BOOK
男子も女子も団子も花も。
「婦人公論・井戸端会議」を
読みませう。

独身上手と結婚上手の間で

第1回 ひとりの似合う男です

第2回 女帝は君臨する

第3回
「あきれさせたい」人々

篠原 あんたは何で結婚したのよ。
橋本 多分、シングルでいると淋しいからだよ。
違う?
糸井 正直に言うけど、ものすごく淋しいの。
僕はものすごくマイホーム主義で、
家で一日中、ベタベタしていたいの。
愛だけに生きていたいの。
橋本 何をいまさら。
糸井 許してくれよ。(笑)
橋本 あのね、人生の中で三日間それやると、
あとは大丈夫だよ。
糸井 いや、俺、
三日も四日もやってると思うんだけど……。
橋本 相手がやってくれないんだよ。
自分はその気になってるのに、
向こうはどこか醒めてて、
「あと三十分したら、
息吸いに外に出ていい?」みたいな。
糸井 そうなのか。
橋本 ホームに対する幻想があるんじゃない?
糸井 それはあるかもしれない。
子どもの頃から、
人んちは楽しいんだろうなって思ってたし。
だから一人でいるのとホームがあるのと、
どちらかしか選べないのなら、
ともかくホームを……。
橋本 それは内臓の弱い人の発想だよ。
糸井 ナニ、それ?
橋本 どこか心細い。
早い話が図太くないの。
クマさん、内臓強いでしょ。
篠原 俺、強い。
橋本 俺もすごく強いの。
糸井 俺だって、相当強いよ。
橋本 (二人で糸井氏をじっと見る)
でも胃弱でしょ。
篠原 胃下垂とかな。
橋本 胃下垂の顔ってあるんだよ。
糸井 バカヤロー!(笑)
篠原 養命酒の宣伝にある、飲み始める前の人の絵ね。
橋本 いくら食べても太れない。
篠原 腹に回虫のいる人。
糸井 (苦笑しつつ)あの絵でいうと、
養命酒飲むと小太りになるんだもん。
橋本 小太りを拒むこと自体、内臓が弱いのよ。
内臓が発達するときって、
筋肉に締めつけられるのがイヤなのね。
小太り状態で内臓野放しのほうがいいのよ。
糸井 布袋さまのようになるわけだ。
橋本 だから俺なんか、腰痛があるから
腹筋を強くしなくちゃいけないんだけど、
それ、なんか生理的にイヤなんだよ。
糸井 自分勝手で強引な説明だね。(笑)
橋本 『窯変源氏物語』を三年かかって書くとき、
何考えたかというと、まず太ろうと。
太って下っ腹が出てくれば、
三角形で安定した状態になって、
ずーっと机の前に座り続けていられるかと思ったんだよ。
そしたら、体こわした。
糸井 間違ってたわけね、要するに。
橋本 過剰はいけない。
でも俺は、外見ボロボロでも心は光源氏であるという、
矛盾した状態をキープしようと、
ある種、無謀な冒険に挑戦してたのよ。
糸井 光源氏は布袋さまみたいじゃなかったんでしょう。
橋本 ぜんぜん。
だから俺は原稿書いてる手首の先だけ
光源氏なの。(笑)
糸井 それで精子を撒き散らしてる。
右手が性器ね。
篠原 書いてるとき、頭でもの考えてないもん。
脳が手首まで移ってくる。
糸井 はあァ……。
あきれた人だなあ。
橋本 人をあきれさせるのって、すごく楽しいよね。
スターというと“輝きわたる"ってことだけど、
俺にとって、そういうスター性は意味ないのよ。
糸井 それより、あきれさせたい?
橋本 そう。
あきれ光線みたいなものを
バーッと放つ瞬間が充実してるわけ。
そういう人間は、
他人との固定的な関係って、
やってられないじゃない。
糸井 女房相手にあきれさせてもしょうがないしね。
橋本 そういうの、好きだけど。
糸井 でも、普通はバカにされるよ。
「何考えてんだか、この人は!」って。
橋本 大学生のとき、妹の友だちがうちに来たのよ。
あとでその友だちが言うには、
「橋本さんのお兄さんて、いきなり
『できたッ、これが回転レシーブだ!』って、
ゴロゴロ転げながら出てきたよね』って(笑)。
その頃から家でもあきれさせてたんだ。
ただ、そういう人間がいると、
家庭を守っている人には迷惑だよね。
糸井 家庭を守ろうとしたら、
見てない、聞いてないという方法しかない。
ただ景色のようにあると。
橋本 でも軽井沢の寮のように、
ハウスキーパーのおばさんが
ちゃんとそこを守っているような場所では、
俺、その片鱗も見せないよ。
「ちゃんと仕事をなさる偉い先生」で、
家の主の鑑のようになる。
糸井 書いてるときは、作品であきれさせるんだ。
篠原 俺もあきれさせるの好きだよ。
一トンのガラスを焼いたりしてさ。
そんなガラスの塊、見たことないだろ。
今やってる石のゲージツは、
四国の石切り場で、ドーンと発破をかけて石を採って、
それをコツコツと刻んでいくんだよ。
糸井 小さいことも好きなんだ。
橋本 クマさんの作品は、すごくキメが奇麗じゃない。
そういう緻密なことをする人って、
一方で何かバカバカしいことをやってないと
辻褄が合わないと思う。
篠原 バカバカしいことはけっこうやったね。
女と暮らしてて、
そろそろ別れようかというとき、
相手がどうしても別れてくれないもんだから、
布団の上でウンコしたことがあるんだ。
あきれて俺を捨ててくれるかと思ったら、
「可哀想な人ね」って、
かえって別れようとしないんだよ。
これは失敗だったね。
糸井 女はだいたい真面目よ。
ふざけたり、
人をあきれさせようと思って生きてる人は、
そんなにいないんじゃないの。
橋本 亭主がバカなことしてると、
この人の痛ましさを守るためにって、
女房が補完構造をつくるじゃない。
でも、あきれさせることに命かけてる人にとっては、
補完されるのがいちばんイヤだよね。
篠原 「あきれてろ」って言いたいよな。
橋本 最近、自分の書くものが、
仕掛けはすごくデカいんだけど、
作品全体は妙に緻密で繊細な気がしてるんだよ。
糸井 クマさんもそうだけど、
大胆と緻密、両方だよね。
篠原 俺なんかハンマーで、
コツコツ、コツコツ、
何億万回も石打つんだから。
糸井 何億万回って……表現は雑なんだよ。(笑)
橋本 石を打つのも精子放出だよ。
何億万回もやって、
でき上がるのは一つ。
篠原 それ完成させるのに半年もかかるの。
しかも、もう一つ並行してつくってるからね。
二人の女を相手にしてんだ。
大変だよ、ゲージツの道を選んじゃったから。
でも、シングルにはぴったりだ。
橋本 煎じ詰めれば、
他人の人生より自分の人生のほうが楽しいもの。

(続く)

第4回 「結婚」より「ゲージツ」

2000-08-06-SUN

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