日野原重明先生に聞いた 健康についての大切な話。

その1 おしっこの夜のリズム
本田 きょうは小児科医の中村公俊先生に
「子どものおねしょ」をテーマに
お話をうかがいたいと思っています。
はじめにふたりの関係をすこしご説明すると、
中村くんはわたしの高校時代の同級生で、
おなじ合唱部だったんです。
男声合唱と女声合唱で、
男子と女子、反目しあっていてね(笑)。
中村 (笑)そうだったね。
本田 練習の場所取りとか、
「男子うるさい」とか「女子生意気」とかって(笑)。

そういうわけで、きょうもふだん通りに
「中村くん」と呼ばせてもらおうと思っているんですが、
その後、中村くんは医者を目指して
熊本大学の医学部に進学して、
現在は小児科医として、子供たちの健康を守っています。
もともと専門は、代謝‥‥小児の代謝ということでいい?
中村 「代謝内分泌遺伝」ですね。
本田 ちょっと簡単に説明してもらってもいい?
中村 からだに必要ないろいろなものを、
「役に立つ」かたちに変えていくことを
代謝というんですね。
それが途中で働かなくなると、からだに異常が起こる。
それが代謝の病気です。

代謝の病気というと、
糖尿病がよく知られていますが、
たくさんの代謝の病気のなかで
生まれつきに起こってくるもの、
とくに遺伝が関係する「先天代謝」といわれる病気を
ひとつ、専門として診ています。

それから「内分泌」というのは、
からだのいろんなホルモンの多い、少ないによって
おこる病気を診ていく分野です。
人間のからだにはいろんなホルモンが働いていて
たとえば、身長に影響する成長ホルモン、
からだの調子を整える甲状腺ホルモン、
ステロイドと呼ばれる副腎皮質ホルモン、
それから、思春期がはじまるときには、
性ホルモンが働いて大人になっていきますよね。

そういうホルモンの異常によっておこる病気と、
それらに関係する遺伝の病気などを
おもに専門として診ているんです。
本田 中村くんは、
とても珍しい遺伝の病気を、
早く見つけて早く治療できるように、
病気の診断のための検査を開発して、
普及のために全国をまわっている専門家なんですけれども、
きょうはそのお話ではなくて、
「子どものおねしょ」をテーマに
話をしてもらいたいとお願いしました。
中村 はい。
本田 なぜ、おねしょなのかというと、
おなじく高校の合唱部の友だちが、
幼稚園のお子さんのおねしょですごく困っていて、
わたしが相談を受けたんです。
医者ならおねしょのこともわかるんじゃない?
ということで相談してくれたのですが、
子どものおねしょとなると、大人を診ているわたしには
どうしていいかよくわからないんですね。
それで、中村くんに電話して、
直接彼女の相談にのってもらうことにして、
何回かやりとりしてくれたのよね?
中村 そうだね。
本田 彼女の住まいも遠方だったので、中村くんは
いちどもその子に会わなかったんですが、
結論として、その子はおねしょが治ったんです。
お母さんとの電話やメールのやりとりだけで
おねしょを治した名医なんですよ。
わたしは、双方から話を聞いたんですが、
彼女のほうからの質問も
なるほどと思うことがたくさんあって、
中村くんのメールのやりとりもすごく上手で。
中村 いや、それは職業的な訓練というようなものだから。
本田 そうかもしれないけど、
内科医のわたしにはできないことでした。
中村くんはようこちゃんとは
十年ぶりぐらいだったんじゃない?
中村 卒業してからいちども会ってなかったからね。
二十年ぐらいじゃないかな。
本田 で、わたしたちの同級生、
ようこちゃんのお子さんが抱えていた
おねしょの悩みを解決した、
そのひみつを聞きたいと思ったんです。
それが、今回おねしょについての話を
中村くんに聞きたいと思った入口です。
というわけであらためて、
今日はよろしくお願いします。
中村 はい、よろしくお願いします。
じゃあ、わたしの入口も少しお話ししましょうか。

わたしが持っている知識っていうのは、
ほかの小児科医のいろんな人が
当たり前に持っているものなんです。
その知識を必要として来ている
目の前の患者さんに伝えるというのが、
医者のひとつの役割としてありますよね。
そのなかで、今回のおねしょのこともそうだし、
遺伝病や体質なんかもそうかもしれないけど、
病気も含めて、子どもの抱えているいろんな問題のなかには
先に知識として知っておくと、
子どもやご両親の役に立つことって
たくさんあると思うんです。

でもその情報は、意識して調べてみないと
なかなか手に入らない。
そういったことを伝えていくのも、
医者の役割のひとつだと思うんです。
それで今日は、自分ができる範囲で
お話ししてみたいと思っています。
本田 ありがとう。じゃあ、さっそく。
一般的に、小児科の外来をやっていると、
おねしょの相談でみえるかたも
たくさんいますか?
中村 ふだんの外来では、
その子がいま抱えている問題について
話をすることが多いんだけど、
ひととおり診察や説明が終わったら、
最後にかならず、
「ほかにご心配なことはありませんか」と訊ねるんです。
そういうときに、いま受診している問題と違うことを
お母さんが話されることがあって、
おねしょのことも、「そういえば‥‥」って、
相談を受けることがあります。
それから、いろいろな場所で
「育児相談会」が開かれるときに
わたしたちもそこに呼ばれて相談を受けることがあって、
お母さんが買い物に来たついでに
気になることを相談していこうという感じで、
話をされることがありますね。

おそらく、おねしょを
ほんとうに困っている問題として捉えて、
お医者さんに相談しようという場合には、
ふだん診てもらっているかかりつけの病院に
行くことが多いかもしれない。
本田 お母さんが、病院の先生に
おねしょの相談をしようと思うときというのは
どういったときなんでしょう。
中村 それを負担に思っているとき、だよね。

そもそものはじめから話をすると、
赤ちゃんはお母さんのお腹のなかにいるときから
おしっこをしているわけだよね。
本田 羊水は赤ちゃんのおしっこだからね。
中村 その段階は膀胱も小さくて、ちょっと溜まると
反射で自然におしっこがでるという状態で、
頻繁におしっこがでている。

それから少しずつ、
からだの働きが成熟してくるにつれて、
おしっこを膀胱に長く溜められるようになる。
成長とともに膀胱が大きくなって
おしっこの量をたくさん溜められるようになって、
おしっことおしっこの間隔も、だんだん長くなるんだよね。
本田 ええ。
中村 それと、赤ちゃんも生まれてすぐは
昼夜の区別なく、しょっちゅう寝てるでしょう。
それがじきに、夜はおっぱいを欲しがらないで、
ちょっと長く寝てるようになる。
夜のおっぱいが1回抜けるということは、
昼と夜のリズムが、だんだんと
できてきているということなんだよね。

そうやって昼と夜の区別ができる時期になると、
こんどは、夜寝ているあいだのおしっこを
膀胱に溜めるためのホルモンというのが、
少しずつ働くようになってくるんです。
本田 夜のおしっこを朝まで溜めておけるようになるわけね。
中村 そう。おしっこの回数って、夜は少なくなるでしょう。
寝ているあいだは、
昼間みたいにおしっこしたいと思わなくて、
朝起きてから、あ、トイレトイレって、行くよね。

それはなぜかというと、夜寝ているあいだに
「抗利尿ホルモン」というホルモンが出ていて、
おしっこの出方を調整しているんです。

抗利尿ホルモンの「利尿」というのは
「おしっこを出す」という意味ですね。
それに「抗」がついてるのは「あらがう」という意味で、
おしっこを出す働きを抑えるホルモンということ。

このホルモンは昼間も出ているんだけど、
夜寝ているあいだは日中よりも余計に出て、
おしっこの量を減らしている。
ただ、寝ているあいだにも
からだのなかのいらないものを
おしっこのなかに出さないといけないから
おしっこの量を減らす分、
濃さを、濃くするんです。
本田 濃縮するのね。
中村 そう。濃縮して量を減らして、
朝まで膀胱が完全にはいっぱいにならないようにする。
朝になったら、そのホルモンが減って、
おしっこの量がまた増えて、トイレに行きたくなる。
膀胱がいっぱいになると、
尿意、つまり「おしっこ、おしっこ」って
頭から命令が出て、トイレに行く。
本田 子どもの成長とともに、
膀胱が大きくなっていって、
おしっこの量を調節するホルモンが働くようになって、
夜のおしっこを朝まで溜められるようになるということね。
それができるようになるのは、だいたい何歳くらい?
中村 実際にそれがうまく機能して、
おしっこの夜のリズムができるのは
4、5歳くらいと言われてるね。

(つづきます)


2009-12-04-FRI