ITOI

頭出し:電波少年的放送局の62時間。
いくつになっても、馬鹿は馬鹿。

臨時更新で、その時その時の会話をお届け!
最終日ラストの数分間を「文字放送」します。
darlingによる、番組の感想などだよー。

<番組をおわるにあたって>


糸井 (3日間飼育していたカメを片づけたあと)
あ、じゃあ、最後はソファに座ります。
あと7分ですね・・・ふー。

えー、長い間、ありがとうございました。
正直に言いまして、応援されるのは
励みになるもので、ぼくらは
生身をぶつけるしかないという・・・。
これだけ長丁場になってくると、
いくらきどっていても、いくら計画しようとも、
ちょっとデキるものじゃなくって。

この番組の企画としては、ほんとうは
いろいろな生活をしていくにあたっての
最低限の道具とか、
食うこと、寝ること、さまざまな
「誰でもあると思っているもの」を
案外、ないものなんだなぁ、と
俺が気づくことが
コンセプトだったのかもしれません。

でも、それをわざわざ、
「誰がやってもそうなる」
っていうんじゃどうしようもないと思う。
ぼくとしては、まぁイイ年をした大人が
今までと同じことをやるよりは、
ぼくとして困難なことをできれば、
と思ってやったことが、
「やたらめったらお客さんを呼んで、そこで
 自分とどういう場所を作っていくか」
ということなんです。

いろいろな種類の人、
いろんな時間にいろんな人数、
閉ざされた場所で、そこで
どういう場所を作るのか、ということです。

ぼくとしては、それを自分でできるのか、
ということよりも、できないことをやるんだ、
というつもりでやってみました。
やはり、根本的には無理なことだったというか、
それこそ、詰め込みすぎだという意見も
さんざん聞いたんですけれども、
全部の時間を続けてみている人はいないわけです。

「イトイさんが掃除をしているところがいい」
とか、そういう意見もわかるにはわかるんですけど、
でも、ぼくとしては、もしもう一人の自分がいたら
そこに参加してみたいな、と言える時間が
いろんなふうに重なっていくほうがいいと思いました。

生理的な疲れもあったし、
ものを考えるのがいやなぐらい眠い時もあったし、
そんなところにいたくねぇよ、
という場面も、たくさんあったかもしれません。
謙虚に言うわけじゃなくて、決して、
まるまる誠心誠意やれたかどうかもわかりません。

だけど、やれたことがあるとすれば、
予定を変更せずに通してこれたということかなぁ。
それは、この周囲にいる
電波少年的放送局のスタッフと、
ほぼ日刊イトイ新聞のスタッフの頑張りなのかな、
というようには思っています。

例えば、Tさんが夜中にきて、
長ーいしゃべりをしていくなんていうのは、
もうひとり誰かがいたら
きっとできなかったことだと思うし、
そういう意味で考えると、ひとりでキープする、
というのはよかったと思います。

まぁ、この放送を通して、
ほぼ日のスタッフが強くなったんじゃないか、
というのが嬉しいです。
それから、ヨメがここまでくるというのは
ありえないことで・・・
生身でドタバタしていることが
人の心に火をつけるんでしょうね。
テクニックだとか戦略で上手にやっていても
なかなか人は動かないものですけど、
まっ裸だったから、
ぼくがかわいそうに見えたんでしょうね。

あと、ゲストのかたがたがひとりずつ
ほんとうにひどいめに遭いながらここに辿り着いて、
ほんとうにもてなせないということもありました。
ぼくの好不調の波もありますから、
せっかく来たのにごめんね、というか、
それぞれの人に感謝を述べたいと思います。
ありがとうございました。

・・・えー。
このあと「12時になった」ということが、
何で表現されるんだろう?
ブランコが降りてくるというかたちの
表現なのでしょうかね。
だったら、ここでもうすこし喋っていたほうが
いいわけですね・・・。

まぁ、ここにいて、ここでわかったことも
多々ありますけれども、
ここから出てから考えることも、
おそらくあると思います。
それは、ひとつはやっぱり、
テレビっていうメディアのことです。
それから、それに附随して
CS放送とかいう、今までの地上波の
外側にある放送メディアについてでしょう。
思っていたよりも危ういものだと感じたので、
そこについて、また考えることになると思います。

それから、やっぱり、
インターネットというものの力を
改めて知った思いです。
つまり、非常に安く、軽く、
相互通信をできるということは、
放送にないものをやっぱりそうとうに持っている。
インターネットにぼくが惹かれた理由というのを
新たに再認識したように思います。

あとは、あれだなぁ・・・。
やっぱり、5人しか見ていなくても
テレビはテレビということの価値、
これも感じたんですよ。
5人しかという言い方はひどすぎますけど、
極端に言えばその人数ですよね。
でも、テレビでありさえすれば、
例えばチューヤンが何かのタイアップを
取りにいくというときに、
「テレビですけれども、うどんをください」
という言い方をできる、というわけです。
「インターネットのものですけれども」
と言っても、何?ってなると思うんです。

それはやっぱり、テレビという姿形をした
イメージがあるから、うどんがきたわけで。
それに、お手伝いをしてくれる人たちも、
テレビだから来てくれているかもしれない。
インターネットだけで同じことをやろうとしても
難しいところはあるわけです。

だから、CS放送が持っていない部分を
インターネットが補い、
インターネットにない部分を
CS放送が補いっていうようになったとしたら、
新しいものができるのかもなぁ・・・。
ま、そのことについては、
これからいろいろ考えていきたいと思います。

空き缶とか食べものとかは、残していきます。
「食べものが、ないよー」と言って
やっていく電波少年というのも魅力だろうけど、
ぼくはそれには反対でして、
食べものぐらいはあるところで、
そこで自分の全力を尽くして何ができるんだろう?
っていう追い詰められ方をしたほうが、
今の時代らしいことだと思うので、
できたら、お留守番シスターズのかたたちにも、
「ここで、今、何ができるのか?」
ということができるように頑張ってもらいたいです。

・・・あ、いよいよ交換の時間が近づいてきました。
今日はまだ眠れないから、何をするだろう、
何を考えるだろうということも、
あんまりよくわからないです。
とにかく、「ほぼ日」の事務所に一回行って、
「おつかれさん」って言ってから、
いろいろ考えようかなぁ・・・。
何か食いたいってイメージもないし。

Tさんが今日は海外に行っているらしいけど、
帰ってきたらまたぜひ、お会いしてみたいです。
会ってまた青臭い話をしてみたいです。
あの、Tさんは45歳らしいですけど、
昨日おとといと一緒に話したような会話は、
ぼくは実はあちこちでいろんな人としていて、
その都度ほんとに青臭い話をしつづけたんです。

そのうちのひとりの人が、
さっきちょっと話題にした
任天堂のあたらしい社長になった岩田さんという人で、
「あちこちにいろいろな芽がふいてるよ」
とぼくがTさんに確信を持って言っていたのは、
そんなようなことがあるからだと思うんです。
ぼくらと一緒にものを考えて、
何か期待をさせてくれる岩田さんのような人が
あちこちに登場しているので、
ぼくはそこへの信頼は持っているんです。

・・・あ、笑い声とともに誰かが
ブランコから降りてきた。あー、ジニーちゃんだ。
よかったよかった。
ジニー ついたーー。
ブランコ、こわかったーー。
はじめまして。
糸井 お使いでくだものを
もらってくれて、ありがとね。
はじめまして。
ジニー すごいモノ増えたんですねー。
糸井 ぼくはもういなくなるけど、ぜひ、
続けてみたくなるような番組にしてねー。
よろしく。何日いるの?
ジニー たぶん明日の夕方。
糸井 ふーん、それはラクだね。
じゃ、このカバン持ってあがります。
・・・お、またひとり降りてきた。
あ、留守番の子だ。おつかれさま。
羽田 (お留守番シスターズ)
おつかれさまでした。
糸井 つかれるよなー。
いままでいちばん長かったの何日?
羽田 4日ですかねー。
糸井 そうかー。すごいなぁ。
俺はもうできないよ。
羽田 そんなぁ、また来てくださいよー。
糸井 イヤ。
羽田 (笑)
糸井 じゃ、帰るわ。
俺、はやく帰りたくてしょうがないんだよ。
あー、帰れるー。
テレビで見るよ。事務所で入ってるから。
羽田 さみしいですー。
糸井 さみしくない(笑)。
見たくなるような番組にしてねー。
自分が出ないと見ない、っていうの、
つまんないからね。
じゃ、DO YOUR BEST!ってことで。
帰りまーす。バイバーイ。
ありがとうございます。

(※ブランコであがっていき、
  糸井重里の3日間の放送はおわりました)

このページへの感想などは、メールの表題に、
「電波少年的放送局」と書いて、
postman@1101.comに送ってください。

2002-05-26-SUN

HOME
ホーム