BOOK
男子も女子も団子も花も。
「婦人公論・井戸端会議」を
読みませう。

独身上手と結婚上手の間で

第1回 ひとりの似合う男です

第2回
女帝は君臨する

糸井 さっきの話だけど、
クマさんは結婚してたとき家に帰らなかったんだよね。
僕は待つ人がいようがいまいが、
家に帰るのがすごく好きなのよ。
とにかく帰る。
橋本 家で仕事しないからだよ。
俺もクマさんも家には帰るよ。
だけどそれは、家に帰らないと仕事にならないんだもの。
篠原 ならねえの。
だから海外なんか行ったりすると、
イライラしてくるよ。
橋本 俺も一週間、家を離れて原稿を書かないだけで
イライラする。
糸井 じゃあ、ホームは守ってんだね。
橋本 俺にとってホームというのは、
家でも何でもなく、原稿用紙の前なのよ。
クマさんにとってのファクトリーも同じだよね。
そこから切り離されるのがすごくイヤで、
夾雑物が入って机の前に座ることを邪魔されるのも
またイヤ。
人がいても別にいいんだよ。
だけど、家に帰ると別のシステムが待っていて、
何かしなくちゃいけないっていうのはダメだな。
糸井 それ、いわゆるサラリーマンの言葉で
「家庭サービス」と言われるようなことだよね。
橋本 俺、死んでもしない。
篠原 家族で遊園地に行くやつだろ。
糸井 好きで行くんだったら行けばいいけど、
「サービス」という言葉で
表現されるようなものじゃないね。
篠原 親父がキャッチボールしてくれないって、
グレるガキがいるじゃない。
橋本 いないよ、そんなの。
それに、キャッチボールばかりさせられてグレたのが
星飛雄馬でしょ。
糸井 グレたわけじゃないけど(笑)。
家庭サービスって言葉は僕も嫌いなのよ。
でも、子どもとキャッチボールはしてた。
自分が遊んでほしかったからだけど……。
シングルを語るとき、
「淋しい」がキーでしょう。
一人で淋しいか淋しくないか。
橋本 それ言うのは、家に帰ってすることないからだよ。
シングルって、疲れたときどうするか、
それだけじゃないの?
糸井 どうするの?
橋本 疲れたら誰かに肩揉んでほしいっていうのはあるけど、
誰もいなけりゃしょうがないし。
糸井 いたって、揉んでくれないよ。
橋本 いたら揉むよ。
俺、そういう人間としか一緒にいたくないもん。
糸井 女王蜂状態でいたいわけね。
卵を産む仕事は俺、というような。
原稿用紙にバンバン字を書いて埋めていくのが
卵を産む行為で。
橋本 卵を産むというより、精子を放出してるに近いね。
糸井 たくさん書いてるしなあ。
橋本 いつも精子放出状態だから、
自分は性欲旺盛ですごく助平なんだと思うよ。
ずーっと書いていたいし。
篠原 俺も旺盛かもしれない。
夜もぶっ続けで作品つくってたりするから。
そういや、このあいだ腎臓結石になってな。
その石がなかなか落ちなくて痛えんだ。
今、石の作品つくってるから、削岩機使ってるだろ。
あれのハンドルを腹に当ててダダダッとやったら、
石も落ちるんじゃないかと思ってな。
腎臓の石を落としながら、
ずーっと作品つくってたんだ。(笑)
橋本 俺、『窯変源氏物語』十四巻を書いてた三年間、
軽井沢にある出版社の寮に缶詰になってたんだよ。
一年目くらいに
体がガタガタになってることに気づいてね。
スポーツマッサージに行ったら、
背筋が落ちてるって言われた。
で、恐ろしいことに、右手だけ筋肉がついててね。
原稿書くだけでも筋肉つくんだよ。
糸井 どのくらい座って書いてるの?
橋本 四時間以上続けて寝たことがないくらい、
とにかく書き続けてた。
それで自分がぶっ壊れるんじゃないかと思うと、
町の中を歩くのよ。
そのうち歩行のテンポと思考のテンポが
妙にシンクロして、足が止まらなくなる。
歩いている自覚さえなくなって、
どこまでも行っちゃう。
ババアの徘徊はこういうもんだと思ったね。
徘徊しながら何か考えてるんだよ。
篠原 うちの猫も、夜、徘徊してるんだよ。
やつも何か考えているのかな……。(笑)
橋本 俺は長時間座ってるから、
上体が丸まりやすくて、
うっかりすると歩いてるときも背中丸めてる。
ちょっとネアンデルタール人入ってるなって気づいて、
あわてて背中伸ばしたりしてね。
糸井 歯止めがきかない人たちなんだ。
篠原 あっ、俺ね、お茶始めたよ。
煎茶を五十度くらいのお湯で入れて、
丸いアンコ玉を楊枝でつまみながら飲むわけさ。
ジジむさいんだよ。
だけどな、一日中、ガ−ッと作品つくってると、
頭がわんわんするの。
それに、これはもうちょっと研磨せにゃとか、
ここは三時局面が気に食わないとか、
手で触るとわかるんだよ。
で、ガーッとやると、今度はこっちでまた感じる。
そんなことやってるとくたびれちゃって、
休もうと思って上がるんだけど、
まだ気になるんだ。
そういうのを鎮めるのにお茶はいいんだよ。
そりゃ女でもいいけど、
段取りが面倒くさいだろ。
布団敷いたり、いろんなことをせにゃいかん(笑)。
だからシングルにはお茶だね。
糸井 そうやって、創作にエネルギーを
使い果たしたあとの調整はしてるわけだ。
テレビなんかは見ないの?
橋本 見るよ。
机に向かってる背後で、
音は消して、画だけつけてる。
篠原 ビデオもさ、
ときどきエロビデオのいいのが入ったりすると、
ちょっと試しに見なくちゃいけない。
糸井 試しにって、見ればいいさ。(笑)
篠原 あれ見ながら、俺の男としての体の現状は
どうなってるかなと。
糸井 ああ、リトマス試験紙みたいに。
橋本 シングルって、そういうことが気になるんだよ。
俺もそうだけど。
篠原 おっ、まだいけるな、とか。
橋本 一人で生活してると、
まわりとぜんぜん関係なくなるから、
自分がどの程度になってるかわかんないんだよね。
篠原 それよ。
橋本 テレビつけっぱなしにしているのも、
まわりの基準というものをどこかに置いとかないと、
自分が迷っちゃうかなって、そういうこともあるね。
篠原 たまに休憩のときはワイドショーなんか見てさ。
糸井 サッチーなんかも?
篠原 いちおう押さえておかないとな。
橋本 ずーっと奈良時代の女帝の話を書いてたんだけど、
千二百年前の女帝と野村沙知代がシンクロしてさ。
女の権力者を引きずり下ろすのがいかに難しいかは、
奈良時代の孝謙女帝の段階でハッキリしてるからね。
歴史のタブーは破られるのか−−という興味もある。
糸井 あれ、最終的には「理屈じゃないわよ」
って言えばいいんだもんね。
橋本 いや、「なんでそんなひどいことするのよッ」
と言えば勝てる。
そのあとに、
「私が何したっていうのよ!」。
昔から女帝は全部それなの。
篠原 その論法は家庭内のオッカアにも当てはまるな。
橋本 女が権力者になるとね。
篠原 あんたんちは?
糸井 うちはシングルが二人いる、
というのに似てるから。
篠原 そうかい。
そうなりゃいいんだ。
しかし、きみもなあ、
ああ奇麗なカカアがいると落ち着かんだろう。
(樋口)可南子が出てるコマーシャル見るたび、
こんな女がそばにいたら
仕事にならねえなと思うんだよ。
石削るのもやんなっちゃう。
だから、ああ、一人でよかったと。(笑)
橋本 それで落ち着ける人もいるのよ。
糸井 ヤなゲスト呼んじゃったな。(笑)
橋本 女の人はどっちかというと、
ご主人さまにお仕えしたい願望があると思う。
さっき言った軽井沢の寮には、
日本一のハウスキーパーみたいなおばさんがいてね。
そのおばさん見てて感じたんだけど、
人が来て、自分が何かするっていう状態がないと
すごくつまらないみたいなの。
家庭の主婦も結局、プチホテルのマダムなんだよ。
亭主は法人契約してる部屋に来る人であってさ。
問題は、あまりほかの客は来なくて、
来るのは法人契約のこの人ばかり。
それが女の人にはつまんない。
篠原 分析してるね。
さすが小説家だ。
橋本 でね、女は男と結婚するんじゃないんだよ。
“自分の結婚"としか結婚しない。
男は“女"と結婚するから、
そのうち自分がなくなっていく。
一方で女は“自分の結婚"と結婚してるから、
どんどん自己完結していってさ。
「そのわりには面白いことないわね」ってなる。
糸井 部屋の装飾が女のものになっていくのは当然だ。
プチホテルのマダムだし。
橋本 “自分の結婚"と結婚するという
抽象的な状態は耐え難いから、
自分の“家"と結婚している状態にしていくんだね。
篠原 じゃあ、古手川祐子のところは、
旦那がそれを見抜いたんだな。
糸井 ケーナを吹く旦那。
橋本 あれは父親と結婚してるのかもしれないよ。
糸井 ケーナが気づかせてしまった。
橋本 田中健て可哀想だよね。
この世で頼りになるものは笛しかなかったって。
糸井 ケーナを吹くために別居したんだと言い張ってたよね。
橋本 そのあとに女ができて、
やっと笛だけじゃなくなった。
なんかねえ……。
室町時代の話みたいだ。
糸井 クマさんは猫を飼ってるけど、
生きものの気配はあったほうがいいの?
篠原 二十年前、南伸坊が
俺んとこに捨てていったんだよ。
それに俺は猫好きなんじゃなくて、
その猫が好きなの。
その猫が死んだら、もう動物は飼わない。
糸井 橋本くん、生きものは?
橋本 俺、はじめて事務所と自分の住まいを分けたとき、
事務所に花活けたね。
そこ、生活のにおいがないでしょ。
花が咲くという生きてるさまを見せられることで、
人心地はしたね。

(続く)

第3回 「あきれさせたい」人々

第4回 「結婚」より「ゲージツ」

2000-08-04-FRI

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