2018年1月、
ほぼ日の学校が始動しました。

これからいったい、
どういう学校に育っていくのか。

そのプロセスの出来事や、
学校にこめる思いなどを、
学校長・河野通和が
綴っていきます。

ほぼ日の学校長

河野通和(こうの・みちかず)

1953年、岡山市生まれ。編集者。

東京大学文学部ロシア語ロシア文学科卒業。

1978年〜2008年、中央公論社および中央公論新社にて
雑誌『婦人公論』『中央公論』編集長など歴任。

2009年、日本ビジネスプレス特別編集顧問に就任。

2010年〜2017年、新潮社にて『考える人』編集長を務める。

2017年4月に株式会社ほぼ日入社。

ほぼ日の学校長だよりNo.57

「古典と現代をつなぐ橋」

 先週の金曜日から土日にかけて、日替わりのイベントが続きました。

 11月9日(金)は、一日早い糸井さんの70歳バースデーパーティ! アルバイトの人たちを含めて総勢105名、バス3台を連ねて河口湖、西湖に向かいました。昼過ぎに河口湖に到着。午後の自由時間はワカサギを釣ったり、樹海ツアーに出かけたり、温泉まったりコースを選んだり(私です!)、それぞれでしたが、最後に集合したのは西湖のBBQ会場で、この日のお題は「たらふく」です。

糸井さん誕生日会

 糸井さんご贔屓の焼肉屋さんのお肉がどっさり、「カレーの恩返し」の“生みの親”ともいえるお店のカレーが7種(ココナッツ、ビーフ、インド、カシミール、マドラス、キーマ、マトン)、富士宮やきそば、釣れたてのワカサギのフライなどを、おいしく、たらふく食べようというのが大テーマです。

 そして、満腹になったところで、近くに移動。雨上がりに出現した満天の星空の下、キャンプファイアーを囲んで、ゲームをしたり、糸井さんに「世界に一つだけのプレゼント」を贈ったり‥‥。これだけの準備をいつの間にか進めていた宴会チームに感謝の巻です。

 さて、翌日は打って変わって、朝から“どっぷり”古典芸能の世界にひたる一日になりました。2006年に「木ノ下歌舞伎」を旗揚げし、京都を拠点に精力的な活動を続けている木ノ下裕一さんが、「木ノ下歌舞伎 秋の特別講座 キノカブの学校ごっこ」を開いたのです。全4日間、1日3コマ(各回100分)という時間割で、ご本人の熱血教室、特別ゲストによる講義、ワークショプがある、というので駆けつけました。

キノカブの学校ごっこ (「キノカブの学校ごっこ」主催:木ノ下歌舞伎/一般社団法人樹来舎、「隅田川 森羅万象 墨に夢」 実行委員会、墨田区)

 「ほぼ日の学校」の良き“ライバル校”のような気がしています(こちらの勝手な思いこみかもしれませんが)。というのも、この3月に初めて観た木ノ下歌舞伎「勧進帳」がとても心に刺さったからです。木ノ下さんと実際にお会いしたのは8月ですが、この「学校ごっこ」の話もお聞きして、これは参加しなければと楽しみに待っていたのです。

木ノ下歌舞伎『勧進帳』[2016] 木ノ下歌舞伎『勧進帳』[2016]
演出:杉原邦生 撮影:井上嘉和
提供:KYOTO EXPERIMENT事務局

 能・狂言の成立から、文楽が隆盛を迎え、歌舞伎が定着するまでの日本芸能史を一気に語り尽くそうという「木ノ下の勝手に古典芸能史」のレクチャー(第1回)を皮切りに、2限目は日置貴之さん(白百合女子大学准教授)の「歌舞伎のなかの現代、現代のなかの歌舞伎」という講義、最後にまた主宰者自ら登壇して、「木ノ下流・補綴(ほてつ)演習~入門編~」のワークショップという流れです。放課後、外に出てみると、すっかり秋の日は落ちて、火照った頭に冷たい風が心地よく感じられました。

授業風景

 木ノ下歌舞伎を実際に観たのは何しろまだ1回ですから、とてもエラソーなことは言えません。ただ、“古典演目の現代化”をめざすグループだと聞くと、いわゆる歌舞伎ファンは少なからず疑い深そうな表情を浮かべます。きっと歌舞伎の原作をテキトーにアレンジして、歌舞伎役者でない(つまり「型」を学んでいない)俳優に、わかりやすい現代のことばで、いまふうの演技をさせている、気ままな“超訳”芝居をイメージするのだと思います。

 歌舞伎の“いいとこ取り”をして、自分勝手にやっている、胡散くさい人たちだと思えるのでしょう。

 授業を受けて、つくづく良かったと思いました。とくに3限目の「補綴」の演習には軽いショックを受けました。木ノ下さんは当たり前のようにしゃべっていましたが、木ノ下歌舞伎がどのように作られるか――その一端を垣間見ただけでも収穫でした。

 「補綴」ということばは専門的です。いったい何のことでしょう? 「ほてつ」(または「ほてい」)と読みますが、芝居の世界では、主として既存のテキスト(台本)を再編集して、新たな台本を作ることを意味します。木ノ下さん自身はこう語ります。

<“補綴”とはその時々の公演や新解釈、演出家の色(カラー)に合わせて、原作を編集する作業のことで、木ノ下歌舞伎では資料収集から脱稿まで約1年かけて取り組みます。そこで作られた補綴台本を元に、稽古場で演出家と相談しながらさらに大幅な改訂を加え、上演台本に仕上げていきます。いわば<作品の土台>です。>(「木ノ下歌舞伎のレシピ」、『木ノ下歌舞伎叢書2/三人吉三』所収)

 オリジナルの台本(古典)を切り貼りし、新しい解釈を反映させ、自分たちの上演にふさわしい台本を作り上げていくための、最初の基礎的な作業です。問題は、この過程をどれだけ入念に、手間ひまをかけて行うか、ということです。

 聞いて、驚きました。「そこまでやるか!」のレベルでした。手順はだいたい、こんな流れです。

(1)古典の「素読み」――原作にまっさらな気持ちで向き合います。

(2)「異本読み」――歌舞伎の台本はいくつものバリエーション(異本)があります。時代や地域(江戸・上方)や役者の家によっても上演台本が異なります。それらの現存する台本をできるだけ集めて照合します。とくに“画期的”とされる上演台本は、注意深く丁寧に読み込みます。当時の時代背景との関連は、『定本武江年表』(ちくま学芸文庫、上中下)などを使って調べます。

(3)「底本(ていほん)定め」――異本を読み込んだ上で、どのテキストを公演の底本(拠りどころ)にするかを決定します。

(4)調査――演目にかかわる資料をなるべく多く集め、ひたすら読み込みます。なぜこのセリフでなければならないのか? なぜこの解釈なのか? 歌舞伎以前の能・狂言の影響は? あるいは文楽の影響は? 俳優独自の「型」がいったいどんな演技だったのか? 芸談や評論、学術論文、写真、浮世絵のチェックなど、あらゆるものを渉猟します。一般の図書館、地方の図書館、もっとマニアックな問題になれば、早稲田大学の演劇博物館、松竹の大谷図書館、神田神保町の古書街などの力を借ります。

 ここまでが、作品を「精読」していくプロセスです。演目がどのような変遷を遂げながら現代に伝わってきたか。作品受容史の全体像が見えてくる「楽しいプロセスだ」と木ノ下さんは言います。

 ところが、ここから先は難行(なんぎょう)です。「一度食べたものを吐き出すような」苦しい行為だと言うのです。

(5)大テーマ決め――自分たちの方向性を決める。

(6)補綴ノート作成――大判の原稿用紙一面に「ハコ書き」と呼ばれる構成表を書きます。全体の設計図の作成です。現物を見せてもらいましたが、「幕や場面の順番や、一幕ごとの分量の計算、幕ごとに強調したいテーマ、補綴時に大切にしたい事柄」などが、小さな文字でびっしり書き込まれています。井上ひさしさんの創作ノートも凄いものでしたが、細かさにおいては木ノ下さんが上を行きます。現行の歌舞伎ではカットされる場面を復活させたり、いまの演出では見えてこないドラマ性をすくい上げるのも、この段階です。

補綴ノート

(7)台本書き――補綴台本はすべて古語(歌舞伎のことば)で書く、といいます。全体の体裁やト書きも歌舞伎台本のスタイルを踏襲するそうです。えッ! と驚かされました。「そのまま歌舞伎でも上演できる台本」をめざすのだといいます。なぜでしょう? 時間があれば質問したかった点ですが、いずれ確かめたいと思います。

 ともあれ、古典をわかりやすくするためだけに、ましてやウケ狙いの“現代化”をめざしているのではない――古典を今様のテンプレートに安直に押しこめているのではない――ことは、この一事をもっても明らかです。

 ちなみに、(6)、(7)で使っているのは、浅草・満寿屋の原稿用紙――。400字詰め、ルビ罫なし、クリーム紙、グレー罫の品番「K1」で、これを愛用した作家たちの顔が次々と思い浮かびます。木ノ下さんの気合が伝わります。

 さて、授業はここで場面が転換し、「百人一首」の和歌を使った「補綴」のワークショップに切り替わりました。残念ながら、(8)から先はいったん「お預け」になりました。

 次の段階では、おそらく上演を委嘱する演出家に補綴台本が手渡されるのでしょう。そして稽古場で、俳優の肉体を使いながら、古語で書かれたセリフを現代口語に訳したり、演出プランを練り直したり、「現場補綴」の作業が始まるはずです。「演出家と相談しながら」と先の説明にはありましたが、“相談”というのは、納得のいくまでとことん議論しながら、という意味でしょう。

 木ノ下さんが示す方向性と、演出家独自のプランを擦り合わせ、腑に落ちる「上演台本」に仕上げるまでにどれほどの道のりがまだあるのか、どんな試行錯誤が続くのか、稽古場を一度見せてもらいたいと思いました。俳優たちの役づくりもいったいどんな感じなのでしょう?

 さて、明けて日曜日は「Hayano歌舞伎ゼミ」の課外授業として、受講生全員で歌舞伎座に「11月公演昼の部(午前11時開演)」を見に出かけました。演目は、

(1) お江戸みやげ 川口松太郎作、昭和36年初演の「新作歌舞伎」

(2) 素襖落(すおうおとし) 福地桜痴作、明治25年初演の「松羽目物(能や狂言を模した舞踊劇。舞台の背景に松が描かれている)」

(3) 十六夜清心(いざよいせいしん) 河竹黙阿弥作、1858年初演の「世話物(江戸時代の町人社会を扱った当時の現代劇)」

 という3つの作品です。

課外授業受付

<「へ~、あれも、これも、歌舞伎。歌舞伎って色々あるんですね」と、スタイルの全く異なる演目を楽しんで下さい。>

 ゼミを主宰する早野さんが「見どころ」をコメントしています。用意された「チラシ細見」という資料も秀逸でした。「歌舞伎座百三十年 吉例顔見世大歌舞伎」という11月公演のチラシには、どんな情報が盛り込まれているのか。主要ポイントを抜き出して、詳しく解説してあります。わかっているつもりで案外わかっていなかったことが、実に簡潔に書かれています。水先案内人(そして通訳)のありがたさを改めて感じた次第です。

チラシ再見

 受講生には、歌舞伎座初体験の人もいましたし、「昼の部」に続き、そのまま「夜の部」も見て帰るというベテランの方もいらっしゃいました。歌舞伎歴もさまざまですので、次回の授業では、それぞれの感想を聞いてみたいと思います。

2018年11月15日

ほぼ日の学校長

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