ほぼ日刊イトイ新聞

ペットといっしょに逃げるには。

いつどこで災害が起こってもおかしくない昨今、
いざというときペットを守るために、
私たちは普段からどんなことを
心がけておけばいいのでしょう。
「ドコノコ」チームのタナカが、
迷子さがし活動などを通して
知り合ったNPO法人「アナイス」の平井潤子さんに、
ペットの同行避難についてインタビューしました。
平井さんは、環境省が今年3月に改定した
人とペットの災害対策ガイドライン」の
編集や執筆にも協力なさっています。
現場をたくさん見てきた平井さんならではの視点で、
避難所の現状や、いま私たちが考えておくべきことなど、
いろいろと教えてくださいました。全3回です。

※このインタビューは2018年8月に行われました。

第2回 自分たちでどうにかする。

ーー
(資料を見ながら)
平井さんって、
新潟、福岡、岩手‥‥と、
災害があった場所の
ほとんどに行かれているんですね。
平井
そうですね。
ーー
いろいろな避難所を見てこられて、
何か感じられたことはありますか?
平井
動物の飼い方って、
地域や年代によって違いますから、
机上の理論を持っていっても、
現地の価値観と合わないこともあるなと感じます。
今、支援側がフットワークよく動いた結果、
地元の地域性に合わない要求をしてしまうこともあります。
たとえば、新潟県中越地震が起こったとき、
こんなことがありました。
発災が10月だったので、まもなく大雪が降りました。
もともとその地域の外飼いの子は、
飼い主さんが犬小屋の周りの雪を
かまくらみたいに掘って、そこに犬が住んでいる、
という状況があったんです。
なのにあまり雪が降らない地域から
支援にかけつけたボランティアさんが、
「こんな雪の中に犬を寝かしちゃかわいそう」
ということを言ってしまい、
現地のかたが苦労なさってたり。
ーー
ああ。
平井
そこで大切なのは動物の福祉が
守られているかどうか、ということ。
外飼い、内飼いに関わらず、
「動物の福祉を守った飼い方をしましょう」
という話はあっていいと思うんですよ。
だけども、
「災害時にここまでのことをしましょう」
みたいなものは、
その人それぞれの考え方があります。
「人の命のほうが大事だから、
ペットは置いてきても仕方ない」
と思う人もなかにはいて、
同行避難を強制することができません。
そこの文化や風土を切り離しては
動物の問題を考えられないなと思っています。
だからこそ、平時の動物や命に対する責任感や
動物観を向上させなければ、
災害時だけの対策を考えていても
ダメなんだな、と感じます。
平井
あと、普段から耐震対策をきちっとし、
準備を揃えている方というのは、
避難所に入っても、
「あれが要る」「これが要る」ということを
あまりおっしゃらないな、
という印象も感じました。
ーー
自分たちで備えているからですね。
平井
はい。なので、最初に申し上げた
「いっしょに逃げてもいい」ということも、
きっぱり言うには、
まず自分がちゃんと備えを用意すること。
災害支援というと、
「いつまでも無料で保護します」
「物資はただで差し上げます」
みたいなことが支援だという風潮があります。
だけど、私は本当はそうじゃなくて、
「自己完結できるようにがんばりましょう。
それを応援しています」
というのが本来あるべき姿だと思っているんです。
もちろん支援は必要ですし、あれば助かるんですよ。
ただ、「平等に全部できるか」と言ったら、
できないんです。
また、自治体に
「犬のためにハウスを用意して」とか、
「テントを用意してくれ」と頼んでも、
できる状況とできない状況があるというのは、
東日本大震災を見ればお分かりになりますよね。
場所によっては津波で職員の約6割の方が
被害にあわれている自治体もあるんです。
なので、どこまでを飼い主責任でやるべきなのかを考えて、
「個々の飼い主さんが自分が
動物にやってあげたいことを準備する」
というのが理想なのかなと思うんですね。
ーー
必ずしも、自分のところの犬猫との接し方が
他人と同じというわけではないですし、
「自分のところはどうする?」というのを
平時から準備しておくっていうことですね。
平井
そうですね。
以前、とある被災地に行ったときのことですけど、
「ペットといっしょにいたいから」と言って、
屋外で寝起きしてる方々がいらっしゃったんですね。
非常に過酷な状況で過ごされていた。
それで、
「飼い主の健康状態が心配です」と言って、
保健師さんのチームとお医者様のチームから
相談されたんですね。
「地元の獣医師会がペットの一時預かりをしているから、
仮設住宅が用意できるまでそこに預けて、
皆さんは体育館の中に入られたらどうですか」
ということを提案したんですけども、
「ペットと離れることはできない」と言われたんです。
そのときは、
人の健康被害が出ちゃいけないとなって、
避難所と交渉をして、
部屋を用意する対策をとったんですね。
ーー
その方とペットが過ごせる部屋を用意された。
平井
はい。でも本当にこの行動がよかったのか
どうなのか、考えてしまいます。
みんな不自由をしてるし、ペットを預けたりしてる。
「どうしてもいっしょにいたい」
という人たちのためだけに部屋を用意するのは、
不公平になってしまいますよね。
そのときは、健康被害を考慮して実行したんですけれども、
私にとってそれは
自信を持ってできた支援ではないんです。
でもそれを、一部のマスコミでは好事例として
取り上げてくださって。
そうすると「そうあるべきだ」のほうに
みんなの意見が流れていって混乱すると思うんです。
飼い主さんの
「うちの子と離れ離れになるなんて」
という気持ちはわかります。
でも、「今こんなときだから、
みんなちょっとずつ我慢しようよ」
ということができるか、できないか。
私も動物防災を18年くらいやってますけど、
バランスがむずかしいなぁということだらけです。
ーー
たしかに、それは難しいでしょうね。
平井
今年3月に環境省が、
人とペットの災害対策ガイドライン」を改定しまして、
私も一部を執筆したんですけど、
最初にガイドラインを出した2013年時点では、
タイトルが
「人と動物の救護対策ガイドライン」だったんです。
「救護対策」という言葉って、
飼い主から見ると、助けてもらえると思っちゃいますよね。
そこを一回仕切り直して、
「飼い主が準備すべきなんだよ」
ということを言いたかったから、
「災害対策」にタイトルを変更したんです。
ガイドラインは法律ではなく、あくまで指針ですが、
コンセプトのところに、
「自治体がやるべき支援というのは、
飼い主さんが自分たちで
ペットを管理するのを支援することであって、
飼い主が飼えない動物を世話するものではない」
ということをあえて入れてあるんです。
ーー
ぼくが避難所で目にした印象では、
その避難所ごとに設置される避難所運営本部も、
ペットの相談窓口という表示がない場所が
多いなということでした。
平井
実際のところ、避難所には、
外国の方もいらっしゃるし、
体調の悪い方もいらっしゃるし、
そもそも被災地では行政も被害を受けているのですから、
いろんな方に対応しようとしたら、
ペット用の受付窓口を作ること自体が、
もうすごい負担になると思うんです。
ですので、私の考えでは、現地に作るのが難しいときには、
「相互支援で、周辺の被害を受けていないところが
対応窓口を作ればいい」
と思っています。
ーー
ああ、たしかに。
平井
それと同時に今私がおすすめしているものがあって、
ファーストミッションボックス
というものなんですけど。
ーー
ファーストミッションボックス。
平井
これは、箱を開けて、
カードに書いているミッションを
1個ずつ解決していくもので、
避難所の本部立ち上げなどにも使われているんです。
何も分からない人が来ても、
書いてあることを見たら行動できる、
というのが目的なんですね。
たとえば、「まず5人集めましょう」
みたいなところからはじまります。
で、5人集めて戻ってきたら、
次のミッションがある。
「次のミッションは」と読むと
「ペット飼育スペースを作ってください」
と書いてあります。
その指示に従いながら、
シートを敷いたり、リード紐を張ったり
掲示物を貼ったりする。
そういうのを上から順番にやっていくんですけど、
1ミッションが1シートになっているので、
手分けして、
「次、あなたたちはこれやって」というふうにやっていく。
こういうものを今、避難所のほうに、
「置いたらどうですか」と言ってるところなんです。
▲ファーストミッションボックスの例。
ーー
反応はどんな感じでしょう。
平井
前から存在していたんですが、
ようやく最近興味を持ってもらいはじめたところです。
避難所運営側も、なんとなく今までは
「こんな大変なときにペットは」
という雰囲気があって、難しい状況だったんですが、
やっぱりガイドラインができたり、
「ペット同行避難」ということを各自治体が
言いはじめたことで、状況が変わってきたんです。
大規模災害が起こったときに、
「ペットの受け入れどころじゃないから検討ができない」
という環境が多い中で、たとえば、
「このファーストミッションボックスを用意して、
飼い主さんがペットを連れてきたら、
『じゃあ、みなさんでこれをやってください』
と言ってボックスを渡しちゃえば、
あなたたちは人の受け入れに集中できますよ」
という説得の仕方をすることで、
だいぶ広まってきたように感じています。
ーー
専門的な訓練を受けてない人だとしても、
上から順番にやっていくと、
それなりにできるということですよね。
平井
そう。いろんな
ファーストミッションボックスがあって、
用途によってカードの内容は変わってきます。
1カードに
「受付を設置する」「テーブルを探してくる」
みたいな複数のミッションを書いているものもありますけど、
私は、よりシンプルにしたいので、
1個ずつやっていけば終わる
1ミッション1カードを推奨しています。
ーー
わかりやすくていいと思います。
そのファーストミッションボックスがあることで
飼い主さんが何人か集まったときに、
「我々で基本的に自主運営しますから、
場所だけ貸してください」
というふうに避難所で話ができると、
だいぶ違うんでしょうね。
平井
理想形は、各避難所に、その避難所のオーダーメイドの
ファーストミッションボックスをおいていただくことです。
ペット飼育者用の
ファーストミッションボックスだけでなく、
いろいろなものがあってもいいと思います。
女性用とか妊娠されてる方用のとか。
ーー
ああ、なるほど。
平井
避難所に行くと、
「あ、こんなにいろんな状況の人がいるんだ」
ということがわかるんです。
配慮しなければいけない方がたくさんいます。
避難所の中に社会があるんですよね。
その社会って、傷ついてたり不自由だったり、
暑かったり、寒かったりという普通じゃない状態。
究極の環境の中で、
関係をうまく保てるかといったら
簡単ではないですよね。
できれば、その地域の
飼い主さん同士が協力し合って補っていくのが、
直ちに困らない方法なのかなと
いうふうに思います。
たとえば、このファーストミッションボックスを使って、
自分たちでできることからスタートしていただくと、
その後もずっと、「自分たちでどうにかする」
という気持ちになると思うんですけど、最初から
「はい、どうぞ。ここに座って、ご飯はこれですよ」
「次、こういうふうなものがありますよ」
というふうにしてしまうと、支援が
被災者を作っちゃうんですね。
ーー
支援が被災者を作る?
平井
被災者気分にさせてしまう。
「被災者だから至れり尽くせりで
やってもらうのが当たり前」
みたいな気分にさせてしまう。
今、「自立支援」という言葉が
出はじめているんですが、それは
「動ける人は、ちゃんと自分で動きましょうね」
ということなんです。
なので、たとえば犬を飼っている方でしたら、
普段からお散歩仲間を作っておいて、
「何かあったらここに集まりましょう」くらいの
約束はしておく。
そしていざというときは飼い主さん同士で自主的に動き、
被災者の方々と一緒に
「自分がこの避難所を運営していくんだ」くらいの
気持ちで活動していただくのが
その後の地域を盛り返していくためにも
必要なことじゃないでしょうか。
それをお手伝いするのが、
ボランティアだったり、
我々がやるべき支援だったりするのかな、と思います。

(つづきます)

2018-09-25-TUE

平井潤子さんプロフィール

NPO法人ANICE(アナイス)代表。
公益社団法人東京都獣医師会事務局長。
(公財)日本盲導犬協会、(公社)日本動物福祉協会、
(公財)日本動物愛護協会、
三宅島噴火災害動物救援センターなどでの
ボランティア活動を経て現在に至る。
日本獣医生命科学大学 応用生命科学専攻博士後期課程修了。