怪・その15

「旧道を通った」

今から10年ほど前、
私が中学生の時に
父が単身赴任で静岡に移り住みました。

父は家族が恋しかったんだろうと思います。
ほぼ毎週末に
私達の住む茨城に帰ってきていました。

ある土曜日の早朝、
一台の車が、
家の駐車場に入ってくる音が聞こえました。

父だとすぐにわかったのですが、
一向に玄関のドアを開ける音が聞こえません。

なんだか気になり、
ニ階の寝室から駐車場を見下ろすと
確かにそれは父の車でした。

そして
父もそこに立っていました。

だけど家に入る様子はなく、
車をじっと見ていました。

何かおかしい、
その違和感を母も感じたのだと思います。

少しすると母が玄関から出てきて、
父の元へと歩いていきました。

その様子をニ階の窓からじっと眺めていると、
父と母が口論をはじめました。
なぜか気になり、私も外にでていくことにしました。

まだ薄暗い中で駐車場につくと、
父と母は黙って車の脇に立っていました。

エンジンをかけっぱなしの車、
父は手に薄汚れた布を持ち、
母は黙ったまま車をみていました。

何も聞けないような沈黙の中、
父が突然
「旧道を通った‥‥」
と呟きました。

そして母は、車を見つめたまま、
「そう‥‥」
とだけ返しました。

父がため息をつきながら、
手に持っていた布で、
車のリアガラスを拭き始めました。

そこで私はこの沈黙の意味を理解しました。

そのガラスには
びっしりと白い手形がついていたのです。


静岡と茨城を結ぶ下道の中に
いくつか山間部の旧道があります。

父が単身赴任をする際、
母は、ある旧道は通るなと、
父に忠告していました。

ただその日父はその道を通ってしまったらしく、
母がそれに気づき、
父にどの道を通ったのかと聞いて
口論になったそうです。


拭いても一向に消えないその手の跡を見て
母が低い声で言いました。

「あんた、車の中から拭いてみ」

今でもその時に感じた寒気を、覚えています。

(j)

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2019-08-13-TUE