がんばれ、加藤麻理子。
障害は、馬と跳ぶ。アテネ五輪への道。

第6回 あるのは、「できる」という信念だけ。



糸井 シドニーオリンピックに
「出られるかもしれない」
「出られるだろう」っていうとこから、
「出られませんでした」ってなったわけだから、
そうとうショックだったと思うんですけども、
立ち直るまでに時間は、かかりましたか?
加藤 はい。ものすごく。
まず、経済的にも、
応援して下さった方の期待を裏切ったわけですから、
そのことに対してもですし、
自分自身に対しても、
そういう感情を整理するのには
ほんとに時間がかかりました。
糸井 そうでしょうね。
加藤 1年ぐらい考えました。
これ以上やる意味はないんじゃないかな、
と思いました。
でも、辞めて、日本に帰ってきて、私は何をするのか、
これで挫折を味わって、
帰ってきて何になるのかな?って。
一から就職し直すこともできるけれど、
応援して下さった方に対して、
どうお返しするんだろう?
というようなことをずーっと考えていましたね。

でも、今思えば、あの大会が終わった後、
最後に選手が集まって話をするんですけども、
そのときに監督が、
「続けなかったら意味がないぞ」
と言ってたことが心に残っていました。
それで、復活することを考え始めましたね。
糸井 でも、それはヨーロッパにいながら、
悩んでたわけですよね。
そこがもうすでに違いますよね。
ぽーんと家に帰ってこられなかった。
加藤 そうですね。
ひとりで考えるしかないと思ったんで。
糸井 その、さっきおっしゃった、
お手伝いして下さる方は、
そのときにはまだいなかった?
加藤 いないです、はい。
糸井 加藤さんと同じように、
国際大会やオリンピックに出るために、
日本にいて練習してる人も、いるんですよね。
加藤 あ、でも、そういう人は少ないです。
やっぱり、ずっと日本にいるだけじゃなくて、
行ったり来たりされてます。
糸井 じゃあ、日本にだけいたんじゃ、
国際競技に出るっていうのは、
もう、ほぼあり得ないんですね。
加藤 はい、
それは話になんないですね。
糸井 話になんない!
じゃ、未来永劫、日本にだけいたんじゃ、
絶対に出られないんだ。
そんな競技っていうのも、また珍しそうだね。
加藤 ずっと日本で練習して、
試合の時だけ現地に行っても、
やっぱり圧倒されます。
まず、場に。
糸井 場に。
加藤 そこに立たないとわからないものなんです。
試合の2、3週間前に向こうに行って、
練習試合とかしても、
国際試合の大舞台に立つっていうこととは、
まったく違うと思うんですね。
糸井 自分が圧倒されるし、
馬もそうなんでしょうね。
加藤 はい。すごく伝わります。
糸井 伝わるでしょうね。
その馬の種類も、日本にいて選ぶだけでは、
選べないんでしょうか。
加藤 ぜったい選べないです。
糸井 駄目なんですね。
日本の競馬の世界なんかでも、
外からの血を入れたりしますよね。
加藤 そうですね。
糸井 じゃあ、日本に古来からいた馬なんていうのは、
競技用じゃないから、無理なんだね。
じゃあ、西中尉は、何だったんですかね?
加藤 何だったんでしょうか(笑)。
でも、まあ、ほんとに
100万頭に1頭くらい、それに長けてて、
人馬がぴったり合って勝負できる馬も、
いないとはいえないんです。国産であっても。
糸井 はぁ〜。

あの、障害っていうゲームの基礎についてなんですが
あのバーは触ると外れるんですか?
加藤 はい。たまに、脚が触れて‥‥。
糸井 棒高跳びの棒みたいなものがいっぱいこう、
柵状にあるっていうことですか?
加藤 そうですね。
糸井 あれ、なんで1本じゃなくて
何本もあるんですかね。
加藤 1本だけだと、馬の場合、
目があんまり良くないと言われているので、
たいへん危険なんです。
糸井 あ、馬、目が悪いんですか。
加藤 そうなんです。だから、遠くから走ってくるときに、
棒が1本だと焦点が合わないので、
ひじょうに難しいんですね。
あと、華やかじゃないっていうこともあって。
糸井 ああ、そうか。それもあるでしょうね。
加藤 はい、カラフルにするために(笑)。
糸井 馬術って、なんかこう、スポーツでありながら、
踊りと同じような様式美を
とっても大事にしてますよね。
帽子かぶったり。
あれをテニスみたいな格好してやってたら、
ぜんぜん違いますよね。
加藤 そうですね(笑)。
糸井 ヨーロッパが強いんですか。
加藤 ヨーロッパが強いです。
糸井 アメリカは弱いですか。
加藤 アメリカも強いですけども、
アメリカの人は、みんなヨーロッパに
馬を買いに行きます。
生産国なんでしょうね、ヨーロッパが。
糸井 なるほど。
ヨーロッパで改良された馬たちが、
ヨーロッパで流通して、アメリカまで渡る。
日本も同じだ。
加藤 そうですね。
糸井 ふうん。
あなたがこの馬に乗るのよ、
って決めるのは、
どうやってやってるんですか?
加藤 選考会は、馬の場合、直前になるんです。
糸井 なんか、1発で決めるらしいですね。
加藤 今までそうでした。
でも、来年のアテネの場合は、
1発勝負ではなくて、
世界の国際Aクラスの試合で成績の良い4人、
ベストコンディションの4頭が行くというふうに
なっています。
糸井 ということは、順調に動いていれば、
加藤さんは出られるでしょう、その意味では。
加藤 そうですね。
でも、キャリアは、はっきり言って、ないです。
Aクラスに出てる数で言えば、
今、いちばん出てる方の
4分の1くらいしかないと思います。
糸井 え?じゃあ、その4倍出てる方は、
どうやって出てるんですか?
同じようなことですよね、条件は。
ヨーロッパにいるんですか?
加藤 はい。やっぱり、まあ、スポンサーがついてます。
スポンサーって言っても、
企業じゃなくて個人のスポンサーが。
完全支援ですね。
2〜3頭の馬、旅費、経費ぜんぶ出してもらえます。
糸井 それは、やっぱり、力が認められているからですか?
加藤 技術があるから応援する、ということじゃなくて、
「谷町」とでも言いましょうか。
糸井 もう、競技的なものじゃないんですね。
それは、たいへんな差がつきますよね。
加藤 そうですね・・・・。
糸井 企業がスポンサードしよう、
みたいなことっていうのは?
加藤 日本の企業では、ないですね。
今まで1年だけ、日本人についた
ヨーロッパの企業がありました。
糸井 じゃあ、どこかで加藤さんのことを知って、
とっても個人的なスポンサーがつくっていう
ケースしか、これから先、
基本的には考えられないですね。

あ、共同スポンサーみたいになる
っていうのもあるのかな?
みんなが、集まって出しあうみたいな。
加藤 前々回のオリンピックで、いらっしゃいました。
60歳、最高齢の方が出るということで、
吉永小百合さんが、応援団となって
メディアに訴えかけて、
寄付を集めてらっしゃいましたね。
1億円か1億5千万か、すごく集まった、
っていうことは聞きましたけども。
糸井 民間の大勢の人たちの支援があったっていう
ことですか?
加藤 ええ。
糸井 それ、できると、いいねぇ!
吉永小百合さん、もう1回来てくれないかな?
加藤 (笑)
糸井 何をされたって重圧になるには違いないんだから、
大勢でもひとりでも、まあ、
おんなじだと思うんですけどね。
じゃあ、今のところ、
できるはずだっていう信念だけで、
やってるんだよね。
加藤 はい。
「できる」という風にしか、
考えないようにしてます。
(つづきます)

2003-09-26-FRI

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