2018年1月、
「シェイクスピア講座」で
「ほぼ日の学校」は始動します。

そこに向けて、
いままさに「制作中」の様子や
学校にこめた思いなどを、
学校長・河野通和が
綴っていきます。

ほぼ日の学校長

河野通和(こうの・みちかず)

1953年、岡山市生まれ。編集者。

東京大学文学部ロシア語ロシア文学科卒業。

1978年〜2008年、中央公論社および中央公論新社にて
雑誌『婦人公論』『中央公論』編集長など歴任。

2009年、日本ビジネスプレス特別編集顧問に就任。

2010年〜2017年、新潮社にて『考える人』編集長を務める。

2017年4月に株式会社ほぼ日入社。

ほぼ日の学校長だよりNo.13

「古典ベスト・テン(その2)

— 痛みをともなった3回目」

「古典ベスト・テン(その2)

— 痛みをともなった3回目」

前回「アスペン・セミナー」について書いたところ、ほぼ日のイベント「19歳になったら。」(2017年6月6日、TOBICHIで開催。)に来てくれた大学1年生からメールをもらいました。高校生の時に「アスペン・ジュニア・セミナー」に参加した、というのです。

2008年から日本で行っている高校2年生を対象にしたプログラム。ソポクレスの『アンティゴネー』や『旧約聖書』の「創世記」、森鴎外「かのやうに」などの「古典」をテキストに、「より善く生きるには」、「何のために学び、働くのか」、「大切にしたい価値」といったテーマについて、参加者同士が語り合います。

こちらは「エグゼクティブ・セミナー」のような合宿型ではなく、3ヵ月間、1都3県の各校生徒が月に1回集まるスタイルです。「どの古典を読んだ時も議論がいつまでも尽きず、2時間で3ページも読み進められないこともしばしばでした」、「古典を皆で読んでいて一番楽しかったのは、『このような読み方しかできない』と自分で決めて固まっていた視点が、他の人の意見によって崩されていく時でした」とメールにあります。

ふだんは縁遠い「古典」に向き合い、自分の意見を述べ、「対話」を通してそれを深めるーというのは、まさにこのセミナーの醍醐味です。

そんなメールをもらったので、もう少し詳しく「アスペン・セミナー」のことを述べたいと思います。「ほぼ日の学校」とも、「古典」を学ぶ場として響き合うものがたくさんあると感じるからです。

アメリカ・コロラド州アスペンにあるアスペン人文科学研究所は、1950年に設立されました。設立者のW・P・ペプケという人は、ドイツ移民の父とドイツ移民2世の母のもとでシカゴに生まれ、CCA(コンテナ・コーポレーション・オブ・アメリカ)という国内最大のパッケージ会社を創業します。

1943年、たまたまロッキー山中にあるアスペンを訪れ、雄大な自然に囲まれたこの地の風光に魅せられます。それが、1970年代以降、アスペンが高級リゾート地として世界に名を馳せる転機になります。

彼は、冬場のスキー・リゾートであったアスペンを、通年型リゾートとして整備する構想を抱きます。そのなかで、この地をアメリカにおけるヒューマニズムと文化再生の拠点にしたいという夢を描きます。

このとき、具体的な推進力になったのが「グレート・ブックス」運動でした。シカゴ大学の理事でもあったペプケは、「グレート・ブックス」を発展させたシカゴ大学のR・M・ハッチンス学長らと昵懇(じっこん)の仲でした。

夏季に、さまざまな人々が各地から集まり、寝食をともにしながら「古典」を学び、対話し、交流するセミナーのアイディアが宿ります。

1949年、ペプケはアスペンで「ゲーテ生誕200年祭」をプロデュースします。自らのルーツであるとはいえ、ドイツの文豪の大フェスティバルを、戦後間もないこの時期にアメリカで(しかもコロラド山中で)行うという発想そのものがユニークです。

ゲーテの生き方、思想について異分野の人々が一堂に会するこのイベントを契機に、アスペンの名を世界に知らしめ、また現代文明の課題を乗り越える新しいアイディアをセミナーから生み出したいと願ったのでした。

席上、シカゴ大学のハッチンス学長は、次のようなスピーチを行います。

「現代は専門化、瑣末化が進み、このままでは狭量の専門家によって社会が占拠される危険を感じる。文明にとって最大の脅威は、無教養な専門家によるものである」

学長が危機を訴え、そして課題の解決策として重視したのが、人と人とのコミュニケーションの回復でした。

20日間の日程で行われた会議には、アルベルト・シュヴァイツァー(ドイツ人の医師であり、神学者・哲学者・オルガニスト、1952年ノーベル平和賞受賞者)、ホセ・オルテガ=イ=ガセット(スペインの哲学者、名著『大衆の反逆』で知られる)、アルトゥール・ルービンシュタイン(ポーランド出身の世界的ピアニスト)、ソーントン・ワイルダー(アメリカの作家・劇作家、代表作に『わが町』)などが参加しました。

翌年、ペプケはアスペン人文科学研究所を設立します。「古典」に立ち返り、そこから現代の問題を見据え、各界のリーダーが対話する、という「アスペン・エグゼクティブ・セミナー」を立ち上げます。

さて、ここから元の話に戻ります。前回の最後で、「アスペン・エグゼクティブ・セミナー」に参加した日本の企業人たちが、一様に感銘を受けて帰国したことをお伝えしました。1977年夏に初めて参加した富士ゼロックス元会長の小林陽太郎氏をはじめ、アスペンで「目からウロコが落ちた」という人たちが、日本でもアスペンのようなセミナーをやるべきではないか、と考え始めます。

1980年代後半には、そのパイロット的な試みがいくつか行われます。そのひとつとして、八ヶ岳高原ロッジ、そして完成間もない八ヶ岳高原音楽堂を使った、2泊3日の合宿セミナーが開かれました。

参加者は学者、企業人、官僚、ジャーナリスト、シンクタンクの研究員ら、錚々(そうそう)たるメンバーでした。海外からの参加者も数名いました。同時通訳が入り、使用言語は日本語でしたが、これになぜか30代半ばだった私が、「勉強になるから」というひと言に誘われ、大胆にも紛れ込んでしまったのです。

いまだに冷や汗が流れる体験でした。「知恵熱が出そうだ」というのは、まさにこのことです。絶対的に人生経験が足りませんでした。意見を言おうとして思いつくトピックは、すべて人から聞いた間接情報や、本で読んだ「知識」に過ぎません。裏付けとなる確証や信念がいかに脆弱で、乏しいか。隠しようもない事実を突きつけられました。

編集者という仕事を、なんと上すべりな調子でやり過ごしてきたのかと、本当に情けなくなりました。与えられた「古典」のテキスト集を前に、自分の底の浅さを思い知らされました。

これが「グレート・ブックス」との3度目の出会いです。『世界の名著』、『アメリカン・マインドの終焉』での出会いは、平穏な日常のひとこまでした。今回ばかりは、痛みをともなう“事件”でした。

4度目は、こうして1998年4月に発足する日本アスペン研究所が正式な活動を開始した後にめぐってきます。日本版「エグゼクティブ・セミナー」のテキストづくりの中心を担った哲学者の今道友信さんの講義を、もっと一般向けのレクチャー・シリーズとして展開できないか、という企画の相談を受けたときです。

このアイディアはいい具合に成就して、先生の肉声による対話型の講義に私自身も触れることができました。盛況の様子を眺めながら、「古典」を学びたいと思う人がいまも少なくないことを、うっすら感じたのが2000年を過ぎたあたりです。

今道さんは日本での「アスペン・セミナー」の活動に終始協力を惜しみませんでしたが、このセミナーの目的について、こう語っています。

アスペンでの対話は、情報交換ではありません。同じテキストを材料にして、共通の基盤の上に共通の問題を見つけて、対話していくわけです。テキストの何ページの何行目かを、まず指定して、問題を提起する。みなさん同じ文章を見ているのに、違う考えが出てきます。それは素晴らしいことなのです。共通の土壌から、個人が出てくる。個性や差異性を自覚できるわけです。これが大切であり、生きてゆく喜びにもなります」(樺島弘文『小林陽太郎ー「性善説」の経営者』、プレジデント社

自分と違う個性や差異を認めること、これがリーダーシップの要諦(ようてい)であると今道さんは考えていました。しかも、「リーダーとは、自分から挨拶する人だ」、「リーダーは、地位に無縁である」とも語っています。

「リーダー論」として非常に興味深い議論なのですが、これについてはいつか改めて触れる機会があればいいと思います。

2017年12月13日

ほぼ日の学校長

*「ゲーテ生誕200年祭」にピアニストのルービンシュタインが招かれているように、アスペンは音楽祭でも有名です。セミナー以外の文化イベントの立ち上げには、ペプケ夫人エリザベスの貢献が大きかったようです。戦後アメリカを代表する外交官ポール・ニッツェが、彼女の兄だというのも興味深い事実です。

「ほぼ日の学校長だより」は、
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