南会津対磐城農

一年生とスキー部の力を借りて
3人の3年生が目指す、最初で最後の甲子園。
南会津高校のでこぼこナインの
一回戦を追いかけることにした。

場所は、白河グリーンスタジアム。
最寄り駅は、ええと、白坂駅。

地図などを調べると、白坂駅からは1.3キロとある。
うーん、歩けなくはないが、ちょっと遠い。
バスがあったりするといいんだけど。
ま、そのあたりは、必殺「駅で素直に訊く作戦」で。

と思って、駅に降り立ったはいいんだけど‥‥。





まさか、無人駅とは思わなかった‥‥。
ようこそ、とぼくを出迎えるは、
真っ赤なポストばかりである。

すいませーーーん。
どなたかーーー。

白河グリーンスタジアムというところに
行きたいんですが‥‥。

いや、まいった。
これはちょっと、無理である。
交通機関の糸口もない。
というか、白河グリーンスタジアムへ
東北本線をつかって来る素人は
きっとぼくくらいなのであろう。

ていうか、こうしてはいられない。
試合時刻が迫っている。
バスもタクシーもなく、
相談する人も見あたらないというのなら、
そりゃもう歩くしかないでしょう。

いちおう、住所はiPhoneに送っておいたから、
よいしょ、地図を出して‥‥。

んんんん‥‥?
ご覧になって、わかるかしら。
画面の左上、親指の近くにあるのが
白河グリーンスタジアムなんですけど、
どうやら、白坂駅からは、
黄色で表された国道を行く以外ないらしく、
こう、ぐるっと回らなきゃいけないみたい。
おいおいおい、これ、絶対、1.3キロじゃきかないぞ。


ていうか、四の五の言ってらんないわ。
だってほら、選択肢がないからね。
ともあれ、行こう、ぶらり福島途中下車の旅。
おやおや永田さぁ〜ん、今度はどちらへぇ?
否、途中下車ではないし、ぶらりでもない。






さかしらに自分の苦労をひけらかすようで申し訳ないが、
炎天下であり、撮影機材などもっており、汗だくである。
途中、ひらめいて、
高校時代以来となるヒッチハイクも試みてみたが、
きょうび、こんな大荷物もったおじさんが親指を向けても
ドライバーのみなさんは怪訝な顔をするばかりである。






日陰で一瞬休憩し、ふと前方を見て気づいた。
道が、崩れてる。これ、震災の影響?



ああ、やっぱりそうだ。
見ると、道のあちこちに爪痕がある。
アスファルトは欠け、歩道は不自然に隆起している。

あちこちの高校と球場を訪れるため、
移動するうち痛感することは、
福島県は広い、ということである。

調べてみると、全国47都道府県のうち、
福島県の面積は北海道と岩手県に続く
3番目の広さで、だいたい東京の6倍くらいある。
東西にも、南北にも、たっぷり距離がある。

だから、震災の影響も、放射線量も、
地方によってまちまちだ。
たとえば郡山では駅前から少し離れると、
修復中の建物がふつうにあったが、
南会津を訪れたときは、
揺れの物理的被害はあまり感じなかった。

そして、白河グリーンスタジアムのあるこのあたりは、
地図で見るとずいぶん内陸に思えるが、
道が崩れるほど揺れたのだ。

さぁ、たっぷり40分ほど歩いて、
着きました、白河グリーンスタジアム。
着いたと同時に入口で案内の係を務める高校生に
「こんちはっ!」と元気に挨拶され、
うれしくなって「こんにちは!」と返す。
ついでに、写真撮っていい? と訊いて、
シャッターを切る。



そしてそこからさらに、歩いて、のぼって、
ふう、ふう‥‥‥‥あっ、いた!





おーーい、みなみあいづーー。

そうそう、観に来たんだよ。
いや、あんまり気にしないで。
とにかく、がんばって。

いや、それにしても、間に合ってよかった。
試合開始時刻を過ぎてるから、
はじまってると思ったんだけど‥‥
わ、第一試合、すごい試合だね。
9対8でこれから最終回。
それで、間に合ったのか。

試合前の準備をはじめる南会津ナイン。
あいかわらずのでこぼこ具合。
なにせ、ほとんど1年生ですから、
小さいというか、失礼ながら、幼い印象すら。
ああ、この12番の彼は、
ユニフォームがぶかぶかだ。





あ、監督。
いえ、試合前ですからお話はけっこうです。
がんばってください!



マネージャーの酒井さんも3年生。
彼女にとっても、最初で最後の夏。

ノックがはじまりました。
いや、なかなか、どうして、
監督、さまになってますよ。
本業がスキー部だとは思えないほど‥‥。


あっ、12番の彼は、キャッチャーなのか。
しかし、それにしても、
かわいいというと失礼だけれども

ボールを渡すさまが、
なんだか、ほんとにかわいらしく。

目を転じると、サードはユキヤくん。

めずらしい、左利きのセカンド、星雄太くん。

そして、今日の試合の運びは、
この人のできに因るところが大きい。
エースの五十嵐くん。

相手は、グリーンのチームカラーが印象的な
磐城農業高校。
なんと、このチームは部員が11人。
3年生5人、2年生3人、1年生3人と
上級生の人数は多いものの、
部員数だけでいったら南会津より少ない。

たまたまぼくは南会津を取材したから、
こっちの応援席に座っているけれど、
逆であってもまったくおかしくない。

そういう縁とか、気まぐれに近いもので、
観戦するときの目線が変わってしまうのは、
高校野球を娯楽として考えるとき、
よい特長のひとつだとぼくは思っている。

そんなわけで、
磐城農業の関係者のみなさん、すいません、
今日はぼく、南会津目線です。



さぁ、試合開始です!
先攻は磐城農業。



いきなり先頭打者がセンター前ヒット!





そして盗塁!
しかし、キャッチャー室井くん、
それを鮮やかに刺す!
「野球がいちばん上手いスキー部」こと、
ショート、タツヤくんのポジションもいい。







しかし、その後、
左中間へのヒットなどで1点を失う。
でも、いけるいける、大丈夫。



その裏、2番、キャプテンの馬場くんが
フォアボールを選んで一塁へ。
内野ゴロで2塁へ進む。
バッター四番、3年生のユキヤくん。





打った! 一二塁間を破る!
2塁ランナー、馬場くん、
3塁を回ったところでストップ!
ツーアウト一三塁、チャンス。



ところがここで
明らかに雲行きがおかしくなり‥‥。





降ってきました。





ああ、これはかなり強い。





これは中止かな、と思った。
けれども、勝手ながら、そりゃ困ると思った。
日程がずれたら、それに合わせて
観に来られるかどうか、わからない。

やんでくれ、晴れてくれと思った。
少なくとも、ずっと降るという予報ではなかった。
向こうの空は、明るい気もする。





やんできた。
よし、やんできた。





よし、よし、晴れてきた。
そもそも同点のチャンスだったんだ。

ベンチでなごやかなムードの南会津ナイン。
ほどよくリラックスしてるみたい。



屋根のあるバックネット裏では
高校生たちがもりもり弁当を食ってました。
わっ、すげえ量のバナナ!





係員が出てきて、放射線量を調べます。
雨で中断したあとは、
再度の計測が義務づけられているのです。
野球を観ているとつい忘れそうになるのですが、
そう、いまは、そういう状況にある。



大丈夫みたいです。
試合再開へ向けて、
グラウンド整備がはじまります。





南会津のナインも再開へ向けて動きはじめます。
キャッチボールをはじめた五十嵐くんに、
スタンドからOBの方が話しかけます。
五十嵐くん、立ち上がりに打ち込まれていたから
ちょうどよいインターバルになったかも。





約1時間の中断を経て、試合再開です。





そうだ、同点のチャンス。
ツーアウトながら、一三塁。
打席に、ピッチャーの五十嵐くん。





打った! セカンド、後逸!
同点っ!!
たぶん、記録はエラーだと思うけど、
あそこは明らかに新しく土の入ったところ。
磐城農業はアンラッキーだった。
逆にいうと、南会津、ついてる。







その後、両チームともにランナーを出すが
ともに、しのぐ。いい試合だ。



正直に告白すると、
ぼくは、試合がはじまる前、
とにかくコールドゲームに
ならなければ‥‥と思っていた。
だって、公式戦2戦目のチームだから。
結成当時は、中学生のチームに
完敗していたチームだから。

けれども、大丈夫、いい試合だ。
流れがきたら、いける。
しのいでいけば、チャンスがくる。

しかし、4回表‥‥。





ツーアウトながら、満塁のピンチ。
がんばれ、五十嵐。





打った! セカンドへ!
さばいて、スリーアウトチェンジ!
左利きのセカンド、ナイスプレイ!





つづく5回表も先頭打者に
セーフティーバントを決められて、ノーアウト一塁。
いやなムードが漂う。
そして、ランナースタート、
バッターは打ちに行くが空振り三振!
キャッチャー室井くん、セカンドへ! アウト!
なんと、三振ゲッツーだ!

思わずぼくはスタンドで声をあげた。
急造チームだったはずなのに、
三振ゲッツーだ! すげえ!



まだ出塁がない3年生、圭吾くん。
このシャイで無口な3年生にもがんばってほしい。
ちからの入ったスイングで叩きつける!
が、なかなか抜けない。



5回を終わって、同点。
正直、上出来だと思う。
けれども、ここまできたら、勝ちたい。



しかし、6回表、ランナーを三塁に背負う。





そして、ついに右中間を破られる。
磐城農業高校、1点勝ち越し!
その後もランナーを背負い‥‥。





押し出しのフォアボール。
磐城農業高校、この回、2点目。



ここで、ベンチから伝令。
背番号13番、五十嵐達徳くんがマウンドへ。
内野手が集まる。
うん、なんていうか、チームだ。
ちゃんと、チームになってる。
がんばれ。





6回表は、2点で抑えるが、
その裏、南会津は無得点。
そして、7回表、ピッチャー交代。
センターの斎藤くんがマウンドへ。







変わった斎藤くんを攻めて、
磐城農業、7回表、1点追加。
そのうら、五十嵐君がレフト前へヒット!





セカンドへ進み、
バッターは3年生、圭吾くん。
しかし、ランナーを返せず。
7回を終わって、4対1。



そして、8回表、さらに追加点を奪われ、4点差。
うーん、終盤、これ以上の点差は厳しい。
4点を負う、8回裏。
南会津、猪股監督が動く。
代打、トオルくん。
おお、野球センスのあるスキー部、
小さなトオルくん登場。



打った! 
叩きつけた打球がショートへ!



内野安打! ナイスバッティング、トオルくん。

さぁ、ここでバッターは9番打者ながら、
センス抜群のタツヤくん。
今日もショートとして、
難しい打球をいくつもさばいてきた。
スキー部だからって、なめちゃだめだよ、この子は。



打った! 右中間を深々と破る!
一塁ランナー、トオルくんはそれを見て、
走る、走る、走る‥‥。











ホームイン! 1点返した!

「あのスライダー、狙ってたよ」という
スキー部らしからぬ発言をするタツヤくん、
三塁ベース上で、スキー部らしからぬガッツポーズ!
いやぁ、センスあるわ。かっこいい!

この回は1点どまり。
さあ、最終回だ。まだまだわからない。
それにしても、9回まで来たよ。
コールドにならないどころか、互角に渡り合ってるよ。
よし、まずは9回表をおさえよう。



え、ピッチャー交代?
トオルくんが投げるのか!



ピッチング練習するトオルくん。
かなりさまになってる。
こちらも、スキー部とは思えない。

ぼくはこの交代を見ながら、
猪股監督の意思を感じました。

この大会が終われば、
3年生の3人はいなくなってしまう。
スキー部と兼任している5人が抜けると、
また野球部は成り立たなくなってしまう。

たぶん、秋以降の新チームを見据えて、
トオルくんをマウンドに送ったんだろうと。
じゃないと、最終回をスキー部の子に
投げさせる意味がないですから。

ともあれ、ここはもう、おさえるしかない。
がんばれ、トオルくん!



センターフライ! ワンアウト!



ゴロで打ち取って、ツーアウト!
さあ、あと一人だ。ゼロに押さえよう。



見逃し三振! 三者凡退!







いい流れだ。最終回、行こう!
最後の円陣になるのか。
かけ声は、「4点取るぞ!」
打順は、四番ユキヤくんから。







打った、セカンドへ!
捕って、一塁へ。アウト!





声援におされて、五十嵐くんが打席へ。
しかし、三振!
‥‥‥‥ツーアウト!



あとひとり。
打席に、1年生のヒロシくん。
ぼくはふと、ネクストバッターボックスを見た。

待っているのは、3年生、圭吾くん。
この試合は、まだいいところがない。
最後に、無口な彼に、回してあげたい。

あ! デッドボール!
ヒロシくん、一塁へ!

回ってきた、圭吾くんに回ってきた。

圭吾くん、素振りをくり返しながら、
バッターボックスへ。
最後の夏の、最終回のバッターボックスへ。

すごく正直な感想を言えば、
圭吾くんに、タツヤくんたちのような
天性の野球センスはないのだと思う。
けれども、彼は、3人だけの野球部で
あきらめずに最後まで野球を続けてきた。
それで、最後の夏に、
最後の打席が回ってきた。

そういう思いが、
観ているぼくに勝手にあふれて、
ぼくは夢中でシャッターを切っている。

そして、この場面にぼくは
もっとも胸を締めつけられる。

圭吾くんは、バッターボックスのなかで、
素振りをくり返していた。

たぶん、もどかしいのだ。
終わるかもしれない夏を前に、
きっと、自分がもどかしいのだ。

打席のなかで、圭吾くんが
何度も素振りをくり返す。
まるで、いますぐにちょっとでも上達したいのだ、
とでもいうように。

打席を外して、
自分の時間をつくる余裕などなく、
圭吾くんがぶんぶんと素振りをくり返す。

まるで、ぜんぶが終わるまえに、
ちょっとでもできることを
やっておきたいのだというように。

振ってくれ、とぼくは思った。
見逃さないでくれ、とぼくは思った。
振ってくれ。そして、できれば当たってくれ。
そのあとは、もう、しかたがない。
振ってくれ。できれば、当たってくれ。

打った! 痛烈!
ピッチャーへ!

ピッチャーはそれをがっちりと捕った。
一塁へ。

万事休す。

ところがそれが、それるんだ!
なんでもないピッチャーゴロだったはずなのに、
送球がそれるんだ。

こういう場面をぼくは何度も観てきたはずだった。
それなのに、驚いて、絶叫して立ち上がる。

ともあれ、つないだ!
圭吾くんが、つないだ。



しかも、一三塁だ。チャンスだ。
最終回、3点差で、ツーアウト一三塁だ。
この試合はじめて、
磐城農業高校の内野陣がマウンドに集まる。

まだ、いける。
さぁ、ここで、バッターは‥‥。

ああ、トオルくんだ。
なんていうめぐり合わせだ。

がんばれ。打て。何かを、起こせ。

打った。

曇り空へ舞い上がる。



ショートフライ。
試合終了。
5対2。
磐城農業高校、勝利。





よく、がんばったと思う。
ほんとうに。





おつかれさま、南会津高校。





試合後はみんな静かで、
張り詰めているものを
ぎりぎりこらえている感じだった。

でも、キャプテンの馬場くんの、
たぶん、先輩だと思うんだけど、
その人が3年生の彼を
がんばったなと言って抱きしめてね。



そうしたら、もう、あふれてしまって。

あと、長く泣いていたのが、このふたり。

マネージャーの酒井さんと‥‥。

トオルくん。

もう、ぼくは、こうなるとダメで、
まったくコメントなんかとれなくて、
しょうがないから、空ばっかり撮ってる。

取材を終えた監督が戻ってきて、
3年生と握手をすると‥‥。

こらえていた、
ユキヤくんと圭吾くんもあふれだした。

もう、ぼくは、
こんな写真でも撮るしかない。





若き、猪股監督に話を訊いた。

監督、いい試合でしたね。

猪股監督
「ええ。こんな試合になるとは‥‥」

びっくりするぐらいいい試合でしたね。
あの、勝つかと思いました。

猪股監督
「ははははは、ほんとですね。
 結果を求めずに、
 一所懸命やった結果じゃないですかね。
 よくやったと思います。
 1年生もほんと、がんばってくれたし」

エラーも、まぁ、あったけど、
だいぶ、なかったですよ。

猪股監督
「そうですね(笑)」

いろんなミスもあったけど、
だいぶ、なかったですよね。

猪股監督
「攻撃のミスはありましたけど、
 でも、攻めないと力がないので
 点数取れないですからね。
 だからもう、ミスしてもいいから、
 ガンガンいった結果なので」

うん。いいヒットもかなり出ましたしね。

猪股監督
「そうですね。ほんと。
 スキー部も、野球部も打ちましたし。
 いや、よかったです」

最後、3年生、圭吾くんもつなぎました。

猪股監督
「つなぎましたねぇ(笑)!
 いやー、ほんと、昨日もみんなと話したんですけど、
 田舎もんも泥臭くやれば、
 そこそこになるんだな、と」

いえいえ。

猪股監督
「スキー部の子にもいい経験になったと思います。
 スキーってやっぱりどうしても個人競技なので
 選手がわがままになりがちなんですよ。
 こう周りが見えなくなるというか、
 自分以外はどうでもいいっていう子が
 多くなっちゃうんですけど。
 こういうのを経験しておくと、違うかなぁ、と」

あーー、なるほど。

猪股監督
「もちろん、野球部にとっても大きいでしょうし」

ピッチャーの五十嵐くんは、
まだまだ伸びそうですしね。

猪股監督
「そうですね。
 まだまだこれからほんとに」

あと、トオルくんも、
身体ができてきたら、ちょっと楽しみだなぁと。

猪股監督
「そうですねぇ(笑)」

彼、スキー部とは思えないくらい
悔しそうに泣いてましたし。

猪股監督
「うん(笑)。
 いや、ほんと、今日はよかったです」

おつかれさまでした。

猪股監督
「おつかれさまでした!
 こんなチームを取材してくれて
 ありがとうございました」

いえいえ、とんでもない!
監督、これから帰りですか?

猪股監督
「はい、トンネルを抜けて帰ります(笑)」

あの、監督、すいません、
車に空き、あります?

猪股監督
「え? ありますよ」

すいません、あの、
駅で落っことしてってくれませんか。
ぼく、今日、白坂駅から歩いてきたんですよ。

猪股監督
「えーーー、ほんとですか!
 いや、送ります、送ります。
 新幹線ですか?
 新白河駅まで送りますよ」

いやいや、ほんと、近いところで、
通り道でいいんで。

猪股監督
「いやいや、まぁ、とにかく、
 乗ってください」

すいません、よろしくお願いします。