おさるアイコン ほぼ日の怪談2005
怪・その9
「穴」

昔勤めていた事務所で
不眠症になるほどのショックを受ける出来事がありました。

その事務所は2階建ての建物の2階にあり、
1階の道路に面した階段から上がるようになっていました。
出入り口はそこしかなく、
入り口のシャッターを下ろしてしまえば、
だれも外から入ってはこられませんが、
自分達も外にはでられません。
そんな事務所で
真夜中(たぶん2時3時頃)に仕事をしておりました。
ふと気が付くといつのまにか眠っていて、
机の上につっぷしていました。
するとなんだか、
ドアの外の1階へと降りてゆく階段から
ガサゴソと変な音が聞こえてきます。
あれ、シャッターは下ろしてあるから
だれも上がってこれないはずだけれど、と思い、
ドアに近づき、ドアのガラス越しに階段の方を見ると、
変な男が、何か棒のようなものを振り回しながら
怒鳴り散らして、
階段をふらふら上がって来るのが見えました。
うわ、やばっと思い、
その辺に何か武器になりそうなものはないかと探し、
事務所にあった何かの棒をしっかり掴み、
2階の窓を開け、
いざとなったらここから飛び降りようと身構えていました。
しかし、待てども、ぜんぜん男は上がってきません。

そこで、こわごわもう一度ドアのガラス窓から
階段を覗きに腰を低くしてずるずると近づいていきました。
ドアの窓からそうっと階段をのぞき込もうとしたとき、
ドアの窓の向こうにガラス一枚隔てて変な男の顔が
まるで鏡に映ったかのように表れました。

あまりにびっくりして、腰が抜け、声も出ず、
後ろ向きになんとか少しでもドアから離れようと
じたばたもがいていました。
男はドアのガラス越しに、ニヤッと気持ち悪く笑い、
手にもっていた棒を振りかざし
ドアの窓を割ろうとした瞬間、
ハッと目が覚めました。
そうです、夢でした‥‥。

机で寝てしまっていたのです。
ホッとした安心感で体中から力が抜けていきます。
そういえば入り口のシャッターを
ちゃんと閉めていたかどうかが心配になり
確かめに事務所のドアを開けようとしたその時です、
ドアのノブの鍵を開けようとした瞬間、
目の前のドアの窓の外に、
毛むくじゃらの何か黒い大きなものが
ぬっと立ち上がったのです。
く、クマでした‥‥
大きな牙から唾液を滴らせながら、
その口を大きく開けて、
ドアの向こうで立ち上がっています。
ドアの向こうでは、
熊がドアのガラスを破ろうとその鋭い爪で
がりがりとやっています。
そしてとうとうそのガラスにピシッとヒビが入り、
熊の鋭い爪をもった腕がスローモーションのように
ガラスに最後の一撃が加えられ、
ガラスが事務所の床に飛び散りました。
アア、俺クマに食われちゃうんだって覚悟したその時、
ハッと目が覚めたのです。
なんとこれも夢でした。
夢の中で夢を見たのは、人生でも初めてでした
そうですよね、横浜はずれとはいえ町の中なのに、
熊なんているわけありません。
よく考えれば可笑しいですよね。

信じられない体験をした私は、
体中にかいた汗を少し恥ずかしく思い、
疲れすぎているかなってちょっと反省。
でもやっぱりちょっと気になったので、
事務所のドアを開け1階まで降りて
シャッターが閉まっていることをしっかりと確認して
ドアを閉め、内側の鍵をこれまたしっかりと掛け、
さあ、仕事のつづきをしようと机に戻り掛けたその時、
どこからか聞こえてくる、
カリカリと何かをかじるような削るような音‥‥
どこからするんだと事務所の中をキョロキョロ見まわすと
いつの間にか事務所の床の真ん中に
15センチくらいの穴が開いている‥‥
その穴のところから音は聞こえてくる‥‥
今度は、本当にそこにあったシャッターを
引き下ろす金属の棒をもって
そろそろと穴に近づいていき、
その穴を上からのぞき込むと、
下から誰かがこっちを見ていた目と
バッチリ目が合いました。
今度は、本当に腰が抜けました。
するとその穴から、ぬっと腕が出てきて何かをつかもうと
穴の周りの床をガリガリやっています。
腰が抜けてへたり込んでいる自分の足まで
数センチのところまで手がくる、
1階に降りても、
奴は下の階にいるから追っかけてくるかな、
やっぱり警察に電話するか‥‥
なんて頭の中はパニック。
やっとのことで立ち上がり、電話をとって110番。
ガチャッと警察が出た瞬間、
頭の中で、あ、この状況どうやって説明すんだ。
絶対信じてもらえない、だめか‥‥
その時、電話の向こうの相手が

「そこを動くなよ、
 この穴を拡げて絶対おまえを捕まえてやるからな」

と気味の悪い声で言ったのです。

それからというもの、
地面とか床に開いている穴を見つけると、
上から必ずのぞいて見るようになりました。
(M)

2005-08-12-FRI
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