世界をつくってくれたもの。ヤマザキマリさんの巻 世界をつくってくれたもの。ヤマザキマリさんの巻
同じ時代に生きているのがうれしくなるような人に
出会うことがあります。
そんな人たちの世界のおおもとは、
いったいどんなものでできているのでしょうか。
子ども時代から現在に至る足取りをうかがう
ちいさな連載です。
最初にご登場いただくのは、ずっと憧れていた
漫画家のヤマザキマリさんです。
インタビューはほぼ日の菅野がつとめます。
ヤマザキマリさんのプロフィール
最終回
自分の底にある知恵をたよりに。
ヤマザキ
私、いまから25年ほど前に、
キューバにボランティアに行っていたことが
あるんですよ。
その時代、キューバは経済制裁を受けていて、
食べものがろくにありませんでした。



私はドルを持っていて、
外交官専用のスーパーマーケットで
ものを買うことができました。
キューバの15人家族とホームシェアしていたので、
私がドルで買った食料は
あっという間になくなりました。
たとえばチョコレートを買って帰ったら、
子どもたちがわーっと食べちゃって、
包み紙しか残らない。
子どもたちはその紙を
ていねいに畳んでポッケに入れて、
おなかがすいたら取り出して香りを嗅ぐんです。



私にも「嗅いでごらん」って紙を回すから、
「うわー、ありがとう。
でも、あんまり吸い過ぎると
あんたたちの吸う分がなくなるからどうぞ」
なんていって返しました。



夕方になると計画停電で電気も消えました。
いちばん電気が欲しい時間帯に
家が真っ暗になっちゃうんです。
月明かりがあるから、みんな外に出ました。
ギターや手軽な打楽器を持っていって、
外で音楽を奏ではじめるんです。
そうすると近所の老若男女が
「何楽しそうなことやってんだい」
と集まってきて、踊り出す。
そのかたわらでは子どもたちが
走りまわってはしゃぎ、
おばさんたちはおしゃべりに花を咲かせている。



「なんだ?」
と私は思いました。
「この、お金が一銭も動いていないのに
幸せな感じ。なんだろうこれは」
──
うん‥‥、かなり衝撃ですね。
ヤマザキ
お金がないなかで、
みんなが幸せに生きてて、
主婦どうし、おじいちゃんどうし、
そこでごくふつうの会話をしている。
電気がつかなくても食べものが少なくても
いくらでも楽しくなる。お金は関係なかった。
お金が機能しなくなると、
別な豊かさが芽生えることを思い出しました。
自分が子どもの頃だって、
自由になるお金がないからこそ
いろんな工夫をして、
野山を駆けまわって虫を捕まえて、
それが楽しくてしかたがなかった。
──
そうですね。
どんな状況下にあっても、
人間は、そういうふうに楽しく‥‥。
ヤマザキ
そう。
──
幸せになれるというのがわかることは
すばらしいことです。
ヤマザキ
キューバはボランティア目的だったのに、逆に
自分がもらったもののほうが大きかった。
助けるつもりで行って、助けられた。



うつむいて、歩みを止めて、壁にぶちあたり、
生きるつらさに目を向けていればキリがないけど、
そこから方向転換をして、向きを変えて、
幸せという感覚を得ることはいくらでもできる。
──
壁はあっても、
それを楽しんでいけばいいんでしょうか。
ヤマザキ
幸せや楽しさは、ぼんやりしていても
得られるものではないのです。
やはり自分たちがそれを望んで
力と知性で得ていくものなんじゃないでしょうか。



つらさや悲しさとも向き合って、
それを栄養素に変えて、
最終的にいい肥やしにしていけばいいんですよ。
自分もそうですが、
つらい経験をたくさんしてきた人ほど、
単純なことからいくらでも
幸せを見い出せるようになりますから。



生きているって結局、
死をゴールにしているわけですよね。
死は生きている人にとって
最も大きな壁かもしれませんが、
私はそれが条件でも、
生まれないより生まれてきてよかったな、と──
さんざん苦労にまみれてきたはずなのに、
50歳をすぎたいまは感じられるようになりました。



人間の知恵をむだにしてはいけないと思うのです。
たとえば私は
誰かと喧嘩をしたりいやな思いをしても、
数か月後にはそれを
ギャグ漫画に昇華してしまいます。
読む人は笑ってくれるし、
自分もその苦いはずの経験を
いいものだったと思えるようになる。



生きて行くうえで、
自分たちの前に立ちはだかる壁とどう向き合い、
どう乗り越えていくか。
これまでそれぞれの世代の人々が、
その術を一所懸命編み出しては、
次の世代に伝えてきました。



そして、いちばん効果的なのは
「笑い」だということに
終着するのではないでしょうか。
漫画もそうだし、落語もそう、芝居もそう、
やっぱり「笑い」は
人間が生み出した最大の、
幸せを生み出すための知恵だと思います。



もしもトンボのいちばんのウリが
飛ぶ姿の美しさなんだったら、
人間のいちばんの魅力は、
ユーモラスさなんじゃないでしょうか。
少なくとも私にとってはそうです。
──
ほんとうにそうかもしれないですね。
そして、そのおかしさやユーモアは、
きっと壁にぶつかったときに
生まれるものなんですね。
ヤマザキ
そうです。
──
壁をネガティブにとらえるんじゃなくて、
笑いの源だと思えばいいですね。
ヤマザキ
ものは「とらえよう」なんです。
──
「とらえよう」を増やすために、
やったほうがいいことはなんでしょう。
ヤマザキ
例えば目の前に巨大な壁があって、
そこに行き着いて、
「ああ、自分の世界はそこで終わりか」
と思ったら、後ろを振り向けばいい。
もしかしたら後ろを振り返る勇気を
怠ってきたおかげで、
自分の背後に広大な空間があることに
気づかないでいたかもしれないんです。



せっぱつまったら、とにかく
「世界はそこだけしかない」と
思わないようにする。
それだけでずいぶん
人生観が変わってくると思います。



情報が与えてくれない世界を、
自らの足でどんどん進んで積極的に見に行くのです。
「失うものはなにもない!」という意識を持って。
──
パソコンやスマホを、
ときには置いて。
ヤマザキ
そう。
自分がいる世界の大きさに比べたら、
スマホの世界で起こっていることで悩むなんて、
ぜんぜん見合ってないですよ。



ありとあらゆる顛末や変な人たち、
思いがけないできごとに、
積極的に慣れていくといいと思います。
それらは栄養価が高くリッチです。



そして、さっきも言いましたが、
失敗はすごい財産になります。



失敗でエネルギーチャージが減るとか、
そういうことはありません。
むしろプラスになると思ったほうがいい。



失敗を重ねて生きている人のほうが、
まったく失敗しないで生きる人よりも確実に、
強く、粘り強く、そして
味わい深い人生を得られるはず。
失敗を避け、かっこつけて生きるより、そのほうが
俄然かっこいい人間ができあがると思います。
──
どんなに大人になっても
失敗を恐れずにいたいと思います。
ヤマザキ
失敗は、人間という生きもののあり方として、
必要不可欠な生態なんですよ。
避けて通ったら人間として欠陥品になってしまう。



完成度が高いものに私たちはよく感動をするけど、
人間の完成度って、きっと
そういうことを言うんじゃないかと思います。



さまざまな屈折、屈辱、つらさ、そして笑い、
幸福感、喜び。
色鉛筆でいえば12色よりも、24色。
いや、何百あったっていい。
どんどん色彩の数を増やしていけば、
そのうちすばらしい「人生」というタイトルの
作品をしあげられるようになるはずですから。
──
あああ、もう時間が来ました。
これまで「ほぼ日」でずっと
ヤマザキマリさんにお話をうかがいたかったので、
今回はうれしかったです。
ほんとうにありがとうございました。
ヤマザキ
すみません、
収拾のつかない話を山のように(笑)。
ありがとうございました。
写真
(ヤマザキマリさんの巻、これでおしまいです。
ありがとうございました)
2018-09-04-TUE
世界をつくってくれたもの。祖父江慎さんの巻