2018年1月、
ほぼ日の学校が始動しました。

これからいったい、
どういう学校に育っていくのか。

そのプロセスの出来事や、
学校にこめる思いなどを、
学校長・河野通和が
綴っていきます。

ほぼ日の学校長

河野通和(こうの・みちかず)

1953年、岡山市生まれ。編集者。

東京大学文学部ロシア語ロシア文学科卒業。

1978年〜2008年、中央公論社および中央公論新社にて
雑誌『婦人公論』『中央公論』編集長など歴任。

2009年、日本ビジネスプレス特別編集顧問に就任。

2010年〜2017年、新潮社にて『考える人』編集長を務める。

2017年4月に株式会社ほぼ日入社。

ほぼ日の学校長だよりNo.27

「世界でひとつの
『ハムレット』」

 学校」なんだから宿題を出してみては、という話から、シェイクスピアの『テンペスト』をできるだけ読んでくるようにと、前々回の授業の最後にお願いしました。

 さて、どれくらいの人がちゃんと“予習”してくるかな? と思っていると、驚きました。「読んできた人?」と講師の串田和美さんが尋ねると、9割以上の人がサッと手を挙げました。凄いことです。

 ワークショップもやりました。『テンペスト』の舞台となる島をイメージし、そこに溢れるいろいろな「音」をみんなの声で表現しよう、という課題です。3つのパートに分かれ、海の底からはどんな音が聞こえるか、空をわたる風はどんな感じか、それと人の話し声を思いつくままに、というバラバラのテーマに取り組みました。

 海の底からは、誰かの不思議な笑い声が聞こえてきました。“酔いどれ船”に乗って沈んだ死者の声でしょうか? 各人各様の声が響きます。

 意外に苦労していたのが「人の話し声」。日常生活に近すぎるテーマのせいかもしれません。いずれにせよ、人の声には温もりがあって、イメージがどんどん膨らみます。

 ただ、それが合わさったとき、全体がどのような“和音”になっているのだろう? 外で見ていた人に後から尋ねると、感動して、思わず涙ぐんでしまったと言われました。中央にスペースをもうけ、イスを楕円形の3列に並べた教室のレイアウト。真ん中の空洞の上部に、人の声が輪のように浮かんで、音の雲ができたみたいだった、と。

 講座の回を重ねるごとに、みんなで一緒に「場」を創り出そうという空気が徐々に強まっている気がします。当初願っていたことが、こんなに早く、スムーズに、確実に進むとは予想以上でした。

 芝居の稽古を終えて、遅れてやって来た木村龍之介さん(シアターカンパニー・カクシンハン)は、ドアを開けて入ったら、「おっ、演劇やってる」と思ったそうです。教室全体が脳や身体をフル稼働して、「イマジナティブに声を出しているな」と。

 4月26日、木村さんの2度目の講義も、この教室の勢いとパワーを活かさない手はない、ということになりました。ちょうど4月15日には上演中のカクシンハン「ハムレット」を、受講生の希望者と一緒に観劇する予定です。芝居を観てから参加する授業。そこで何をやるかは、木村さんともども私たちの知恵の絞りどころです。

 ハムレット』の原作は、もちろん全員に予習してきてもらおう! と決めました。すでに木村さんの初回講義の際に、二手に分かれて、冒頭シーンの掛け合いをやっています。二人の歩哨、バナードーとフランシスコが登場してくる場面です。

バナードー
誰だ。
フランシスコ
なに、貴様こそ。動くな、名を名乗れ。
バナードー
国王万歳!
フランシスコ
バナードーか。
バナードー
そうだ。
フランシスコ
よく来てくれた。時間厳守だな。
バナードー
ちょうど十二時を打ったところだ。帰って休め、フランシスコ。
フランシスコ
では、交替だ。助かるよ、ひどい寒さだ。

それに、どうも気が滅入る。
バナードー
異常なしか。
フランシスコ
鼠一匹、出やしない。
バナードー
じゃ、おやすみ。

ホレイシオとマーセラスに会ったら、俺の相棒だ、急ぐように言ってくれ。(『新訳ハムレット』河合祥一郎訳、角川文庫

 木村さんがこの時、解説してくれました。シェイクスピアの時代には印刷された『ハムレット』の本があるわけではなく、俳優たちもそこで初めてセリフを目にします。おそらくは、抜き書きされた自分のセリフだけが手渡され、それを読み上げながら、芝居の展開をイメージしたはずです。

 あらすじがわかっているわけではなく、“見えないもの”に向かって、それを想像しながらセリフを発する。そこに芝居づくりの醍醐味もあったに違いない、と。

 さぁ、皆さんは、シェイクスピア一座の俳優です。ロンドンの人気劇団の役者です。これから2ヵ月後に上演します。演目は『ハムレット』。では、第1幕第1場の稽古を始めましょう。こういう想定です。

 バナードーとフランシスコ。お互いに相手のセリフは知りません。全体が書き込まれた台本を読み上げるのではなく、相手のセリフを聞き、それに反応し、直接的なことばのやりとりから芝居が立ち上がります。そうやってオープニング・シーンをつくりましょう。

 ちょっとワクワクしました。こういうセリフだったのか、という発見。木村さんが語りかけます。「ここにシェイクスピアがやってきたとします。こう言うかもしれません」。

 私はこの芝居を、自分は誰だ? 生きるとは何か? を問いかける作品にしたかった。だから、最初のセリフも『誰だ』とストレートに問うている。つまり、『何ものか!』という気持ちを強くもって、ここはセリフを言ってもらいたい。暗闇で相手が見えない。誰がそこにいるのかわからない。そういう不安を抱きながら」

 なるほど、シェイクスピアが断然おもしろく迫ってきます。文字の羅列をなぞっているのでなく、ことばの応酬が生き生きと感じられます。「ことばが取り交わされる。その瞬間、心が動きます。この動いている心が大事で、それを味わいましょう。シェイクスピアはライブですから、この感覚を体験しましょう」と木村さん。演出家の授業とはこういうものかと感心しました。

 受講生は、それをすでに体験してきています。ということは、『ハムレット』をただ“予習”するのではなく、さらに自分だったらこういう演出をしてみたい、と考えてみるのがいいかもしれない。それを実際に試してもらえばもっとおもしろいかもしれない、というプランも浮上しています。

 その際、ひとつの手がかりになるのは、木村さんの持っている文庫本です。主要なページに、これでもかと言わんばかりの書き込みがあります。演出家の意気込みが伝わってきます。

 本はきれいに読むもの、読みたいもの、と思っている方も多いでしょう。けれども今回ばかりは、『ハムレット』を1冊、徹底的に汚してみてはどうでしょうか。気に入ったセリフの脇に線を引き、欄外に感想を書きつけ、付箋を何本も立ててみてはどうでしょう? 演出のヒントがきっと浮かんでくるような気がします。

 宿題の最終案までには、さらに想を練りたいと思います。いずれにせよ、従来とまったく違うシェイクスピアの読み方――世界でひとつの『ハムレット』の楽しみ方をみんなでそれぞれ模索してみては、と夢がふくらみ始めています。

2018年3月22日

ほぼ日の学校長

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