驚き、感嘆しているようでした。約半数、40数名の受講生が発表しました。

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 最後に、マクミランさんが熱く語ります。

 「皆さんに一番気づいてほしいのは、万葉の時代から日本人がそんなに変わっていないことです。1600年前にご先祖様が書いていた歌と、きょう皆さんが詠んだ歌は、そんなに違いはありません。ということは、皆さんは『万葉集』の遺伝子をしっかり継承しているんです。それ、考えたことあります? 考えたことないですよね。誇るべき、素晴らしいことなのです」

 「休憩時間に学校長が心配していました。みんな、歌を作れるだろうかって。大丈夫ですよ、と言いました。日本のどんな地方に行っても、皆、即座に歌が作れるんです。書けない所はどこにもなかった。私は体験として知っていました。皆さん、1600年前のご先祖様と同じ歌ごころを持っています。それはとても凄いことです」

 では、『万葉集』はいまの時代においてどういう意味があるのか? いま『万葉集』を読むことは、私たちに何をもたらすのか? 講義の冒頭で投げかけた問いを、マクミランさんはもう一度繰り返しました。答えは受講生にゆだねられています――。

 6月には、英語版『百人一首』カルタが完成するそうです。サイズはひとまわり大きく、外国人に馴染みのあるトランプに近い形をしており、読み札・取り札の2枚を組み合わせると1枚の絵になる絵合わせの要素も加わります。このカルタを通じて、日本のwakaを世界中の人たちに発信していきたい。こう語って、マクミランさんは講義を締めくくりました。

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 「月の舟」は世界の海へ漕ぎ出します。

2019年3月14日

ほぼ日の学校長