怪・その21

「前の席の手」

もう10年以上も前の出来事です。

当時、私は電車で通勤していました。

まだ午後の早い時間に、
帰宅するために電車に乗った時の、
少し不思議な体験です。

その電車の座席は、
進行方向を向いて並んでいました。

私は、二人掛けの座席の窓側に座り、
ぼんやり外を眺めていたのですが、

ふと前の席が気になり、
そちらに目をやったのです。

各座席の窓側には、
飲み物をおけるくらいの小さな台があり、
前の席の背もたれと窓の隙間から、
小さな手がひょこっと伸び、
その台に置かれたのが見えました。

ふっくらした、かわいらしい手です。

前の二人掛けの通路側には男性が座っており、
その頭が背もたれの上からのぞいています。

窓側には、
先ほど見えた手のサイズからして、
小さな子が座っているようです。

ひとりで座っているのかしら‥‥
などと少し不思議に思っていたところ、
電車が次の駅に停まりました。

たくさんの人が乗り込んできます。

前の席、通路側の男性も、
窓際の席に、無言ですっと移動しました。

窓側の席に、
小さい子なんて
座っていなかったのです。

でも、私が見たあの手は、
確かに子どものものだったのに‥‥。

数駅先で、私も電車を降りました。

天気の良い日で、
電車内に不穏な気配など
まったくなかったのですが、
前の席を確認することは、
できませんでした。

(蛍)

こわいね!
Fearbookのランキングを見る
2019-08-17-SAT