BOOK
男子も女子も団子も花も。
「婦人公論・井戸端会議」を
読みませう。

時代はダンスを求めている
(全3回)

第1回 レッツ・ダンス!

第2回
肉体は表現の「引き出し」

糸井 ダンスに出会う前とそのあとでは、
何がいちばん変わりました?
小松原 私は遊ばなくなりましたね。それまではバレエや
お芝居やってるときも、結婚してからも、毎晩、
遊んでたんです。朝まで麻雀したり、
寝ないでゴルフ行ったり、競馬も好きで。
だけど、そういう遊びに何の関心もなくなっちゃった。
だから六〇年代から八〇年代まで、私、世の中のこと、
何にも知らないんです。フラメンコしか興味がなくて。
SAM 僕もそういう時期がありました。二十歳の頃に
ダンスで食っていこうと決めたんですが、
それから十年くらいはダンスのことしか考えなかった。
今は踊りのことは常に頭の中にありますが、踊りと仕事、
そして家庭というのを分けて考えているような……。
糸井 すごく素朴な質問なんですが、踊りって、人が見てなくても
踊りたくなるものなんですか。
SAM 自分が楽しむためだけに踊りたいということは、
かなりあります。
小松原 私はお客さまがいて、はじめて踊ろうという気持ちに
なりますね。きょうは調子が悪くて踊りたくない
って思っているのに、お化粧して、衣装つけて、
舞台に出る瞬間が近づくと、だんだん自分が変わっていく。
若い頃は、今のディスコじゃないけど、
よくダンスに行ってたし、タンゴとかジルバとか、
ああいう自分たちが楽しむ踊りもすごく好きでした。
だけどフラメンコについては、どういう踊りをしようかと
鏡の前で踊ったり、ギタリストと合わせたり
ということはしますけど、そこでは自分の本当の力は
出ない。それが、客席を目の前にすると違っちゃうんです。
人に見られて踊っていることの、すごい緊張感と喜びが
入り混じったもの、それがまあ、やめらない
っていうんでしょうか。
糸井 お二人とも自分で振り付けなさってますが、
この踊りはお客さんにはウケるだろうけど、
本当は自分はこうしたくない、ということも
あると思うんです。
SAM TPOを考えることは、けっこうあります。
TRFでコンサートをやる場合は、広く一般のお客さんが
来てくださるので、自分たちのこだわりの動き
という芯は押さえつつも、できるだけわかりやすく、
わかりやすくという……。簡単に言ってしまうと、
派手になってしまうところがあります。
で、クラブとか、マニアックな人が集まるところだと、
そのつどダンスの流行みたいなものがありますから、
そういうツボははずさず、派手ではないけれど、
通にはよくわかるというような振り付けをしたりとか。
糸井 お客さんの理解度みたいなものを、ある程度、
計算に入れているんですね。
SAM あとは、これが新しい踊りなんだよと、
こっちから訴えようとするときもあって、
お客さんがわからなくても、そんな動きを
取り入れる場合もあります。
小松原 私も、「これをやりたい」というものを自分で仕掛けて
発表する公演のときもあれば、先方からの要望もあって、
フラメンコのごくわかりやすいものをやることもあります。
テクニックはこうです、こう音を聴いて、
こう動くんですよ、というのを理解しやすいような。
糸井 歌舞伎教室の公演みたいなものですかね。
小松原 よく、「フラメンコの見方は?」と聞かれますが、
私はものを見るときは、先入観をもたないで見て、
「これは何かしら」というふうに感じるのが
本当じゃないかと思うんです。だから不本意だけれど、
自分がやっていることを多くの人に理解してもらいたいし、
フラメンコを好きになってほしいと思うので、
ディス・イズ・フラメンコみたいな易しいプログラムも
やるわけです。
フラメンコでは、「サパテアド」という足を鳴らす
ステップがあります。あれも、タカタカ、タカタカと
ずっと長いことやって、汗が飛び散ってというと、
ウワァすごいなぁとか言って拍手がくるんですが、
本当は十分も二十分もやっていれば
いいというものじゃないんです。
そういう人、多いですけど。(笑)
糸井 バンドでいうと、やたら長いドラム・ソロとか、
妙にウケたりしますね。
SAM 拍手をとりにいく、みたいな。
小松原 あれ、いちばんイヤなんです。
とにかく、フラメンコの基本は「音」なの。
踊りだけど、音がいちばん大切。
だから、「いい耳してるね」と言われたら、
その人は踊る資格があるということなんですよ。
スタイルや顔より耳。そうして音を自分でつくっていく。
で、自分の心を表現していく。だけど今のお客さまは、
ステップのタカタカをただ長いことやってるだけで
拍手するんですね。それ、イヤだけど、
必要なときもあって。
SAM お客さんを盛り上げるために。
小松原 そう。そうしてまず引っ張り込んでおいてから、
次に、こういう踊りだというのを見せていく。
糸井 なるほど。フラメンコには一貫した振り付けというものが
あるんですか?
小松原 自由なようで、厳密な約束事はあります。
糸井 SAMさんの場合は?
SAM 振り付けのあるものと、アドリブで踊るパートがあります。
小松原 それは同じですね。私たちも、群舞の場合は
そうはいきませんけど、ギターと歌の人と、
そして踊り手が一人ですと、大まかなことは
決まっていても、あとは自由にやったりします。
すごく素敵なギターの音が聴こえてくると、
自分はここで足のステップをやろうと思ってたんだけど、
ギターに聴きほれちゃうじゃないですか。
そうすると、それに合わせた違う振りが出てきたりね。
糸井 そういう話が羨ましいんですよ。
SAM 究極のセッションといった感じですね。
ジャズ・バンドみたいな。
小松原 うん、ジャズに近い。
SAM 僕がやっているダンスは、もともと一人で
踊るものなんです。振り付けもなくて、音楽がかかると、
自分が感じたままに好きに踊る。
それが、大勢で踊ったら迫力あるだろうなとか、
いろいろな経緯があって、何人かで踊るという振り付けに
定着してきているんですね。
糸井 基本は一人なんだ。
小松原 そういう面はすごく似ています。フラメンコの初期は
まったく一人で自由にやってましたから。
今は舞台芸術というふうになってきて、
振り付けられたものから個性を出していく傾向に
なっています。だけど私は、素晴らしいギタリストと
歌い手がいれば、何にもお稽古しないで
パッと舞台に出るのがいちばん好き。
糸井 そのとき感じたままを踊る。
SAM 僕もクラブのイベントに呼ばれたときなんかに、
普通に音楽に合わせて踊るんじゃなくて、
DJがレコードをスクラッチして、
それとの掛け合いで踊るというのが好きです。
全部アドリブで、すごく緊張感があって、
やり甲斐ありますね。
糸井 ジャズの話が出ましたが、山下洋輔さんのお宅に
遊びに行ったとき、マラカスとかウクレレ、
タンバリンとか、楽器を部屋中に散らばしてあって、
山下さんが「フリージャズやろう」って言い出したんです。
楽器をメチャクチャに鳴らして、自由に音を出せば
いいんだって。ところが僕はピアニカ弾いてて、
十分もたつ頃には、ずっと同じ音、同じリズムの繰り返しに
なっちゃう。一方の山下さんは楽器を持ち替えたり、
リズムを変えたりして、次々と新しい音を出すんですよ。
つまり、「めちゃくちゃでいい」と言われたけど、
白紙を与えられても、絵の具の種類を持っていなくて、
同じ色でマルを書き続けるみたいに、
僕には引き出しがない。それに気づいたとき、自由に、
思うまま何かを表現するっていうのは
恐ろしいものだなって感じました。
小松原 たくさんの引き出しが必要だとは言えますね。
素敵な音を聴いたら、そこで新しいステップが
生みだされることもあるけど、基本的には、
持っているものがないとできないことってあります。
糸井 プロの踊り手の方は、動きの貯金が脳の中に
いっぱいあるんでしょうね。
小松原 脳なんでしょうけど、やっぱり、
体がそれに対応できるという訓練がいつもあるので……。
SAM 訓練がないと、頭でわかっていることも、
できませんからね。

(つづく)

第3回 「好き」がいちばんの資質

1999-09-11-SAT

BACK
戻る