BOOK
男子も女子も団子も花も。
「婦人公論・井戸端会議」を
読みませう。

第1回 モノに変えて味わう快感

第2回
お金は使って完成品になる
糸井 邱さんは先ほど、金に執着するなとおっしゃってましたが。
ええ。
お金をたくさん持つより、
お金を上手にコントロールするほうが
大事だということなんです。
今はお金って紙幣になったから四角いけど、
昔から(指で丸い形をつくって)マルというように、
お金はもともと丸いもんなんです。
糸井 さっそく哲学的だなぁ……。
そうすると地球みたいなもので、
自分が立っているところからは、裏側が見えない。
つまり、お金を儲けている人は、
儲けるところしか見ていない。
お金を使う人は、使うところしか見ていない。
本当は全部クルリと回らなきゃいけないのに、
両方できる人は少なくて、
たいてい片側だけやって死んじゃう。
糸井 人生、意外に短いですから。
そう、反対側まで回りきれない。
儲ける人は、儲けただけで終わるし、
使う人は使う一方で終わっちゃう。
中村 私です。(笑)
そういうふうに、
お金は一つのものであるにもかかわらず、
それの扱い方は分業になってるの。
中村 そうだったのか……。
糸井 そうだったのね。
でも、儲けただけ、使うだけ、というのでは
半製品で、儲けて使ってはじめて
お金は完成品になるんです。
ところが現実には、親父が稼いで息子が使う、
旦那が稼いでカミさんが使うとか、
そういうの多いでしょ。
私は、一人で完成品にする努力をすべきだろうと
思うんです。
糸井 それ、いいなあ。
私自身、ここ何十年、
すべてそういう形でやってきました。
金儲けも、まあ少しは……。失敗も多いけどね。
中村 失敗もなさるんですか?
だって私は、失敗した話を毎回読み切りで
『週刊朝日』に30回も連載したんですもん。
中村 少なくとも、30回は失敗があったということですね。
そのほかに書かなかった分もありますから(笑)。
ふつう、金儲けする人は、
次にもたいてい同じことをやるんですよ。
スーパーマーケットのあとに
コンビニエンスストアやるとかね。
勝手知ったることをやるわけだから、失敗しないです。
でも僕はね、
やっぱり芸術家の端くれみたいなところがあるから、
事業も同じことをやるのはイヤなのね。
そうすると、一回一回が初めてやることだ。
それで、一回一回しくじる。
そして中村さんがエルメスのハンドバッグ買うのに
喜びを感ずるように、
僕は、新しいことをやって失敗することに、
喜びを感じてるわけ。
中村 仙人のような方ですねぇ。(笑)
で、お金を完成品にするためには
使わなきゃいけないんだけど、
僕は銀座のバーに行く趣味もない。
友だちを見てると、1ヵ月に何百万も払ってる人が
けっこういるんですよ。
でも、同じ酒で、氷も同じで、
他より3倍も5倍も高い値段をとるような店に
僕はお金を払いたくない。
これが「吉兆」なんかに行って食事代が10万円でも、
料理の技術料があるから、そういう金は払うけど。
糸井 納得のいかないものには、払わない。
ただ、そんなことしてるとお金が貯まっちゃうでしょ(笑)。
貯めないためにどうするかというので、
46、47歳のときに車をロールス・ロイスに替えたんです。
中村 ロールス・ロイスって、いくらくらいするんでしょう。
今、7台目に乗っていますけど、
いちばん高いときで3500万円でした。
でも私は月賦で買ったことはないんです。
自分でそれだけの金を一度に払えないなら、
そんな車に乗るもんじゃないと思っているから。
でもね、ロールス・ロイスというのも
手のかかる車で……。
糸井 ちょっと壊れても、簡単には直せないですよね。
しかも修理代が150万円なんてね。
今日も、運転席の鍵穴のあたりから
ボタンのようなものが抜け落ちましてね。
そしたら、こんな小さいボタンが1万8000円だって。
それから普通の運転手じゃダメでしょう。
ロールス・ロイスをちゃんと扱える、
特別に月給の高い運転手を雇わなきゃいけない。
糸井 そこまでがパーツというか、
車とセットになってるわけですね。
いろいろやっかいだから、
日本の車に替えたいと言ったら、
家じゅうに反対された。
今、車を替えたら、
金繰りが悪くなったと思われるからって(笑)。
一生、この車に乗ってるよりほかなくて、
だから、善し悪しなんですよ。
糸井 お金を使うのも、楽しいばかりとは限らないんですね。
中村 邱さんはクレジットカードなんか、
お使いにならないでしょうね。
カードですか。
(ポケットから財布を取り出し、広げながら)
私は香港のカードを持ってますが……。
糸井 おっ、今、「邱永漢の財布」を見たぞ!(笑) 
でも見た限りでは、黒革のごく普通の財布ですね。
分厚くもないし。
入ってる現金は10万円くらいですよ。
カードは、外国旅行をするときに使いますね。
カードがないと、ホテルさえ泊めてくれないですから。
中村 限度額いっぱいに使うことは?
そんなことしたら大変なことになります。
糸井 中村さんは、限度額いっぱい?
中村 私はカードの限度額というのを、
「予算」と勘違いしちゃうんです(笑)。
限度額が300万円ですよと言われたら、
300万円ほど買い物の予算がありますよというふうに……。
糸井 聞こえるんですね。
脳が、そう変換しちゃうわけだ。
中村 そうなんですよ。(笑)
糸井 どういう買い物の仕方をするんですか?
中村 ピークは5、6年前だったんですけど、
散歩とか食事とか何かしら理由をつけて外に出るわけです。
外に出たら、必ず行きつけのブティックに行く。
ブランドものを個人輸入しているような店ですね。
最初の頃は、これもいいわ、あれもいいわと、
欲しくて買っていたのが、
そのうちに、その店に行くと
何か買わないでは気がすまないようになるんです。
朝起きてコーヒーを飲まなきゃ気がすまないのと同じで、
習慣化してしまう。
糸井 欲しいものがないときは?
中村 なくても、無理やり買うんですよ。
これまでだったら、絶対に手を出さないような服を、
たまにはこんなのもいいかな、
なんて言い訳しながら買ったり。
糸井 貸しビデオ屋に借りたビデオを返しに行ったときと
似てますね。
そのまま帰るのが惜しくなって、
なぜか店内をひと回りして、
ついまた、つまんないビデオなんか借りちゃう。
中村 逃れられない輪廻みたいな(笑)。
でも私の場合、やっぱり病気ですね。
買い物依存症という。
─これを精神医学的に説明すると、
自分の居場所がない、自分に満足できない、
そういう寂しい女が空虚感を埋めるために
買い物という代償行為に走る、というものらしいんです。
でも私、2年前に結婚しましてね。
ひじょうに居心地のいい相手なんです。
買い物依存症のセオリー通りだったら、
私は結婚して自分の居場所を見つけたわけですから、
ささやかな幸せにどっぷり浸り込んで、
買い物による浪費もしなくなるはずなんですが、
これが違うんです。
糸井 治りませんか。
中村 それでも買い続けている自分がいる。
私の中では、買い物と寂しさを埋めるという心理は
別問題だったみたいです。

第3回 子供に財産は残すな

第4回 お金は寂しがり屋

2001-02-28-WED

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