怪・その1

「開けないと気が済まない」

以前住んでいたアパートの話です。

当時、生まれて初めて一人暮らしをした私は、
生来怖がりなこともあり、
不安でいっぱいの毎日を過ごしていました。

そんな私の日課は、夜、仕事を終えて部屋に帰って、
まず全ての扉を開けて中を確認するというものでした。

風呂場のドアから始まり、トイレ、クローゼット、
食器の入っている引き出し‥‥
とにかく一通り、扉のついているものは開け、
何も異常がないことを確認してからでないと、
気が済まないのです。

そんなところに何かいるはずもないのに、
小さな引き出しまで全て開けて、
ようやくほっとして鞄を置くという有様でした。

もともと臆病な性格ではありましたが、
想像していた以上に怖がりだったのだなあと、
呆れたものです。

ところが、です。

昨年、今住んでいる部屋に引っ越しをしたところ、
その癖がぱたりと止んだのです。

間取りはもちろん違いますが、
風呂場もトイレも、クローゼットも、
食器の棚も扉のある部屋です。

しかも、今回の部屋にはロフトがあります。
怖がりな私のこと、
ロフトを確認せずにいられないわけがありません。

それなのに、引っ越してから今まで、
不要な時に扉を開けたいという衝動に駆られたことも、
ロフトをやたらと覗きたいと思ったことはないのです。

何が、違うのだろう?

友人とお茶をしながら話をしていて、
ふといくつか奇妙なことを思い出しました。

かつての部屋の2つ目のクローゼット。

ちょうど人間ひとりが入りそうな
大きさのそのクローゼットから、
ときどき虫の音が聞こえたのです。

夏の終わりと、秋だけ。
カナカナカナカナ‥‥という蝉の声と、
リーリー‥‥という鈴虫の音でした。

窓から? と思いましたが、
何度聞いてもクローゼットから聞こえるのです。

確認のためにクローゼットを開けてみても、
それらしき虫はどこにもいません。
しかも、聞こえてくるのは決まって
午前1時から2時の間で、
不思議なこともあるものだと思っていました。

そして、もう一つ。
あの部屋では、天井から、足音と
クローゼットを開け閉めする音が頻繁に聞こえました。

とたとた、ギー、バタン、という音。

こちらは季節に決まりはなく、
ただ、聞こえてくるのは決まって真夜中でした。

しかし、友人に話しているうちに、
私はあることに気がつきました。

なぜ今まで疑問に思わなかったのか不思議なくらいです。

私の部屋は、二階建ての二階だったのです。

上から足音とクローゼットの音など、
するはずがないのです。
上の階など、無いのですから。

話を聞いた友人は、私にこう言いました。

「そのクローゼットに、もう一人、
住んでたんだろうね。
あなたがクローゼットを開ける時、
その人は、おかえりの挨拶をしていたんだよ、
きっと」

(まこと)

こわいね!
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2018-08-01-WED