CHILD
これでも教育の話?
どんな子供に育ってほしいかを、
ざっくばらんに。

第4回 先生はいない

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糸井 少年時代に
何かを教えてくれた先生って、
覚えていますか?
横尾 ちょっと待ってね。
先生に教えられたこと、ねぇ・・・。
あるかなぁ。
糸井 横尾さんって、
「先生」という言葉から
ピンと来くるものはなさそうですよね。
横尾 そうね、合わないね、
先生というものには。
糸井 書道はどうでしょう?
誰かから教わったりしましたか。
横尾 書道は独学。
糸井 あ、書道さえも・・・。
横尾 「独学」って言っちゃうと変だけどさ、
ぼく、ずっといろんな絵を
模写してたでしょう? 
糸井 宮本武蔵の絵本をはじめ、
たくさんの模写を
していらっしゃいますよね。
横尾 書道というのは、あれはつまり、
抽象絵画の模写だからさ。
手本を見てそのとおりに書くわけだから。
糸井 書道は絵画ですか。
横尾 うん、一種の抽象絵画ですよ。
写真や絵本の挿し絵の模写をしていて、
その延長上に習字があっただけ。
単に抽象の形をまねしているだけなんだよ。
だから、教わったとは思ってない。
糸井 じゃあ、やっぱり横尾さんにとって
「先生」と呼べる人はいないんですね。
横尾 そうねえ。
絵については、例えば高校で
担当の先生はいたけど。
でもなんだか、もてあそばれただけで。
糸井 どういう意味で?
横尾 ぼくはもともと
郵便屋さんになりたかったの。
糸井 郵便屋さんに!
横尾 うん。
郵便屋さんになりたいって言ってたのに
「いや、君は美大に行かなきゃいけない」と、
無理やり美大志望にさせられて、
高校3年のときにガリ勉させられた。
そして、いよいよあした試験だという日の晩に、
先生が酔っぱらって、ぼくを見てさ、
「受験しないで田舎へ帰りなさい」。
糸井 なんだそりゃ!
横尾 だから、もてあそばされたという感じよ。
その先生だけに限らず、学校全体で。
それまでの勉強は何だったの? って(笑)。
糸井 ・・・ほんとに「師弟」のようなものを
感じさせない人ですよね。
横尾 「師弟」って言われると、ないよねぇ。
糸井 逆に、やたらに「弟」の側から
いろいろなものを取ってくるのは
得意な人なんですけどね(笑)。
横尾 少なくともぼくは、
10代は成り行きまかせだった。
あのころの生き方が、今思うと
いちばん理想的だよ。
そのあとはだんだん分別くさくなっていったんだけど、
あの10代のころの、あの生き方を
今にあてはめれば、すごく楽だと思う。
宇宙といったら大げさだけど、
そういう原理原則に、自然に体が従うんだろうなぁ。
糸井 横尾さんが現代の子どもだったら、
絶対に不登校でしょうね。
横尾 うん、そうだろうね。
そんなふうに自然に生きることを
自分の子どもにやらせようと思ったんだけども、
学校を中退させちゃった。
糸井 なぜ、中退したんですか?
横尾 あのね、ひとつには、ぼくが
面倒くさかったから。
「もう学校はおもしろくない」とか、
子どもがどうだこうだ言う。
学校の先生からは、
「ここのところ、ずうっと毎日来てませんよ」
と言われる。だけど、子どもは毎日通ってる。
糸井 とりあえずかばん持って出ていくんだ。
横尾 うん。
小田急線の下りに乗らなきゃいけないのに、
上りに乗って、
子どもは都心のほうばっかり行っていた、
というのが後でわかったんです。
そういうのはもう、聞くのが嫌じゃない? 
そしたら、もう学校をやめれば、
まずその問題から逃れられるじゃない? 
ぼくが。
糸井 自分が?
横尾 うん、ぼくが。
「そんなに嫌だったら学校をやめれば」って言って、
子どもをふたりともやめさせたわけ。
そこでぼくはその問題から回避できた。
回避はできたけど、
真っ正面から取り組んでない。
糸井 こと教育に関しては。
横尾 うん。真っ正面から取り組むのは、
本人がやればいいわけでさ。
糸井 ああ、なるほど。
横尾 親は、真っ正面から取り組む
チャンスを与えたんだよ。
結果として。
糸井 教育に取り組むのは
子ども自身だと。
横尾 うん。ぼくは
「面倒だ、そんなの聞くの嫌だ」と、
いつも問題から逃げてたような気がする。
糸井 やたらに共感すると危険だな、と
思いながら聞いてるんですけど(笑)。

(つづく)

2002-04-08-MON

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