嘘に共感し、嘘に怒り、嘘に感動する。
ニュースやSNSを見ていると、
客観的な「事実」よりも、
感情に訴える「嘘」が人々を動かす
「ポスト真実」という考え方が、
より広がってきているように思います。
そもそも、なぜ人は嘘をつき、
嘘にだまされてしまうのでしょうか? 
許される嘘と許されない嘘のちがいは、
どこにあるというのでしょうか? 
世界中のセレブを魅了するマジシャンとして、
「嘘をつくこと」「人をだますこと」に
人生をかけてきた前田知洋さんに、
嘘とマジックにまつわるお話を、
たっぷりと教えていただきました。
担当は「ほぼ日」の稲崎です。

原則1
嘘はコストがかかる

──
前田さんはマジシャンとして、
嘘をつくこと、
人をだますことを、
たくさん経験されています。
前田
はい。
──
そんな前田さんにとって、
嘘とはどういうものなのでしょう。
前田
嘘とは? うーん‥‥。

ぼくのなかには
「嘘の3原則」というのがあって、
それを説明するのが、
いちばんわかりやすいと思います。
──
嘘の3原則?
前田
あとでくわしく説明するので、
とりあえず3ついってみますね。

まず、原則その1は
「嘘はすごくコストがかかる」。
嘘は時間とか、お金とか、労力とか、
すごくコストがかかるものです。
──
嘘はコストがかかる‥‥はい。
前田
原則その2、
嘘をうまく作用させるには、
「受け手がその嘘を
望んでいなければならない」。
潜在的にです。
──
受け手がその嘘を望んでいる‥‥。
前田
そして、原則その3は
「嘘には文化と科学の領域がある」。

つまり、世の中の
「いい嘘」と呼ばれるものは、
文化の領域の嘘のことで、
科学の領域の嘘は
「悪い嘘」になります。
──
文化と科学‥‥。
前田
きょう、ぼくが話すことは、
この3つの原則を軸にかんがえると、
すごくわかりやすいと思います。
──
なるほど‥‥。

では、さっそくですが、
原則1の「嘘はコストがかかる」。
これはどういう意味なのでしょうか?
前田
原則1は、特撮映画などで考えると、
よくわかると思います。
「ゴジラ」のような映画をつくる場合、
「町に怪獣を出現させる」という、
とても大きな嘘を
つかなければいけません。

昔はその嘘をつくために、
町の模型をつくり、
怪獣のきぐるみをつくり、
専門スタッフもたくさん用意したりと、
それこそ何億円というお金、
時間、労力をかけていました。
──
はい。
前田
「嘘をついて、
それを本当のように見せる」
という意味でいえば、
それはマジックという仕事でも、
同じことなんです。

マジックで人をだますには、
とても多くのお金、時間、労力がかかります。
ぼくの場合は、
マジックをより美しく見せるために、
クラシックバレエや
武道などの勉強もしています。
──
え、武道まで!?
前田
身体の使い方とか、
人との間合いの取り方とか、
そういうことを知るのに、
武道はとても勉強になるんです。
──
へぇーー。
前田
つまり、ぼくのなかには、
「嘘をきちんと成立させるには、
膨大なコストがかかる」
という大前提があります。

そして、
嘘にそれだけコストがかかる以上、
「嘘の数」をすくなくするほうが、
「嘘の質」は高くなります。
──
と、いいますと?
前田
嘘を10個つく場合、
それにかかるコストは
嘘の数だけ分散してしまいます。
でも、嘘をたった1つにしぼれるなら、
自分のすべてのコストを、
その嘘に集中できるんです。
──
あぁ、なるほど。
前田
嘘の数がすくないということは、
それだけバレるリスクも低くなります。

なので、ぼくはマジックをつくるとき、
なるべく嘘のパートを
すくなくするように心がけています。
たとえば、
ぼくは服にシカケをしないんです。
──
あ、そうなんですか?
前田
服にシカケをしてないので、
もしお客さんが急に近づいてきて、
ぼくの服にさわったとしても
「どうぞ、好きにさわってください」
といえるわけです。

でも、もし服にシカケがあると、
「さわらないでください」と注意するか、
ショーの流れの中で
さわらせない工夫をしないといけません。
──
あぁ、なるほど。
とくに前田さんの場合は、
お客さんとの距離も近いから。
前田
そうなんです。
つまり、服にシカケをすると、
「服で嘘をつくための準備」という、
新しいコストが必要になるわけです。
──
前田さんは、
そこにコストをかけたくない。
前田
そういうことです。

みんながよく勘違いするのは、
「嘘はコスパがいい」と
思っているところですよね。
──
ぼくもなんとなく、
そんなふうに思っていました。
人が嘘をつく理由って
「本当のことをいうよりも、
得をしそうだから」
というのがある気がします。
前田
でも、ぼくの経験からいえば、
「嘘はコスパがいい」というのは、
ちょっと危険な考え方だと思います。
──
裏を返せば、
「正直であるほうが、コスパがいい」
ということでしょうか。
前田
長い目で見れば、そうだと思います。
みんなに好かれる人や、
着実に業績をあげている企業って、
そういうことを
ちゃんと理解してますよね。
正直でいるほうが、
本当は効率がいいということを。

(つづきます)
2018-01-06-SAT