地球をめぐる時間のはなし。 地球をめぐる時間のはなし。
世界の時刻やタイムゾーンを表示できる
アースボールの新コンテンツ「世界時計」。
もうお試しいただけましたか? 

こんどは「時間」がテーマということで、
明石市立天文科学館の館長・井上毅さんに、
時間のこと、時差のこと、そして明石のこと、
全部まとめてうかがってきました。

なぜ世界の基準が「グリニッジ」なのか? 
なぜ明石が「時のまち」になったのか? 
地球をめぐる壮大な時間についてのお話です。
全5回、どうぞおたのしみください!
04 昼と夜の境界線
——
こんどの「世界時計」というコンテンツは、
世界の時刻がわかるだけじゃなく、
昼と夜の移り変わりも
リアルタイムで表示するようにしました。
井上
これ、すごくきれいですね。
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——
これを見てると昼と夜の境目って、
本当はすごく曖昧なものに思えてくるんです。
そもそも「夜」というのは、
何をもって「夜」になるんでしょうか。
井上
国によって考え方は違いますが、
一応、日本では、
「太陽が地平線の下に沈みきったときを日の入り」
「太陽が地平線からすこしでも出たら日の出」
と定義しています。



なので定義上は、
太陽が地平線の下に沈み込んだら夜、
地平線からすこしでも顔を出したら昼、
ということになります。
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——
太陽の中心じゃなくて、
太陽が地平線から出るか出ないかがポイントなんですね。
井上
定義上は日が沈んだら夜なんですが、
実際は日が沈んでも急に真っ暗になるわけではなくて、
ほわーっと明るい状態がつづきます。
——
ずっと不思議だったんですが、
日が沈んだあとも空が明るいのはなぜなんですか。
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▲日没時刻の明石の空。
井上
地平線や水平線に沈み込んだ太陽が、
上空の大気を照らしているからです。
天文学的には「薄明」と言います。
英語だと「トワイライト」という時間帯ですね。
——
太陽の光は見えないんだけど、
上空の大気に光が届いているから空が明るく見える。
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井上
そうです。
そして太陽の沈み込む角度が深くなるにつれて、
大気へも光が届かなくなるので、
空も本当に暗くなるというわけです。



薄明には「市民薄明」「航海薄明」「天文薄明」という
3段階があって、それぞれ30分くらいあるので、
本当に暗くなるまでに1時間半くらいかかります。
——
段階によって呼び方が変わるんですね。
井上
日没直後の30分くらいは、
電灯や明かりがなくても市民生活が送れる、
ということで「市民薄明」と言います。
「よい子はそろそろおうちに帰りましょう」
みたいな時間ですね。
一番星や一等星も、このあたりで見えてきます。



この市民薄明が終わると、
空はかなり暗くなっていきます。
明かりなしで他人の顔も見分けられなくなるし、
自分の手のひらのシワも見えなくなります。
——
地上のものが見えなくなる代わりに、
空の星が見えてくるわけですね。
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▲日没から15分後の明石の空。
井上
そのあとの「航海薄明」は、
星を見て航路を決める航海士が
天体観測をすることからつけられた名前です。



そして最後の「天文薄明」は
水平線も見えなくなって、
星は見えるんだけど、
空にもわずかに明るさが残っている状態です。



天文学者が天体観測を本格的にやれるのは、
この天文薄明が終わってからになります。
——
天文学者にとっては、
そこからが本当の夜ってことなんですね。
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井上
なので、一般の視点で考えると、
市民薄明の終わりが夜のはじまり、
ということになると思います。



じつは江戸時代の時刻制度も、
この市民薄明の終わり付近を基点にしていて、
「暮れ六つ」と言っていました。



江戸時代は手のひらのシワが
見えなくなる夕暮れ時を「暮れ六つ」、
見えはじめる早朝を「明け六つ」と呼び、
時刻の基準にしていたんです。
——
シワの見える見えないが、
江戸時代の基準だったんですか?
井上
手のひらのシワが見えなくなるというのは、
多くの人が共有しやすい感覚だったんです。
昔の人は時計を持っていなかったけれど、
日が沈むという条件は一緒だから、
この基準は案外正確だったんだと思います。



さらに「暮れ六つ」は季節で変わります。
夏は遅いし、冬は早くなる。
これを「不定時法」と言うのですが、
江戸時代は時刻の基準が
季節に寄って変わる仕組みを使っていました。
当時は電気もありませんから、
暗くなれば農作業もできないので、
そこを基準にするのは合理的だったんだと思います。
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——
ちなみに「暮れ六つ」のあとは、
どういう数え方になるんでしょうか。
井上
六つ時からはじめると、
そのあと五つ、四つと数が減って、
真夜中だけ「九つ」になります。
そこからまた八つ、七つと減り、
夜明けに六つになり、
そこから五つ、四つとまた減って、
正午で「九つ」に戻ります。
——
不思議な数え方ですね。
12時と0時で「九つ」になる。
井上
慣れると便利だったと思いますよ。
時間を知らせる鐘を打つとき、
四つのあとにいきなり九つ鐘がなるので、
「ああ、もう昼か」ってみんながわかると。
ただ数を1回ずつ増やすだけだと、
「何回鳴ってるかわからん」となるでしょう(笑)。
——
耳で聴く時計としては、
そのほうがわかりやすいですよね。
井上
当時は「明け六つ」から「暮れ六つ」までを
6等分していたので、
一刻がいまの2時間くらいでした。
江戸時代の人は、だいたい2時間ぐらいを、
ひとつの時間の基準にしていたんでしょうね。
(つづきます)
2022-10-08-SAT