作家はまじめに「プロポーズ」したけど、
編集者は、いちどは断った。

一冊のギャグ漫画本が生まれるにあたり、
漫画家と編集者との間に、
どのようなやり取りが交わされたのか?

読者の側にはわからない、
一冊の本の裏側の「真剣勝負」について、
当人同士に語っていただきました。

もちろん、ここで紹介するのは、
ひとりの漫画家とひとりの編集者による、
ひとつの「場合」。

旗の台の街を歩きながら、
断片的に交わされた会話を繋ぎあわせて、
全3回として、おとどけします。

担当は、「ほぼ日」編集者の奥野です。

──
あらためて、ですが、
藤岡さんの真剣なプロポーズがきたとき、
藤岡さんの漫画って、
すでに、非常にウケていたわけですよね。
フォロワーさんも、たくさんいたりして。
藤岡
まあ、そうですね。
──
それでも「まだ、本にはできない」って、
編集者の怖さ‥‥ですかね?
藤岡
村井さんがつくる本は、
やっぱり、他とはちょっと違うんですよ。
さっき「好きな本」として挙げた
史群アル仙さんの『今日の漫画』とかも、
ぼくと同じく、
ツイッターにアップしていた作品を
村井さんが一冊にまとめたものですけど、
多くのウェブ発の漫画本にはない、
こだわりやねらいがあって‥‥。
──
その人の作品を、紙にまとめるだけでは
本づくりじゃないと思うって、
村井さん、さっき、言ってましたもんね。
藤岡
だから、「そうか、仕方ないな」って。
──
村井さんの場合、手がける本を
「ノルマ」のようには考えてないから、
ジャッジが厳しいんでしょうか。
村井
藤岡さんのおもしろさはこんなもんじゃない、
それくらいでウケてていいのか、
もっともっと、
おもしろいはずじゃないのかという気持ちは、
つねに持っています。
──
編集者というのは、作家に対して、
「この人には、もっとある」と思っている?
村井
本当は、いち読者として、客観的に
「藤岡さんの漫画って、こんなだよね」
「こういう部分が、おもしろいよなあ」
って思っていたいんですけどね。
でも、いったん、自分が本をつくるとなると、
「藤岡さんには、
まだ、みんなが気づいていない、
もしかしたら、
本人でさえ気づいていないおもしろさが
絶対にあるはずだ、
それが何か、見極めたい、見つけ出したい」
という気持ちが芽生えてくるんです。
──
それが編集者の性分、なんですかね。
村井
まあ、欲というか、醍醐味というか。

──
でも、編集者が考える「おもしろさ」と、
作家が考える「おもしろさ」って、
つねに一致してるとは限らないですよね。
藤岡
そうですね、それは。
村井
もちろんです。
──
じゃ、そこで、ぶつかり合うわけですか。
藤岡
ぼくは、いまでも、
声を出してゲラゲラ笑えるような漫画を、
いちばん描きたいし、
それがいちばんおもしろいと思ってます。
──
村井さんに描いてくれと言われた、
詩情や余韻や文学性を感じる作品よりも。
藤岡
はい。
村井
でも、それは、そうだと思います。
作家にとっていちばん大切なことって、
「それでも、理解してもらえること」
じゃないかと思うんです。
──
おもしろさのポイントがズレていても、
それでも、
自分の作品を理解してくれる人の存在。
村井
ええ。
──
その最初の一人が「編集者」ですよね。
村井
そうですね、その人の本をつくるには、
その人にまるごと惚れ込む、
その人の大ファンでなきゃ無理ですね。
ただ、いちばんのファンじゃダメです。
──
どうしてですか?

村井
編集者って、自分の大好きなこの作家を、
きっと、みなさんも
同じように好きなるよってことを、
証明するような仕事だなあと思うんです。
だから、ただ自分が好きなだけだったら、
とても一冊の本にはできないです。
──
ああ‥‥なるほど。
村井
それだと、読者を狭めるだけですから。
ですから、みんなが「おもしろい!」って
思ってくれるのは、
この人のどういう部分なんだろう‥‥って、
いつも、考えています。
──
ある意味、本人以上に、
本人について考えていそうな気がします。
村井
そうですねえ、考えてますね。とことん。
作家ともじっくり話し合って、
「ここ、いいよね。こっちもおもしろいよ。

こんなおもしろさも見つけた!」
って、みんなが、その作家の作品を囲んで、
口々に言い合っている場面を、
そのまま本にできたらいいなと思ってます。
──
なんだか、みんなの集まる「公園」を、
つくってるみたいです。
村井
そう、一冊の本にするからこそ、
「いいよねえ、ここ、おもしろいよね!」
という、共感の場をつくりたい。
それが本をつくる意味だと思うんです。
──
そうやって、今回の場合は、
藤岡作品にひそむ「文学性」に着目して、
一冊の本にまとめたわけですけれども。
村井
そのために、漫画と漫画の合間に、
藤岡さんの文章を、挟むことにしました。
さらに、「詩」をお願いしてみることを、
思いついたのですが、
それがまた、ぴったりはまったんです。
──
ああ、入ってましたね、詩。
村井
とくに最後のほうに載せた「先生へ」が、
素晴らしいと思っています。
──
あ、あれも詩でしたか。手紙かな、と。
村井
手紙のように読める詩として、
すごく魅力的な作品になっていると思います。
最後「そんな本になればいいなと思います。」
で終わっているのもよくて、
本当に、そんな本になったんじゃないかなと、
本ができてからも、じんわり読み返しました。

──
共感という意味では、
すごく熱心な読者カードが届いてましたね。
先ほど、すこし見せていただきましたけど。
村井
藤岡さん、
あれ、めちゃくちゃ嬉しいと思うんですが、
編集した自分も、本当に嬉しくて。
──
それは、読者と「共感」できた、
藤岡さんの魅力を共有できた嬉しさですね。
村井
そういう意味でも、たしかに自分は、
藤岡さんの最高のファンの一人なんだけど、
でも「いちばん」じゃない。
ぼくは「みんなと同率1位の大ファン」に
なりたいんだと思います。
──
編集者が「いちばん」になっちゃったら、
本にとっては、
もしかしたら、よくないかもしれないと。
村井
そうですね。藤岡さんの漫画は好きだし、
おもしろさも十分に理解してる。
描きたい漫画の方向性も知っているけど、
だけど、
果たして本当にそれだけでいいのかって、
本をつくりながら、問いかけてますから。
──
よき理解者であると同時に、
「それだけでいいのか?」を突きつける、
厳しい伴走者って感じですか。
藤岡
ぼくは、村井さんは、
この本の監督をやってくれたと思います。
個々の作品をつくったのは自分ですけど。

この本の監督は、村井さんです。
──
一冊の本という「場」づくりは、
「村井監督」がいないと、できなかった。
藤岡
たぶん、自分ひとりで本をつくったら、
自分の性格的に、
納得いくまで徹底的にやったと思います。
でも、村井さんにお願いしたのは、
いっしょにつくったほうがいい本になる、
そう思えたからです。

──
そういう関係って何に似てるんですかね。

パートナーって言葉だと、薄い気もする。
村井
自分と作家さんの間柄を考えると、
互いに選び合ってる、対等な関係ですね。
藤岡さんも選んでくれてるし、
ぼくも藤岡さんを選んでるし、みたいな。
──
へえ、結婚みたい。
村井
ああ。そう、そうかもしれない。結婚か。
──
結婚相手って「伴走者」だし、
ある場面では急に「鬼コーチ」だし(笑)、
もちろん「好き」ではあるんだけど、
「いちばんの大ファン」という感覚でも、
ないような気もしますし。
相手に対して、冷静な目があるというか。
村井
そこは、絶対に必要だと思います。
──
でも、そのときに、漫画家さんとしては、
「編集さんに、気に入られよう」
という気持ちにはならなかったんですか。
藤岡
それは、なかったですね。

それやっちゃうとダメだと思ったので。
だから、けっこう苦労はしましたが、
あくまで、
胸を張って自分の漫画だと言える範囲で、
リクエストに応えたつもりです。
──
結婚だと思うと、少々危ういですよね。
あまりに、
相手に気に入られようってしすぎたら。
村井
ただ、「本物の結婚」と大きく違うのは、
明確な「終わり」があることです。
──
そうか、いっしょに作品を生み出したら、
ぱっと別れて、別々の道をゆく。
村井
そう、次の本のことは考えず、
目の前の一冊を最高のものにするために、
互いに、どれだけ協力し合えるか。
何を、共通のテーブルに、出し合えるか。
──
それが、編集者と作家の「結婚」。
村井
はい。

先生へ

藤岡拓太郎

こんにちは。お元気ですか?

僕は元気です。

今度、本を出すことになりました。初めての本です。

先生は最近なにか面白いことありましたか?

僕は今日、公園であれを見ました。

カメラを持ったお母ちゃんにうながされて、
ピースして一時停止してる子供。

あれを見るとラッキーと思います。

あの瞬間の子供の、ぎこちない笑顔が好きなのです。

(ちなみに今日の子は、
どこにでもあるような花壇のふちに立たされて
ピースしていました)

笑顔へたくそやなあこいつ、と吹き出しそうになりながら、
自分もこんな顔してたなと懐かしくもなります。

そしてその作り笑顔を「解除」した瞬間の顔。

あの顔だけ集めた写真集をいつか作りたいと思います。

それにしても、わが子が遊んでいる最中にカメラを向けて
自然体のその瞬間を切り取ればいいものを、
母親というのはどうして、ああいちいち
動きを止めて写真を撮るのでしょうか。

その上なぜか、なかなかシャッターを押さない
ところがあります。不思議です。

カメラと言えば、写ルンですが近ごろ再ブームのようです。

うつるんですと聞くと、僕の中ではまず「伝染るんです。」
という漫画が頭に浮かびます。これは十一歳の夏休みに
従弟の家で初めて読んで笑い転げた本です。

その時はじょうずに笑えていたはずです。

完成したら、一冊お送りします。

先生の、いつも機嫌のいいところが好きでした。

そんな本になればいいなと思います。

(おわります)

2017-12-08-FRI

1/

藤岡拓太郎『夏がとまらない』

Amazonでのおもとめは、こちら。

どういう人が、この本に出会うのだろう。

つねに新鮮な笑いを求める
飽くなきギャグ漫画好きは、もちろんだ。

担当編集者の村井光男氏のように、
そこここに秘められた詩情や文学性‥‥
そんな、ある日のこと。

ほぼ日乗組員Sの
かかりつけのカイロプラクティックの、
患者がごろんと寝転がる診療ベッドの、
あの顔をスポっとはめるホールのその先に、
『夏がとまらない』が。

ええ! こんな出会い!

なんでも、
こちらのカイロプラクティックの先生が、
藤岡さんの漫画の大大大ファンらしく、
こういったかたちで、
独自の普及活動をされているのだそうです。

都会人の疲れをいやす
人気カイロプラクティックの
ベッドの顔はめホール越しに読む
『夏がとまらない』。

突っ伏してる患者さんが、
小刻みにふるえだしたりしないのでしょうか。

次のページが読みたいときは、
先生に、めくってもらうのでしょうか。

おそるべし、藤岡拓太郎の世界。

(このサービスは、しばらく継続するとか)