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『かならず先に好きになるどうぶつ。』発売記念 イトイさんのことばをひとつ選ぶ。 - こんな10人に頼んでみた。

こんにちは。
糸井重里の1年分のことばからつくる本、
小さいことばシリーズの編集を担当している
ほぼ日の永田泰大です。
9月1日、シリーズ最新作となる
『かならず先に好きになるどうぶつ。』が出ます。
その原稿を10人に読んでもらい、
こんなお願いをしました。
「好きなことばをひとつ選んで、
自由になにか書いてください。」
さて、誰がどんなことばを選ぶのだろう。


田中泰延が選んだイトイのことば。

「うそばなし」をどれだけ真剣にやるか、だ。
是枝さんの映画も、村上春樹の小説も、
神話だって伝説だって、みんな「うそばなし」である。
しかし、これに真剣に取り組むと、受け手に
「このうそから受けとめるなにか」が手渡せる。

(糸井重里 『かならず先に好きになるどうぶつ。』より)


誰も知らない街のイノセンス

田中泰延

ぼくの考えに過ぎないのだが、「文学」とは

人間が生きていくために必要な情報があるかどうか。
人間が人間として生きていくために
必要な「コード」が埋め込まれているか。

だと思う。
形式はなんでもいい。
そもそも自由な散文であるという以外、
「文学」の定義はない。

そして、たとえていうならば、「文学」とは
「誰も知らない街を知っている」という矛盾のことだ。
誰もいまだ、見たことがないのに
そこに歩く者がいる。そこに生きている者がいる。
そんな、うそばなしのことだ。

では、糸井重里はどんなコードを埋め込んで、
誰も知らない街を作っているのか。
思えば糸井重里は、ずっと「文学」に取り組んできたと思う。

1980年、湯村輝彦とタッグを組んだ『情熱のペンギンごはん』。
1981年、村上春樹との連作小説『夢で会いましょう』 。
1983年、『ペンギニストは眠らない』。

そして、今から挙げる作品を
「文学」であると感じる人は多いだろう。

1989年、『MOTHER』。
1994年、『MOTHER2 ギーグの逆襲』。

音楽に対して作詞をすることも、詩をつくることも、
糸井重里はたゆまず続けてきた。

2000年『詩なんか知らないけど―糸井重里詩集』 。

さらに、
2006年『MOTHER3』。

ぼくはぼくの人生で、リアルタイムでこれらに触れてきた。
今回、これらをあらためて読み返したりプレイしたりして、
めちゃくちゃ時間がかかってしまったのだが、再確認したのは

糸井重里の文学とは「イノセンス」をめぐるもの、
であるということだ。


誰も知らない街、しかしそこはだれかが住む街だ。
そこには悪意だって交通しているし、
謀略だって流通している。

糸井重里は、そんな街の
希少な気体を森林に固定するように、
透明な液体を瓶に詰めるように、
静かなイノセンスを埋め込もうとしている。

『情熱のペンギンごはん』のペンギンも、
『MOTHER2』の「どせいさん」も、
悪意に満ちたこの世界の中で、
瓦礫の中のゴールデンリングを握りしめるように、そこにいる。


さらに、糸井重里は
そんなイノセンスが埋め込まれたうそばなしの街を、
ほんとうの街にしたいと願っているのだと、ぼくには思える。
『MOTHER』でぼくたちはその街を歩けた、そう感じた。

1998年。
糸井重里は、『ほぼ日刊イトイ新聞』をつくりはじめた。
それは誰も知らない街を、ほんとうにつくるということだ。
真剣に、うそばなしに取り組むということだ。


2019年、ほぼ日刊イトイ新聞「今日のダーリン」で
糸井重里はこう語っている。

【「ほぼ日」は、どういうことはする、
どういうことはしないということを、
考え続けていました。】

【「ものすごく大げさなんだけどさ」と、
前置きをして、ぼくはこんなことを口にしました。
「『人間の幸福総量を増やしているかどうか』
というのは、どうだろうね?」と。】

「株式会社ほぼ日」はじめての株主総会。ぼくはその場にいた。
出席者から、質問が寄せられた。

「悪意のある評判や意見に対しては、どう対処されますか」

それにたいして、糸井重里はこんな意味のことを言った。

「悪意に対しては、なにもしません。
善意が、それをおおい尽くすと思うからです」


ぼくは、糸井重里に人生を大きく2回、変えられている。
話せば、自分語りが10万字を超えてしまう。短く言おう。

23歳のとき、
広告の会社に入る理由が糸井重里だった。
23年経って、
広告の会社をやめる理由が糸井重里だった。

さあ、ここからの23年。
どうしよう。どうしてくれるの糸井さん。

人生が大きく変わるとき、ぼくは糸井さんから
生きていくために必要な「コード」を読みとろうとしてきた。

それは、「うそばなし」を真剣にやるためのなにか。
そして、「うそばなし」をほんとうにするなにか。

ぼくは今、ぼくだけが知っている
街の「イノセンス」を握り締めて、
だれかに手渡せるだろうか。

田中泰延のプロフィール

田中泰延(たなか・ひろのぶ)

1969年大阪生まれ。
ライター、コピーライター。
電通でコピーライター/CMプランナーとして
24年間勤務ののち、2016年に退職。
青年失業家として多忙な日々を送る。
近年はトークライブやテレビ番組でも活躍。
2019年6月初の著書
『読みたいことを、書けばいい。』を上梓、
現在16万部突破、Amazon和書総合1位となる。

Twitter:@hironobutnk